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55 1599/2003

 濛々たる朝霧を抜け、僕達はその日、陽徒避難所を発った。

 十分な食料と武装(拳銃三丁・スモークグレネード五つ)を装備し、我々は遠い道のりを歩み始めた


僕と中村が先頭で、浅井と渋木さんが主な荷物と後方で指示を出す係だ。拳銃はモールの地下駐車場で試した僕と中村、そして渋木さんが持っている(浅井は筋力が無さすぎて一発撃つだけでしんどそうだった)。スモークグレネードは各々が一つ持ち、浅井が余分に一つ携帯している。

「どこに行くか、目算はあるんだろう?」

 中村が大きなバックバックを背負いながら横目に云った。

「ああ。これで北海道とか言われたら困ったが、期間と斎藤の経歴から恐らく和歌山だ」

「和歌山⁉」

 中村は驚いて重々しいバックにつられ転びそうになる。

「だいたい、そこしかないだろう」

「ど、どういうことなん?」

「和歌山には、ロケット発射場があるんだ」

 もし斎藤楓が陽徒避難所の皆に話したように『超人』を作ってから宇宙に打ち出すのなら、必然的にロケットが必要ということになる。カプセルに彼女を入れてそのカプセルをロケットに取り付けることが必要なはずだ。

「時間はない。可能なら、途中で使える車とかを確保したいね」

「そういえば前々から気になってんだけど、暴徒って日本全土にいるのか?」

 僕はかぶりを振る。

「暴徒の動向は僕もこの三年間気にしてた。というか、暴徒の動きのお陰で斎藤楓の企みに気づいたところがあるんだよ」

 中村くんは唖然とした顔を見せる。

「暴徒の移動先を常に警察が調べていたんだ。そして、暴徒が移動する場所に先に必ず現れる男のことを発見した。その男こそが斎藤楓で、警察の調べがうちの研究所に来た事で僕らが彼の動向を知る事になった」

 そのとき僕はまだアメリカに居た。

 聞くところによると斎藤楓は僕がアメリカに行けなかったと言っていたらしいが、それは出鱈目だ。

 僕はアメリカで『方舟計画』を浅井含む研究チームと進めていた。

 しかし、警察の捜査で次第に明らかになった暴徒の指導者が、うちの研究所から失踪した斎藤楓であったことから話が研究所にまで届いた。

「警察ってまだ生きてんのか⁉」

「一応ね。でも人類滅亡が明らかになればなるほど、警察も人間だから次第に力を持てなくなっていったんだ」

 そんな流れで、当時まだ機能していた警察の捜査に協力していくと、彼が日本の東北にある研究所に出入りしているということが分かった。

 警察がその研究所へ最後の力を振り絞った強制捜査を実行すると、そこでやっと『超人計画』について明るみになった。

 それと同時に、候補者リストに僕の彼女の名前があったことも、僕に伝わって来た。

「警察は、もうダメなんかな……」

 中村はそう肩を落とした。

 僕は今、あの組織が機能しているのかもわからない。暴徒鎮圧が叶うのならと全ての力を出し切るように強制捜査をした後、警察とは連絡が取れなくなった。

 それで僕と浅井も個人行動を始めたんだ。

「とにかく、和歌山に行こう。どのみち終わりは来るんだから」

 彼女にカメラを渡すために。僕らはその日、歩き始めた。



 街を抜け、葉を落とした寒々とした山に入る手前、寒色ばかりの傾斜に一凛のハナが場違いに咲いていた。

 自然の音がする。風切り音、痩せた木の揺れ擦れる音。そして、我々が進んでいる轍が、経路が、軌跡が、振り返るといつでも迎えてくれた。

 6メートルほど離れていたハナを越した時、そんな僕らの歩く道が何故か背後で光り輝き、僕の背中に冷たい風を吹き付けた。



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