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35 1210/2003

 先輩は未だに動いてくれない。

「先輩」

 私が暗闇に向かって尋ねても、先輩は沈黙をそこに添えてくる。

 流石に心配だった。このショッピングモールの中に居る人で、私情を挟むなら村雨くんと同等に助けたい人なのだった。

 私はいつの間にか誰かを助けることを常に考えていたことに気が付いた。

 先輩を助けたい。でも、それって私情であって、他の人を助けたいという気持ちと何が違うのか。

 メサイア症候群というものがある。

 心理的に誰かを助ける事で自分を満たそうとすることを、そうやって言うらしい。私はこれに部分的に当てはまる気がした。

 これまで運が良かっただけだ。

 誰かを助けるというのは、本来あれだけの短時間で成し遂げられるものではない。

 まず私は自分の為に目の前の人たちを助けること、自分にメサイア症候群の片鱗があることを強く意識するべきで、誰かの為に、という芯の細い転換はやめるべきだ。

 私は自分が助かるために、誰かを助ける。

 人を助ける行為自体に意味をもってはいけない。

 私にできる事は限られている。

「先輩」

 私は息を潜めた。暗闇で眼光がこちらを見た。

「ブラックコーヒー飲みませんか?」

「…………」

「誰かと飲みたいんです」

「…………」

「雑談しながら」

 先輩は動かなかった。


 避難所に戻ると南ちゃんと佐々木くんが一緒に共有エリアに居た。

「ありがとう!」と南ちゃんが両手を上げて喜んでいるようだ。

 私は近づいて、「なんの話をしてるの?」とフランクに尋ねると、南ちゃんはある物を差し出した。

「カメラ?」

 南ちゃんはこくりと頭を振った。

「一階に家電量販店があって、そこから持ってきたんです」

 佐々木くんが右手を傾げて慇懃に云った。

「そうなんだ。一人で行ったの?」

「いえ、村雨さんと一緒に」

 一人であのあたりに行くのは危険なので、佐々木くんの言葉に私はほっと胸を撫でおろす。

 一階の二階へ続く道は封鎖しているか、罠が仕掛けてある。暴徒の危険が残っているから、そういう用事は最初のうちに済ませていた。

 パシャ。と音がした。振り向くと、南ちゃんがカメラで私を撮影していた。

「この~」

 私もカメラを持っている南ちゃんを撮影した。

 南ちゃんも負けじと、私を何枚か撮影した。追いかけっこしている様子が、そのデータには残されている。ふと横を見ると、佐々木くんはこちらをみて微笑を浮かべていた。

「よかった」

「え?」

 私の言葉に、佐々木くんは疑問符を打つ。

「君が笑えるようになって」

 私がそう言うと、佐々木くんは「はい!」と元気よく返事をした。


 次の日、事態は急変した。一階の罠に人がかかった。

 その人物は自分の事を、斎藤楓(さいとうかえで)だといっている。

 そしてこうも言っていた。

「世界の存亡について大事な話がある。できれば、二人きりで」

 と云い、私の名を指名した。


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