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8 61/2003

 やあ、と友くんが剽軽な表情で右手をかかげて近づいてくる。私はイヤホンを外して彼の挨拶に返しをすると、友くんは私のすぐ隣に腰を下ろした。

「何を聞いていたの?」

「流行りものをね」私はイヤホンを渡す。

「相変わらずこういうの抵抗ないよね」と友くんは云ってイヤホンを耳に添える。

「あ、これ知らないや。でも歌手は分かるよ」

「この曲の歌詞が好きなんだ」

 私は白い息を吐きながら、自分の曲探しの趣味をつまびらかに語る。

 目の前ではスーツを着た新成人たちがぞろぞろと談笑しながら、どこかへ移動していた。そういえば、私、親に頼まれた写真を撮っていないな、と我に戻ったのもそのタイミングだ。

「なんて美しい世界だ」

 彼は曲の歌詞を口ずさんだ。

「へえ、こういう歌もあるんだね。明るいものが多いイメージだったよ」

「CM広告とかでよく聞くのはそういうのが多いよね。でも私は、この人のこういう後ろ向きな歌詞も好きなんだ」

「でも厳密に言うと、後ろ向きではないよね」

 と友くんは明瞭に分析する。私は端折って伝えていたことを見抜かれて感心した。

「ひどくて終わっているけど、みんな愛し合えばいいじゃん。みたいな感じだね」

 友くんが私を見て訊く。

「そうだね。この曲は、愛の風味を表現している人間賛歌だよ」

 私は足を組みなおす。友くんがイヤホンを返してくれた。

「いいね、プレイリストに入れておくよ」

 私はイヤホンを受け取って仕舞った

「ところで中村くんたちとは会った?」

 とは友くんの言である。

「会えたよ。さっき連絡先を交換した」

「本当⁉」

 彼はスマホを取り出す。

「僕、さっきまで他の奴らに囲まれていてさ。中村くんたちを見つけられなかったんだよね」

「そうだと思う」

 私は中村くんと村雨が人だかりから離れた場所で一緒に話しているのを思い出した。

 友くんはスマホを差し出して連絡先を尋ねて来た。私は友くんならいいだろうと、中村くんの連絡先を伝えた。

「挨拶しておくね」と友くんはすぐに中村くんへとメッセージを飛ばした。

「私も村瀬くんに連絡先を教えたって伝えておく」

 人混みの密度が目に見えて増え、晴天から降り注ぐ燦々とした光が、背中に汗を流させる。そんななか私達は、小さな植樹帯の縁に腰を下ろしていた。友くんが云った。

「もうこんなに時間が経ったんだね」

 友くんは人混みを見つめる。

 正確に言えば、人混みの奥にあるはずの『成人式』と書かれた看板を見つめていた。

「そうだね」

 私は白い息を零す。

 時間というものが改めて憎いと感じた。それでも、この年月になってその時間のスピードにも慣れつつあった。時間はいつも私を置いていくけど、その中でも苦心するくらいの暇を発見した。ついに時の流れに順応したのだろう。何か大きな出来事がない限り、私が時から弾き出されることはない。それに、二十年の付き合いだ。慣れない方が不自然だろう。

「僕ら、同じ高校に通っていたけど、何やかんやクラスが違ったよね」

「スマホでやり取りはしていたけどね」

「それでも」と友くんは身をよじる。

「僕がスマホを買った大学一年のころからだから、実際は結構年月が経っていたと思うんだ」

 私は確かに、と思う。

「村瀬くんは大学生だよね」

 私の言だ。

「そういう君は、いま何をしているの?」

 質問を質問で返された。

「書店でアルバイトしているよ」

「そうなんだ。本好きは健在なんだね」

 私は頭を縦に振った。

 その時、友くんのスマホに着信があった。彼は立ち上がって少しうろうろしながら電話に出る。嫌でも耳に入ってくるから分かってしまったが、どうやら焼肉を食べに行かないか、と友達から誘われているようだった。

 私は同時に親に見せる写真を思い出す。と言い訳をつけるけれど、実際は久しぶりに生身で再会した友くんを撮影したくなったのだ。

 カメラを友くんに向ける。友くんはカメラに気が付くと、安堵を浮かべてから、笑みを作ってくれた。

 私は「今だ」と思ってボタンを押した。

 彼は私のカメラに振り向いて何かしらのポーズを取ってくれるようになったのだ。いや、もしかしたら成人式で気持ちが舞い上がっていたのかもしれない。

 でも、私にとってカメラ目線で何かをしてくれるというのは、どこかこう、気持ちのいい特別感があるような気がした。

 最初はカメラを向けても全くの自然体だった彼が面白かったはずなのに。

 今では、カメラに映る彼全てが、私の興味を引いていた。

 この感情に近しい言葉を元々知っている筈なのに。

 私はその言葉を、口ずさむことすら不思議と避けている。


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