パシャ。と外の風景を撮影してから数十分後のことである¥。
『衝突はあと一年』『村瀬友の行方不明』『終わりの時』『存続について』『超人計画』
私は知らない用語でパンクしそうな頭を何度か振る。そして絞り出すように言う。
「何を言っているのか分かりません」
それは現実否定の虚しい言葉だった。その言葉は重さを伴わずふらふらとさすらい、目の前の斎藤楓と私の中間点でぽつりと息絶える。
「ですから」
斎藤楓は口を尖らせる。
『衝突はあと一年』『村瀬友の行方不明』『終わりの時』『存続につい
「あの!」
私は彼の言葉を遮った。気が付くと頭部が熱っぽくなっている。
「一度、休憩しますか?」
「いえ、お気になさらず」
ここで理解が足りない状態でお開きにするのは、とても嫌だった。
「……とにかく」
私は疑問符でいっぱいいっぱいな脳みそを回転させ、目前の課題を捻り出した。
「村瀬友の行方不明はどういうことですか?」
己にとって一番の重要事項からつまびらかにしようと動いた。
「そのままの意味です。混乱に乗じ行方不明になりました」
「どこで?」
「空港です」
「では、彼はアメリカに行っていないのですね」
斎藤楓は頷く。
「それで、失踪ということは、何故ですか」
私は自分の言葉が訥々としていることに気が付いた。斎藤楓は続ける。
「私も分かりません。とにかく所在が分かっていません。もちろん生死不明です」
「生きている可能性は?」
私は実際にその言葉が自分から出た台詞であると理解するのに、少し時間を要した。
「あります。殺されたなら死体が出てくるはず。でもそれすら出ていない」
脳内で過去のビジョンが激しく点滅した。
「私は奴らが死体を燃やしているのをみました」
「…………」
「ねえ、嘘って言ってくださいよ」
私は殆ど縋っていた気がする。
いきなり様々な情報を押し込まれたものだから、頭から煙が出て故障しているんじゃないかと本気で思った。
村瀬友の死の可能性は、私にとって理解を拒絶したいくらい強烈なものだったのだ。
重々しい静寂が降り立った。時間を要して、私は呼吸を整える。
「……分かっていない、ですよね」
にわかに言葉尻が弱くなる。斎藤楓は頭を縦に一度振る。
とりあえず話を進めよう。そう冷静な言葉が囁かれたような感じがする。
「終わりが近い、ですか?」
「はい」
斎藤楓は頷いた。
「小惑星衝突による被害は甚大なものです。恐らく、地球は三つに割れ、表面温度がおかしくなり、大気が汚染されます」
「つまり、人類に生き残る術は?」
「ありません」
斎藤楓は眉をひそめて呟いた。
私は、絶句するしかなかった。
「でも、存続の可能性はあります。それが先ほど説明した」
「――超人計画」
私は自分で復唱してから、込み上げてくる馬鹿馬鹿しさに吐き気がした。
なにせ自分がこんなにも誰かの言葉を嘲笑し、理解を拒んでいる事実が珍しかったからだ。超人計画。現実味が全くない言葉。私は冗談だと言って訂正してくれと本気で願う。
だが斎藤楓の眼差しには、全くその気配がない。
「人体の限界を凌駕させ、全てを遺伝子レベルで別の存在にします。そうすれば宇宙空間の適応やエネルギーの自己完結も可能とされ、形は人のまま超人になることが出来る」
「…………」
「それを使用することで、人々を宇宙でも生きていけるようにする。それが超人計画です」
「そんな事が可能だと?」
「可能にしてみせます」
彼はやけに意気揚々と答えた。
「それが、私の半生をかけた研究ですから」
超人計画というふざけた名前。
そしてそこに乗せられた、人類存続という大それた大義。
私は斎藤楓との話し合いを終えても二つの単語の雰囲気の乖離から、しばらくはまともに考える事は出来なかった。現実味がないとはこのことだ。
超人計画は現在、選抜した百人を対象に進んでいる。
その対象者とは、曰く『何があっても生きる意志がある人間』を探しているのだと説明された。そして斎藤楓が云うには、
確かに陽徒避難所は私と村雨くんで手を取り合って作った。今後も孤独に挑んでいる人々を見つけ出し、そして居場所を作ってあげたい。ひいては私含めたみんなが安全に過ごすための環境を、作りたい。そんな想いで始めた。
とにかく少しまとめよう。
私は避難所に戻るルートの途中でわざと身をひるがえし、遠回りをする。
これから起こる事実。小惑星の衝突。そして地球が割れ、人類が滅びる。私が選べる選択肢。超人計画に参加し、宇宙で第二の地球を見つけ出すまで彷徨う。
どこかの映画で見た事がある気がする。人類を含めた種の保存。それを可能にする艦。そう、この次元の話をしている。小説や漫画、アニメや映画の次元の話なのだ。
「私は……」
自分の本音をまずは吐露しようとするも、うまく言葉にはならなかった。
『宇宙に彷徨うなんて怖い』というのが私の率直な本音だった。
でも、頭では理解している。本当にこの手段しか人類が存続できないのなら、私はこれに参加するべきだと。
でも、もちろん、百人の参加者の中に陽徒避難所の人々も加えたい。それが私の出来る彼らへの誠意だと思うから。
でも……、ああ、分からない。時間が必要だ。それに、他の大人たちを集めよう。佐々木くんと南ちゃんに伝えるかは……。
「私だけじゃ決めきれない」
これも、一度大人たちと話し合って考えよう。