山を越え、方位磁石に頼って西南へと歩を進める。
渋木さんは元々山暮らしだったらしく、道のない場所の進み方を心得ていた。
老婆とはいえ、彼女の足腰は若い僕らよりもモリになれており、着々と進んで行く。
そして少し開けた場所でカラスが鳴いた。
夕暮れに溶ける水色が僕らの目じりから徐々に消えていく。寝袋を広げて焚火を作り、水を温め休憩を挟んだ。
「なにぃ、誰かに見られている気がする?」
僕が何の気なしに云うと、渋木さんは貫禄のある皺をよせる。
「モリの中で誰かに見られているってのは気を付けた方が良い。動物もこわいが、死者がおるかもしれん。いいか? その見ている人物が現れても、絶っ対についていくなよ!」
渋木さんはやけに鼻息を荒げて云うので、僕は重く頷いた。
その晩、皆が寝静まった時に僕はふと起き上がり、夜空を見上げた。
「そこに誰かいる?」
僕は尋ねるも、見られているという感覚は変わらない。
気のせいなのだろう。
ふいに夜空に浮かんでいるのが満月であることに気づいた。
僕は、満月を一枚撮影する。満月には兎が餅つきをしているようだった。
それを必死に叩いているようだった。