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33 1202/2003

 脱力している女性は、廃人同然のようになっていた。意思疎通すら図れなかったため、とりあえずフードコートに運んでくる。

「どうしよう」

 私が腕を組んでいると、フードコートの奥から老婆が近づいてきた。

 あのベンチで眠っていたはずの老婆は、私の顔を見るやいなや安堵したような表情になってついてきてくれた。この老婆は『奈々子(ななこ)』さん云う。

「奈々子さん?」

 私が名を呼ぶと、彼女はやおら口を開いた。

「この子は私が傍にいておく」

 老婆はその時、初めて言葉を発した。

 とても愛情に包まれた、柔らかな声色だった。

「任せてもいいのですか?」

 私は少し考えてから尋ねる。老婆は振り返り、細い目をゆっくりと開けた。

「ああ。この子は優しい人だよ。可哀想に、私が面倒をみよう。ボケた爺さんの面倒をみとったから、こういうのは慣れっこでね」

 老婆はそう言って腰を下ろし、目の焦点が合っていない女性の服をまくり、汚れた服を着替えさせた。

 ある程度様子を見てから、私は老婆に任せても大丈夫だと判断した。

 人の気配が戻ってきたフードコートの写真を、一枚、静かに撮影した。


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