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1 1/2003

 一面の花畑の香りが風とスピードによって高速に通り過ぎた。白い月光の光芒が森に差し込んでいる。その中を走る車の中で『ムラサメ』と呼ばれる少女が悪戯に笑った。

「無免許運転は楽しい?」

 それを横目に『ナカムラ』は皺を寄せて呟く。

「うるッせえよ」

 難しい顔をしながら林の間に車を走らせる。

「お前のせいで俺がこんな運転するはめになってんだ。畑でよく乗せてもらっているから多少は運転できるかもしれねえけど、これ以上の速度は出さない。いいな?」

「つまんないぞ」少女は野次を飛ばす。

「うッせー!」とナカムラは声を荒げ、力んで車が一瞬早く前進する。

 それに二人は冷や汗をかきながら、しばらくして、沈黙を突き抜けるスターターピストルのように二人で、共に笑い出した。

 ナカムラは車の強い揺れで我に返ったように喉を強く鳴らす。

「まずまずなぁ、どうして俺がこんな事に付き合わされているのかが理解できん」

「仕方ないじゃん。流れ星、見たくないの?」

 快晴のその日、中学生の男女二人にそんな犯罪行為をさせていたのは、その流れ星である。

「俺は興味なんてないが?」

「なぁんでよ~」

 ガタガタと車は品性なく揺れていた。

 例えるなら洞窟を走るトロッコのようだ。

 田舎の道という整備のせの字も知らない場所だから道が荒い。故にこうして車が上下左右はげしく揺れている。おまけに時刻は深夜一時。夜の帳が一番濃い時間帯である。だからいっそう、『洞窟を走るトロッコ』が適した例えになりつつあった。シン林を進めば進むほど道は険しくなり、必要以上に座席が跳ねあがった。

「お、おい。これで車が壊れたら、お前が責任とれよ?」

 ナカムラは怯えながら云う。

「嫌だけど」

「は⁉」

 ナカムラは肩を揺らして表情を歪めるから、ムラサメは「前見て前」と前方に指を向けてナカムラを抑制する。そして息をついて、ムラサメは語り出す。

「だって私、次こそ先生に強制退学とか言い渡されちゃうよ? ナカムラは私が居なくなってもいいの?」

「知るかよ、無様に死ね」

「ひどー」

 ナカムラが右手の親指を立てて首の前でスライドさせる。

「…………」

 ムラサメがこちらに振り返る。

 黒い短髪と黄色がかった瞳が、私をぼんやりと映す。私は取り乱しながらも添えるように微笑むと、ムラサメは満面の笑みを浮かべて応えてくれた。私の心は、少し休まる。

 やっとの思いでシン林から抜けると、開けた崖の上で車を停止させた。

 三人の中学生は車を順番に降り、トロッコの酷い揺れのせいで幾分ぐらぐらと体が回っていたが、徐々に平時に戻っていく。息を落とすと、ナカムラが男の子らしい煌めきを発する瞳で、遠い夜空を見つめ始めた。

「うおおお!」

 夜空は息を吞むほど広く壮麗だった。

 点々といる星々が雑にちりばめられ、藍色と黒の長夜が地球をしっかり覆っているように見える。夜の帳に金平糖がばら撒かれている。私は星々をそう受け取った。

 そう――あの空で誰かが、金平糖をたくさん落としてしまったんだ。だから、自然と口が綻ぶような心地よさを、あの空から感じるのだろう。或いはそう、その星々には力があって、その力は私達人類の心を射止めるような『特別な魅惑』を発信しているのかもしれない。

 ナカムラは今回の遠征に消極的だったが、今では絶景に大興奮していた。そんな男をやれやれと手を振り「私ったら、男心ってのが分かってるじゃん?」とムラサメは得意げに云って、ナカムラの背後を追うように駆けだした。

 私はというと、その吸い込まれるような美しい景色に見惚れていた。

 あまりの美しさにちょっとした声が漏れ、自然に口角があがり、首にぶら下げているカメラを両手で持つだけ持つが、一向にシャッターを切れない。地上から見る宇宙は、こんなにも素晴らしいんだと痛感していた。

「流れ星はいつ流れるのかな?」とムラサメが云う。

「さあな」とナカムラは肩をすくめる。

「……あの」

 私はそう声を張った。前髪がわっと浮かび上がり全身に鋭い寒気が走る。

 だが眼前に広がる美しい景色による感動が、一時の視線による凍結を次第に溶かしてくれた。二人は振り向き私に視線を注ぐ。私は二人にカメラを向ける。

「お!」

 ムラサメが片腕をナカムラの首に回した。ナカムラは真っ赤になり「おい⁉」と慌てて云う。よく見ると、ナカムラのほっぺには、ムラサメのふくらんだ胸がめり込んでいた。

 脳からの信号が身体に迸る。私は直感に従って、人差し指を押し込んだ。

 カシャ。

 静かに音が鳴り、電子モニターの中心でくるくると何かが読み込まれて行き、やっとの思いでそれは書き出される。

 写真には楽しそうな二人の友人と、二人の頭上を横切る流れ星が二筋、音もなく通り過ぎていた。


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