「もしもしー? アルー? ゆきぽよだけどー」
あたしは、宿屋のベッドに寝っ転がりながら、アルフォンス王子にもらった特別な通信機で話していた。
「ちょっと面白いもん見つけたんだけどさー。黒い服のヤツらと鬼ごっこして、何人かボコったら、こんなバッジ持っててさー。なんか、蛇みたいなキモいマーク付いてんだけど、これ何?」
通信機の向こうで、アルが一瞬、息を呑む気配がした。
『…ゆきぽよさん、無事なのですね!? よかった…。それにしても、もう黒装束と接触したとは…早すぎますよ! そのバッジを見せていただけますか? 通信機に映してください』
言われるがままに、バッジを通信機のカメラ? みたいな部分にかざす。
『…! これは…間違いありません。『蛇の目(サーペント・アイ)』の紋章です!』
アルの声が、緊張を帯びる。
「へびのめ?」
「ええ。王国の裏社会で暗躍すると言われる、謎多き闇組織です。暗殺、諜報、密輸…あらゆる非合法活動に関与していると噂されていますが、その実態はほとんど掴めていませんでした。失踪した貴族たちの中には、この『蛇の目』に楯突いた者や、逆に繋がりを持っていた者がいたという情報もあります」
「へー。じゃあ、ウチがボコったの、そのヤバい組織の下っ端ってこと?」
『おそらくは。しかし、彼らと接触できたのは大きな進展です。よくやりました、ゆきぽよさん!』
「へへーん、まあね!」
褒められると、やっぱ嬉しい。
『それで…マルティン侯爵の件ですが』
アルの声が、少し低くなる。
『彼が『蛇の目』と繋がっている可能性は、これでさらに高まりました。彼の屋敷を探る必要がありますが、警備が非常に厳重で、我々騎士団も迂闊には手を出せずにいたのです』
「あー、あの縦ロールの家ね。確かに、なんか門番いっぱいいたわ。でもさー」
あたしは、ベッドの上でゴロゴロしながら言った。
「別に、ウチがちょっくら忍び込んで、なんかヤバい証拠とか探してくればいーんでしょ? 楽勝じゃん?」
『…! いけません! 危険すぎます! 侯爵邸の警備は、並の冒険者では突破できませんし、もし見つかれば…!』
アルが、めっちゃ慌ててる。
「だいじょぶだってー。ウチ、強いし、バレないようにやれば余裕っしょ」
『しかし…!』
「報酬、上乗せしてくれるなら、やる気出るかも?」
あたしが、ニヤリと笑って言うと、通信機の向こうで、アルが深いため息をつく音がした。
『…分かりました。ただし! 絶対に無茶はしないでください! 危険を感じたら、すぐに撤退を! いいですね!? 報酬は、成功したら…金貨200枚、上乗せしましょう』
「に、にひゃくまい!? マジで!? やるやる! 超やる気出てきた!」
あたしは、金貨の力で、やる気ゲージが一気にMAXになった!
潜入ミッション、どんとこい!
「んじゃ、今夜にでも、ちょっくら行ってくるわー」
『くれぐれも、気をつけて…!』
アルの心配そうな声を背に、あたしは通信を切った。
さて、潜入ミッションねー。
なんか、スパイ映画みたいで、ちょっとワクワクすんだけど!
準備しなきゃ!
…って言っても、あたしの場合、特に準備するものとかないんだよね。
ピッキングツール? 隠密装備? ロープ?
んなもん、あたしの『身体強化 極』の前では、無用の長物っしょ。
とりあえず、夜まで暇だから、街で美味しいクレープでも食べて待つことにした。
潜入前には、糖分補給が大事だよね!
そして、深夜。
月明かりだけが頼りの暗い夜。
あたしは、動きやすいように、買ってもらったドレスの中から、黒くてシンプルなパンツスタイルの服(これも意外と可愛かった)に着替えて、マルティン侯爵の屋敷の前に来ていた。
うっわー、昼間見た時より、さらに威圧感あるんですけど。
高い塀の上には、なんかトゲトゲしたやつ付いてるし、門の前には屈強な衛兵が槍持って立ってるし。
これ、普通に考えたら、侵入とか絶対無理ゲーじゃん。
「ま、あたしには関係ないけど」
あたしは、助走もつけずに、その場でピョーン! とジャンプ!
余裕で高い塀を飛び越えて、音もなく屋敷の敷地内に着地!
楽勝!
さて、次は建物の中に入るわけだけど…。
窓は全部、鉄格子付き。
扉も、なんか魔法的なロックがかかってるっぽい。
めんどくさ。
「しょーがないなー」
あたしは、一番目立たなそうな、建物の裏手にある頑丈そうな扉の前に立つ。
そして、ドアノブに手をかけ、力を…ぐっ、と込める!
バキッ! ミシミシッ…!
金属が歪む嫌な音がして、扉のロックがいとも簡単に破壊された。
あたしは、なるべく静かに扉を開けて、中へと滑り込む。
「おじゃましまーす」
小声で挨拶(する意味ある?)。
屋敷の中は、シーンと静まり返ってる。
豪華な絨毯が敷かれてて、足音はほとんどしない。
ラッキー。
目標は、侯爵の書斎とか、隠し部屋とか、そういうヤバそうな場所。
勘を頼りに(スキルじゃないけど、なんか分かる)、屋敷の中を探索開始!
途中、見回りの衛兵とか、メイドさん? みたいな人と何度かすれ違いそうになったけど、あたしの超スピードと気配察知能力(これも身体強化のオマケ?)で、余裕で回避。
たまに見つかりそうになっても、相手が気づく前に背後に回り込んで、首筋にトンッて手刀入れて気絶させといた。
楽勝すぎる。
そして、ついに見つけた!
二階の奥にある、一番豪華な部屋。
たぶん、ここが侯爵の書斎だ!
中に入って、物色開始。
本棚、机の引き出し、壁の絵画の裏…なんか、隠し金庫とかありそうな場所を探す。
「ん? この本棚、なんか怪しくね?」
あたしは、壁一面の本棚の一部分を、コンコンと叩いてみる。
そこだけ、音が違う!
ビンゴ!
あたしは、本棚の一部を、力ずくで(でも静かに)横にスライドさせた。
すると、その奥には、隠し扉が!
よっしゃー!
隠し扉を開けると、そこは薄暗い階段になっていて、地下へと続いていた。
秘密の地下室!
絶対ヤバいヤツじゃん!
あたしは、ワクワクしながら階段を下りていく。
地下室は、石造りの冷たい部屋だった。
そこには、棚がいくつもあって、怪しげな書類の束や、見たことない薬品が入った瓶、そして…中央のテーブルの上には、黒い革の表紙がついた、分厚い帳簿みたいなものが置かれていた。
「これだ!」
あたしは、直感的にそれが重要な証拠だと分かった。
手に取って、パラパラとめくってみる。
中には、なんか難しい文字で、日付とか、名前とか、金額とか、あと、あの蛇の紋章が書かれてる!
闇取引の帳簿か、あるいは「蛇の目」との連絡記録か!?
どっちにしろ、これは決定的な証拠だ!
「よっしゃー! ミッションコンプリート!」
あたしは、帳簿を大事に懐にしまい込み、意気揚々と地下室を出ようとした。
階段を上り、隠し扉を閉めようとした、その時!
「…そこにいるのは、誰だ?」
背後から、冷たい声が響いた!
ビクッ!
振り返ると、書斎の入り口に、恰幅のいい中年男性…マルティン侯爵本人が立っていた!
しかも、その隣には…仮面をつけた、あの黒装束のリーダー格!
「げっ! 最悪!」
見つかった! しかも、ボスキャラっぽいのが二人も!
「やはり、ネズミが入り込んでいたか。先日の報告は、間違いではなかったようだな」
黒装束のリーダー格が、あたしを見て、低い声で言う。
こいつ、あたしが侵入するって分かってて、待ち伏せしてたのか!?
「貴様…! 先日、娘に無礼を働いた、あの平民の娘か! なぜここにいる! 何を盗んだ!」
マルティン侯爵が、顔を真っ赤にして怒鳴る!
「盗んでねーし! ちょっと借りただけだし!」
あたしは、懐の帳簿をギュッと押さえながら、言い返す!
「その帳簿は渡さんぞ! 『蛇の目』の邪魔をする者は、生かしてはおけん!」
黒装束のリーダー格が、腰に差していた漆黒の剣を抜き放つ!
マルティン侯爵も、なんか物騒な杖みたいなのを構えてる!
絶体絶命(?)の大ピンチ!
証拠は手に入れたけど、こいつらを倒さないと、ここから出られない!
しかも、相手は侯爵と、闇組織の幹部っぽいヤツ!
ちょっと、ヤバいかも…!?
「しゃーない! やるしかないっしょ!」
あたしは、覚悟を決めて、臨戦態勢に入った!
侯爵邸の書斎で、まさかのボス戦(?)スタート!
今度こそ、逃がさねーし!