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72 1996/2003

 無線を三度入れて次の日、メモ通り玄関口から一人の男が白衣を靡かせながらモリに入った。

 僕らは彼が武装をしていないことを確認しなければならなかったが、彼は白衣という物を隠すのに適した服装で出てきたため、林の中で僕らは迷った。

「村瀬、どうする?」

 ややあって、長谷川がモリの奥深くで停止すると、白衣を脱ぎ捨て両手をあげた。

 男は何かの気配を察したらしく、自分の身の潔白を示すような態度をとった。

 僕らはお互いに顔を見合わせて、拳銃を構えながら男に近づいた。

 そうして対面する。第一声は、中村から飛び出す。

「長谷川」

「……その声、中村か?」

 長谷川と呼ばれる男は首を中村の方へ向ける。そして、久しぶりの再会を喜ぶような表情を浮かべた。

 僕は長谷川の前に姿を現し、長谷川は中村から僕へ視線を移動させた。

「入口を偵察する読みでこのあたりにメモを埋めておいて正解だったよ」

「何が目的だ」僕は問う。

「協力したい。自分は基地に混乱をもたらすことができる。そのタイミングを狙ってくれれば君らの目的は果たせるだろう」

「信じるだけの根拠が欲しいな。僕は知らないけど、あなたは一度僕らを裏切っている」

 長谷川は目を見開いた。

「そうか、あなたが村瀬友か」

「なあ長谷川、なんで裏切った?」

 中村は長谷川の背後で震えながら追求した。

 長谷川はまず開口一番に謝罪を述べた。

「すまなかった。何故と云われると、初めからそういう手筈だったからだ。俺はお目付け役だった」

「じゃあ最初から裏切り者だったのか?」

「そういうことになるだろう」

 中村が目に見えてショックを受けた表情を見せた。

 僕は拳銃に力を籠める。

「信じられるだけの根拠を示せるか?」

 僕は声に圧をつけて訊いた。

 長谷川は顔色一つ変えず、だが虚ろな瞳で僕を見つめていた。

「……そうだな」

 と長谷川は少し俯く。

「今のところない。だが、時間がないのも事実だ。あと三日もすればロケットが打ち上がる。その日に自分が基地で混乱を起こすってのでどうだろう? 『行動は言葉よりも雄弁』だとサルトルも云っていた」

 長谷川は顔色を一切変えていない。まるでどこか虚空を真っすぐと見つめているような感じ、というより、そうだ、生気が感じられないんだ。

 長谷川という男からは生きようとする気迫が感じられなかった。だから拳銃を向けられても息すら乱さず、堂々と立っている。

「僕の眼には」

 僕は語り出す。

「あなたが死にたがっているように見える」

「――――」

 中村は黙っている。恐らく、中村も同じ感想を抱いていたのだろう。

「信用できる根拠はこの際おいておこう。ただ、なぜ陽徒避難所を裏切ったのか、僕の彼女を連れ去ったのか、しっかりとした理由を聞かせて貰えないだろうか。ただ斎藤楓一味だからという訳ではない筈だ。れっきとした理由がなければ、家族と最後の終焉を迎える方が賢いからね」

 僕が鋭い目つきで彼の瞳と視線を交わすと、彼は微笑をたたえた。

「そうだな。分かった」

 長谷川は両手をあげたまま続けた。

「自分は男手一つで育ててくれた父親がいる。その父親に楽させてやるために勉強して研究所に配属されることになった。だが、斎藤楓に父を人質にされて、従わざる得なくなったんだ」

「え?」

「これは本当の話だ。作り話に聞こえるかもしれないが、実際、あの基地の中にある地下監獄には何人か収容されている。その中に俺の父親がいる」

 僕は脇を締めて警戒を強めた。長谷川は続ける。

「そうして自分は、斎藤楓の言いなりになって人を殺した。中村。そうだっただろう?」

 長谷川は背後で拳銃を握っている中村を見る。中村は「ああ」と嗄声を零した。

「んで、そう。君の彼女さんを拉致して連れてきた。彼女さんは察しが良すぎたんだ。おかげでもっと穏便に済ませる筈だった拉致が、ああいう乱暴な方法になってしまった。帰ってくると、斎藤楓は俺に父と会わせてやると言った。だから俺は喜んで会いに行ったさ。認知症が進んでボケた親父は、自分をみて真っ先にこう言った」

 長谷川の口元が一瞬、歪んだ。

「人を殺したんだってな。人殺し」

「…………」

「なあ、分かるか?」

 長谷川は右手を胸にかざす。

「親の為に人を殺したのに、その親に人殺しと貶されたんだ。そう言われた時、自分――俺の中でぷつんと何かが切れたんだ」

「因果応報だな」

 と、突然柄にもなく中村が嫌味を口にした。

 長谷川は口角をあげて「その通りかもな」と哀愁纏わせ微笑んだ。

「もう俺には生きる意味も理由もない。俺が愛していた父親に拒絶された。どうでもよくなったんだ。だから、せめて斎藤楓に一矢報いたい。あいつが、父に俺の人殺しを話さなければこうはならなかった」

 僕は拳銃を握る力を緩めない。

「斎藤楓の目的は何だ?」

「あなたなら分かっていると思っていた」

 長谷川は落胆を隠さずに云う。

「斎藤楓はあなたが嫌いだった。そうだな、総合すると、私怨四割、人類六割って感じだと思う」

 つくづくしょうもないなと思いつつ、嫉妬に狂った人のやることはいつも決まっているのだなと僕は悲しく感じた。

 僕は中村に目配せをした。長谷川は僕らのアイコンタクトに気が付いているが、特に口は出さない。僕は息を吸ってから口を開いた。

「分かった。信じきれないが、行動で示してもらう。三日後と云ったね?」

 長谷川は頷く。

「必ず混乱を起こすよ」

「じゃあ僕らはここで解散だ。当日、あなたが起こした混乱に乗じて基地に何らかのアクションを行う。本当にあなたが混乱を引き起こしたなら、僕らはあなたを信じよう。だが、その混乱すらも偽造だと分かった時、僕はお前だけは絶対に許さない」

「分かった」

 長谷川は白衣を着て基地へ戻って行った。

 僕らは来たる決戦の日に備えることにした。


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