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56 1636/2003

 山を越え、方位磁石に頼って西南へと歩を進める。

 渋木さんは元々山暮らしだったらしく、道のない場所の進み方を心得ていた。

 老婆とはいえ、彼女の足腰は若い僕らよりもモリになれており、着々と進んで行く。

 そして少し開けた場所でカラスが鳴いた。

 夕暮れに溶ける水色が僕らの目じりから徐々に消えていく。寝袋を広げて焚火を作り、水を温め休憩を挟んだ。

「なにぃ、誰かに見られている気がする?」

 僕が何の気なしに云うと、渋木さんは貫禄のある皺をよせる。

「モリの中で誰かに見られているってのは気を付けた方が良い。動物もこわいが、死者がおるかもしれん。いいか? その見ている人物が現れても、絶っ対についていくなよ!」

 渋木さんはやけに鼻息を荒げて云うので、僕は重く頷いた。

 その晩、皆が寝静まった時に僕はふと起き上がり、夜空を見上げた。

「そこに誰かいる?」

 僕は尋ねるも、見られているという感覚は変わらない。

 気のせいなのだろう。

 ふいに夜空に浮かんでいるのが満月であることに気づいた。

 僕は、満月を一枚撮影する。満月には兎が餅つきをしているようだった。

 それを必死に叩いているようだった。


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