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68 1901/2003

 車の車体に堕ちかけの陽が反射していた。

 焚火を作りながら公園だった場所で、僕らは夜を越そうとしていた。その時、中村が近くの家からギターを持ってきた。

「久しぶりに歌おうぜ」

 と中村は僕に向かって云う。そういえば中村はギターをやっていて、僕の歌の練習に付き合ってくれていたことを思い出す。

「ギター持っている姿が懐かしいね」

「そうか? ほれ」

 中村は腰を下ろして右足を組み、ギターを構え、聞き覚えのある旋律をゆったりと奏でた。

 否応なしで戸惑ったが彼の目線に負けてしまい、僕は一曲だけ歌ってみた。

「所々ずれているな」

「仕方ないだろ。何年ぶりだと思っているんだ」

 僕は言いながら中村の組んだ足に手のひらを突き出し、照れ隠しをした。

「でもまあ、懐かしいぜ。お前が歌を頑張って練習してたのって、あいつの為だろ?」

「……ああ」

 そういえば、そうだった。僕が歌を上手くなろうとした理由は、彼女の好きな曲を歌えるようになりたかったからだ。そっか。僕は思いのほか彼女の事が好きだったんだな。だから頑張って気を引こうとし続けた。それが伝わったのか分からない。それをどう思われたのかもわからない。でも――、

「歌はいいね」

「そうだなぁ」

 僕の言葉に、中村の視線が泳いだ。

 焚火の向こう側に座っていてほしかった、二人の影を探すように。



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