三部南さんは人見知りである。
いや、こんな僕が子供のことをこうであるとか言えたものではないか。
思えば僕も覚えがあった。父は僕の事を何一つ理解しない、父親ではないと否定した僕だけど、今なら気持ちが分かる気がする。
首に彼女のカメラをぶら下げ、風の強い堤防の上で二人の行動を遠くから見下ろしていた。佐々木くんと南さんは二人で川の近くで二人のカメラで風景を撮影している。
三部南さんの撮影趣味は、聞くところによると彼女からうつったものらしい。
三部南さんがカメラに興味をもって、そこに佐々木くんが家電量販店からカメラを取ってプレゼントしたそうだ。二人の間は、家族のような仲睦まじさがある。
僕はデジカメを起動させて、二人がはしゃいでいる様子を撮影してみた。
でもなぜかコレジャナイ感がふつふつと脳裏に過っている。彼女は、どういう時にカメラで撮影していただろう。と思い出してみることにした。
改めて見ると、所構わずカメラを構えていた気がした。
移動中でも座っている時でも寝ている時でも、いきなりばっと起き上がって月を撮影しに行った。流石に遊園地のジェットコースターの降下手前でカメラを持ち出した時は、僕と村雨がめちゃくちゃ焦ってめちゃくちゃ怒ったな。
何だかよくよく思い出してみると、ちょっと異常なんじゃないかと思えて来た。
写真馬鹿。
風が頬に当たって前髪がふわりと浮いたとき、ふいにそんな四文字が浮かんできた。
彼女は写真馬鹿だった。どんな場所でも場面でも、彼女が撮りたいと思ったらいつでもカメラを起動して来た。
僕はそういう直感みたいなものがない。
それがどういう感覚で舞い降り、僕の体にどうやって作用するかもわからない。
彼女のカメラデータを遡れば何か分かるかもしれないが、一度、彼女が僕に写真をみせるのを恥ずかしいと言っていたのを覚えている。だからか、妙にみる気にならない。
……そういえば、不思議だったな。
どうして彼女は被写体の僕らに写真を見せることを躊躇していたんだろう。「恥ずかしい」とは言っていたけど、写真ってみるためのものなんじゃないのか?
僕は首にぶら下がったカメラを持ち上げる。
じいっとそのカメラを見つめて、電源をつけてみる。
「あの」
その時、横にある石の階段を上って佐々木くんが僕を呼んだ。
「どうしたの?」
僕はカメラの電源を視界外でオフにして、佐々木くんの気恥ずかしそうな顔を見た。
彼は少し言いよどんでから、口を開いた。
「一緒に撮影しませんか?」
「え?」
思わず口から一文字飛び出した。
「せっかく連れて来てもらいましたし、その、一緒に撮った方が楽しいかなって」
「撮影って誰かと一緒に撮るのが楽しいものなのか」
僕は佐々木くんに聞こえないように配慮しながらも、思わずそうこぼしてしまった。
佐々木くんはじいっとこちらを見ていた。僕の返答が気になるのだろう。
「分かった。一緒に行ってもいい?」
僕は右手を地面に付いて立ち上がると、佐々木くんは少年らしさがある喜々とした表情で「はい!」と元気に頷いた。
僕は下にくだり、夕陽が溶け込んでいる川をレンズに反射させる。パシャリ。
――でも、僕はカメラを構えながら、ずっとままならない感覚を抱き続けていた。
「どうしたんです?」
と浮かない顔をしていた僕を見かねて、佐々木くんは尋ねてくる。
南さんがいるからか、佐々木は幾分物腰が柔らかかった。
僕は話そうか迷いながらも、はにかんで正直に云った。
「恥ずかしい話なんだけど、実は写真の撮り方が分からなくて」
佐々木くんは首を傾げた。
「ボタンを押すだけですよ?」
「それは知っているんだけどね。その、上手な写真の撮り方が分からないんだ」
僕が正直に白状した。
僕は佐々木くんが考えるような表情を浮かべつつ、その奥で三部南さんがこちらの様子を横目に観察しているのを発見した。
だが僕が三部南さんを発見したように、彼女の自分の事を見つけてしまったようで、ぷいと角度を変えてどこかに行ってしまう。
「村瀬さんって」
佐々木くんがやっと口を開く。
「不器用ですよね」
「……そうかな?」
僕は言われた言葉の意味が一瞬分からず、首を傾げる。
「なんていうか、器用貧乏って感じなのかな。いや、村瀬さんが凄い研究者なのは知っているんですけど、でもいくら賢いからってこういう芸術的な方面は点でダメなのかなって」
思ったよりしっかりと痛いところをついてきた。
「……その通りだよ。僕は感性で考えるのが苦手なんだ」
「意外ですね」
佐々木くんは文字通り意外そうに口を手で覆う。
「でも分かりますよ。何となく、その感じは」
佐々木くんはいきなり親近感を籠めた眼差しを僕に向けてくる。
「そう? それなら……嬉しいよ」
僕は戸惑いつつ、そう微笑を添えた。
あとで考えてみた。
佐々木くんは大人になりかけの子供である。
そんな子供にとって、自己表現が得意ではない人の気持ちが、思春期の彼だからこそ理解できたのかもしれない。僕の唯一のコンプレックスである形式的な友好関係を、中学生にあっさりと見破られたのは、言うまでもなく初めての経験だった。
そして彼が向けて来た親近感は、僕の暗い部分に光を当てた気がした。