宿屋『陽だまり亭』の部屋に戻ったあたし、ゆきぽよは、ベッドに突っ伏して悪態をついた。
マルティン侯爵邸での戦闘で、毒針を食らった腕は、もうすっかり治ってる。
あたしの『身体強化 極』、回復力もヤバいっぽい。
それはいいんだけど、あの蛇野郎(ファングとかいう名前だったっけ? どうでもいいや)に、また逃げられたのがムカつく!
次会ったら、絶対、仮面ごと粉砕してやる!
まあ、とりあえず、戦利品はゲットしたしね!
あたしは、懐からあの黒い表紙の分厚い帳簿を取り出して、パラパラとめくってみる。
相変わらず、書いてある文字の意味はさっぱり分かんないけど、あの蛇野郎と侯爵オッサンが、あんなに必死になってたんだから、相当ヤバい証拠なんだろう。
「さてと、アルに報告しないと」
あたしは、通信機を取り出して、アルフォンス王子に連絡を入れた。
「もしもしー、アルー? ゆきぽよだけどー。侯爵ん家、ガサ入れてきたわー」
『ゆきぽよさん!? ご無事でしたか! 一体何を…!』
通信機の向こうで、アルがめっちゃ焦ってる声がする。
「だからー、潜入してきたの! で、なんかヤバそうな帳簿ゲットした! これ、絶対アタリっしょ!」
『帳簿を!? 本当ですか!?』
「うん。あ、あと、また蛇野郎出てきて、ちょーウザかった! あいつ、マジ強いんだけど! でも、剣、へし折ってやったし! ちょっと毒針食らったけど、余裕で治ったし!」
『ど、毒針!? だ、大丈夫なのですか!? それに、侯爵は!?』
「あー、侯爵オッサン? ウザい魔法使ってきたから、秒で気絶させといた。たぶん、まだ書斎で伸びてるんじゃね?」
『…………』
通信機の向こうが、一瞬、無音になった。
アル、絶句してる?
『…はぁ…。ゆきぽよさん、あなたの行動力には、本当に驚かされます…。無事で、本当によかった…。しかし、侯爵本人と『蛇の目』の幹部と交戦したのですか!? しかも、証拠まで手に入れるとは…』
アルは、呆れと安堵が混じったような声で言った。
「へへーん、まあね! で、この帳簿、どーする?」
『それは、間違いなく決定的な証拠となるはずです。すぐにこちらで預かり、専門家に解析させてもらいます。明日の正午、王城の西門近くにある『銀猫の泉』の前まで来ていただけますか? 信頼できる部下を向かわせます』
「おっけー。銀猫の泉ね、了解」
『それと、ゆきぽよさん。お願いですから、しばらくは、絶対に目立った行動は控えてください。マルティン侯爵も、そして『蛇の目』も、あなたを最優先で排除しようと動いてくる可能性が非常に高い。今回の件は、あまりにも危険すぎました』
アルが、マジで心配そうな声で言う。
「はいはい、わーってるって。大人しくしてるよ」
あたしは、適当に返事をして通信を切った。
翌日。
あたしは、言われた通り、『銀猫の泉』の前に行った。
すると、黒いスーツみたいなのをビシッと着た、無表情の男の人が近づいてきた。
いかにも、王子の部下って感じ。
「ゆきぽよ様ですね? 殿下より、例の物をお預かりするよう、申し付かっております」
「あ、これね。はいどーぞ」
あたしが帳簿を渡すと、男の人は恭しく受け取り、代わりに、ずっしりと重い革袋を差し出してきた。
「こちら、殿下からの成功報酬でございます」
中身をチラッと確認すると、金貨がザックザク!
マジで200枚ある!
「やったー! アル、マジ太っ腹! サンキューって伝えといて!」
「はっ。必ず」
男の人は、一礼すると、すぐに人混みに紛れて消えていった。
仕事、早っ!
金貨200枚(と、前に貰ったボーナスとか合わせると、結構な大金!)ゲット!
これで、また可愛い服とか、美味しいものとか、買い放題じゃん!
…って思ったんだけど。
アルに「大人しくしてろ」って言われた手前、あんまり派手に動き回るわけにもいかない。
王都の街をぶらぶらしたり、宿でゴロゴロしたり…。
「はー、暇すぎ。マジでやることねーし」
宿屋『陽だまり亭』のベッドでゴロゴロしながら、天井を眺める。
マジで退屈。
あたし、じっとしてるの、苦手なんだよねー。
ふと、自分のステータスのことを思い出した。
洞窟とか侯爵邸とかで、結構、魔物とかヤバい奴とか倒したし、なんか変わってるかも?
「そーいや、最近、確認してなかったな。レベルとか上がってんのかな?」
あたしは、意識を集中して、目の前に半透明のウィンドウを呼び出した。
【愛内 ユキナ(ゆきぽよ)】
種族:人間(転移者)
レベル:12
HP:450/450
MP:80/80
職業:Aランク冒険者
称号:ゴブリンスレイヤー、猪殺し、ダークブレイカー、侯爵邸の侵入者(New!)
スキル:
・身体強化 極(SS)
・言語理解(固有)
・気配察知(中)(New!)
・危機回避(小)(New!)
「うおっ!? レベルめっちゃ上がってるじゃん! 12!? ヤバ!」
こないだ確認した時(ゴブリン討伐後)はレベル3だったのに、一気に9も上がってる!
洞窟での雑魚ラッシュとか、あのキモいボスとか、蛇野郎との戦いが、思った以上に経験値になってたみたい!
「HPとかもめっちゃ増えてるし! 職業もちゃんと『Aランク冒険者』ってなってる! カッケー!」
称号も増えてる。「ダークブレイカー」とか、なんかカッコいいじゃん!
…「侯爵邸の侵入者」ってのは、ちょっとアレだけど。ウケる。
「スキルも増えてんじゃん! 気配察知? 危機回避?」
これは、いつの間に覚えたんだろ?
戦闘中に、無意識に使ってたってことかな?
気配察知って、なんか忍者っぽくて、潜入とかにも役立ちそうじゃん!
「まあ、これだけ強けりゃ、蛇野郎とか余裕っしょ!」
自分の成長(?)を実感して、ちょっとだけテンションが上がる。
ステータス見てるだけでも、少しは退屈しのぎになったかも。
でも、やっぱり体を動かしたくてウズウズする!
こんな強い力があるのに、使わないとか、マジでもったいないし!
「あー、なんか暴れたいんですけどー!」
あたしがベッドの上で悶々としていると、数日後、ついに動きがあった。
街中で、なんか視線を感じることが増えたんだよね。
明らかにあたしのこと、見張ってるっぽいヤツがいる。
たぶん、「蛇の目」か、マルティン侯爵の手の者だろうな。
マジキモいストーカーじゃん。
そして、ある日。
あたしが、暇つぶしに王都のギルドに行くと、受付嬢さん(キツそうな美人さん)が声をかけてきた。
「ゆきぽよさん、あなたに指名の依頼が入っています」
「え? また? ウチ、人気者じゃん」
「依頼主は、とある貴族の方からです。内容は、数日間、その方の身辺警護をお願いしたい、と。報酬は、破格の金貨50枚です」
「金貨50枚!? 高っ!」
護衛依頼でこの金額は、やっぱ異常だ。
しかも、また依頼主は匿名で、詳細は待ち合わせ場所で、ってパターン。
「はい、来ましたー! 罠、確定!」
あたしは、心の中でガッツポーズした。
やっと、退屈から解放される!
受付嬢さんは、「これは明らかに危険です! 受けるべきではありません!」って、めっちゃ心配してくれたけど。
「だいじょぶだって! どうせ、ウチのことおびき出すつもりなんでしょ? 面白そうじゃん! 受けてみるわ!」
あたしは、ニヤリと笑って、依頼書を受け取った。
待ち合わせ場所は…王都郊外の、第七地区にある古い倉庫街?
前回、黒装束の連中とやり合った場所に近いじゃん。
分かりやすすぎ。
「んじゃ、ちょっくら行ってくるわー!」
あたしは、久々の大立ち回りを期待して、ウキウキしながらギルドを後にした。
罠だって分かってて、わざわざ乗り込むとか、マジで最高にロックじゃね!?(意味不明)
指定された倉庫街に向かう。
相変わらず、人気がなくて、不気味な雰囲気。
「さてと。どーせ、また蛇野郎とか出てくんでしょ? 今度こそ、絶対ボコる!」
あたしは、指定された一番奥の、ひときわ大きな倉庫の前に立った。
扉は、やっぱり半開きになっている。
芸がないなー。
「ごっめーんくださーい! 指名された、ちょー強いAランク冒険者が来ましたよーっと!」
あたしは、わざと大きな声で呼びかけながら、倉庫の中へと足を踏み入れた。
中は、薄暗くて、埃っぽい。
そして、倉庫の奥には…。
案の定、依頼主の姿なんてなかった。
代わりに、黒装束の連中が、前回よりも多い人数…20人くらい? で、ずらりと並んで、あたしを待ち構えていた。
そして、その中心には…やっぱりいた! あの仮面をつけた蛇野郎!
「ククク…お待ちしておりましたよ、ゆきぽよ嬢。懲りずにまた罠にかかるとは。学習能力のない方だ」
蛇野郎が、嫌味たっぷりに言う。
「うるせー! あんたこそ、懲りずにまた出てきたな! しつけーんだよ、蛇野郎!」
あたしは、指をさして言い返す!
「やっぱり罠じゃん! 面白くなってきた!」
さあ、第二ラウンド開始だ!
今度こそ、逃がさねーからな