「貴様! 何者だ!」
「やはりネズミが入り込んでいたか!」
マルティン侯爵邸の書斎。
地下室からヤバそうな帳簿をゲットして、脱出しようとしたまさにその瞬間、あたしは、屋敷の主であるマルティン侯爵と、あの黒装束のリーダー格(仮面ヤロー)に鉢合わせしちゃった!
マジで最悪のタイミング!
「盗んだ帳簿を渡せ、小娘!」
マルティン侯爵が、顔を真っ赤にして、持っていた杖みたいなのをあたしに向けてくる!
「渡すわけねーじゃん、バーカ!」
あたしが懐の帳簿をしっかりガードすると、侯爵は杖の先から、なんか黒くてドロドロしたものを飛ばしてきた!
「闇よ、かの者を縛れ! ダークバインド!」
うわ、キモい魔法! しかもネーミングセンス、ダサすぎ!
黒いドロドロが、蛇みたいにうねりながらあたしに迫ってくる!
「おっそ!」
あたしは、そのキモい魔法を、ひらりと横にかわす。
余裕っしょ。
「なっ!?」
侯爵が驚いてる隙に、あたしは一瞬で距離を詰めて、その肥えた腹に、軽いボディブローを叩き込んだ!
もちろん、手加減はしてる。
殺しちゃったら、アルに怒られそうだし。
「ぐふっ…!」
侯爵は、短い悲鳴を上げて、白目を剥き、その場にドサッと崩れ落ちた。
はい、おやすみー。
「まず、オッサンは寝てな!」
戦闘開始、わずか数秒。
侯爵、瞬殺。
雑魚すぎウケる。
「ほう…侯爵を赤子の手をひねるように、ですか。噂以上の力を持っているようですね、ゆきぽよ嬢」
隣にいた黒装束のリーダー格…蛇野郎(あたし命名)は、侯爵があっけなくやられたのを見ても、まったく動じていない。
むしろ、面白そうにあたしを見ている。
仮面の下で、笑ってる? キモ。
「まあね。で、あんたもやるわけ? さっさと道開けてくんない?」
「そう急がないでください。あなたには、いくつか聞きたいことがある。そして…その帳簿は、我々『蛇の目』にとって、少々都合が悪い代物でしてね」
蛇野郎は、そう言うと、腰に差していた漆黒の剣を、スッと抜き放った。
その剣、なんか禍々しいオーラ出てんだけど!
次の瞬間、蛇野郎の姿が消えた!?
いや、違う! めっちゃ速い!
ヒュンッ!
鋭い切っ先が、あたしの喉元を狙って突き出される!
「危なっ!」
ギリギリのところで体を反らして回避!
頬を、剣先がかすめた!
ちょっとだけ、血が出たかも!
「へぇ、やるじゃん、蛇野郎!」
こいつ、この前の黒装束の下っ端どもとは、レベルが全然違う!
剣の動きが、速いだけじゃなく、なんか変則的で読みにくい!
「光栄ですね。では、これはどうです?」
蛇野郎は、流れるような動きで、次々と斬撃を繰り出してくる!
剣が、まるで黒い蛇のようにうねり、急所を的確に狙ってくる!
あたしは、『身体強化 極』の反射神経をフルに使って、その猛攻を紙一重でかわし続ける!
時には、拳で剣の軌道を逸らしたり、足で蹴り上げたり!
ガキン! バキッ! ドゴォォン!
狭い書斎の中で、あたしと蛇野郎の激しい攻防が繰り広げられる!
本棚が薙ぎ払われ、分厚い本が宙を舞う!
豪華な机が真っ二つに割れ、キラキラした置物が粉々になる!
「あー! もう! 狭いとこで戦うの、マジだるいんだけど!」
飛び散る本の破片を避けながら叫ぶ!
もっと広いとこでやりたい!
「逃がしませんよ」
蛇野郎は、あたしの動きを先読みするように、執拗に攻撃を続けてくる!
こいつ、マジで強い!
ダーククリスタルのとこのボスより、タイマンだと強いかも!
「しょーがないなー。ちょっとだけ、本気出すか!」
あたしは、身体強化のレベルを、さらに一段階引き上げた!
さっきまでとは比較にならないほどのパワーとスピードが、全身にみなぎる!
「なっ!?」
動きが急に変わったことに、蛇野郎が驚くのが分かった。
もう遅い!
あたしは、蛇野郎が繰り出す剣撃の、さらに内側へ踏み込む!
そして、その漆黒の剣身を、左手で鷲掴みにした!
「馬鹿な! 素手で私の剣を…!?」
蛇野郎が、信じられないといった声を上げる。
「うるさい!」
掴んだ剣に力を込める!
バキィィィン!!
硬質な金属音が響き、蛇野郎の禍々しい剣が、真ん中からへし折れた!
「私の魔剣が…!?」
「武器がなけりゃ、ただの蛇でしょ!」
武器を失って呆然としている蛇野郎の仮面めがけて、渾身の右ストレートを叩き込もうとした!
その瞬間!
シュッ!
蛇野郎が、懐から何か黒い針のようなものを投げつけてきた!
「うおっ!」
咄嗟に顔をガード!
針は、あたしの腕をかすめた!
チクッとした痛みが走る!
…なんか、ちょっとだけ、腕が痺れる感じ? 毒針か!
「くっ…!」
一瞬、動きが鈍った、その隙を突いて、蛇野郎は窓ガラスを突き破り、外へと飛び出した!
「あっ! 待て!」
あたしは、すぐに後を追おうとしたけど、腕の痺れが思ったより厄介で、ほんの少しだけ出遅れた!
窓から外を見ると、蛇野郎は、すでに闇に紛れて姿を消した後だった。
「ちっ! また逃げられた! しつけーな、あの蛇野郎!」
マジでムカつく!
次会ったら、絶対ボコボコにしてやる!
毒針が刺さった腕を見る。
ちょっと赤くなってるけど、痺れはもうほとんどない。
たぶん、あたしの体質(身体強化のおかげ?)で、毒もあんまり効かないんだろうな。
ラッキー。
気を取り直して、懐の帳簿を確認する。
よし、ちゃんとある。
これが一番大事だし。
気絶してるマルティン侯爵と、メチャクチャに破壊された書斎を見渡して、肩をすくめた。
「ま、いっか! 後片付けは、侯爵が自分でやればいいっしょ」
蛇野郎が突き破った窓から、ひょいっと外に飛び降りた。
そして、誰にも見つかることなく、マルティン侯爵邸を後にした。
夜の王都の屋根を駆け抜けながら、あたしは今日の戦いを反芻する。
あの蛇野郎、マジで強かったな。
「蛇の目」って組織、思ったよりヤバいかも。
でも、決定的な証拠は手に入れたし!
「早く、アルに報告しなきゃ!」
あたしは、宿屋への道を急いだ。
これから、この証拠を使って、どう動くことになるんだろ?
マルティン侯爵の失脚? 「蛇の目」との全面対決?
なんか、どんどん大事になってきてる気がするけど…。
まあ、いっか!
なんとかなるっしょ!
あたし、最強だし!