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57 1689/2003

 街に降りてみると、中村くんが何かぼうっとしている。

「どうしたの?」

 中村くんは哀憐な顔を僕に向けて、彼らしくない声のトーンで語り出す。

「あのあたりだ。あのあたりで、マンションが崩れた」

 マンション。僕は村雨さんの事だと察する。どうやら僕らは彼が身を隠していたあの街まで戻ってきたようだった。

「そうか」

「ちょっと寄ってもいいか?」

「もちろん。丁度西南の方向だしね」

 僕らは瓦礫に近づいた。建物の残骸なんて今ではそこら中で見るのに、その瓦礫に近寄った時、空気がやけに冷えた気がした。

 突然現れた雲に空は覆われ、周囲は静かな温度に包まれている。瓦礫は近づくことが出来ないくらい酷い。倒壊だ。

 でも少し疑問に思った。中村くんによると元々、マンションは少し前に合った地震で崩れかかっていたというが、しかし、この倒壊の仕方には違和感がある。まるで、重機でも使ったような倒れ方だと感じた。

「村瀬」

 僕は「ん?」と云った。

「行こう」

「……もういいの?」

 元気のない声で僕に話しかけた中村くんに、背後で様子を伺っている浅井と渋木さんも心配そうな顔を浮かべた。

 だが、中村くんが振り返ったとき、彼の中で大きな想いがゆっくりと崩れていっているのが伝わってきた。

「ここにはいない」

「え?」

「もうここには、りんはいない。陸も。死んだ」

「…………」

「でも、村瀬」中村くんは僕の首に掛かっているカメラを見つめた「それがある」

「……そうだね」


 街を去る時、僕は一枚写真を撮影した。

 この大地に眠る無垢な魂が、その写真のどこかに戻ってくるという、願いを込めて。



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