「それ、信じられるんスか?」
西本が首を鳴らしながらスープをかき混ぜていた。
「現実問題として、信じるしか道はないだろう。ここまで来なければ分からないと楽観的に考えていたが、曲りなりにもあの施設には武装した警備がある」
と云うと浅井は、湯気の立つ御椀を口に持って行った。
「あっっつ」
「もし三日後っていうのが嘘だった時、どうするんです?」
西本は声を潜めて僕に疑問を投げかけた。渋木さんが「はい、おたべ」と差し出した御椀を受け取りながら、僕は彼の疑問を考えてみる。
三日後に打ち上げがあることを証明することは出来る。まず、ロケットの状態だ。
既に完品に近い形であの場に用意してあったことが、近々打ち上げを行う事を暗示している。それに、『三日後』が嘘ではないという証明も、公転の周期や月への最短ルートを考えれば可能である。
というのを、出来るだけ噛み砕いて説明した。
「なるほどな~!」
「でも問題は、あの長谷川が裏切らないかどうかだろう?」
渋木さんは皺を寄せて云う。
「渋木さんはどう感じます? 彼の話や裏切りについて」
一応、渋木さんも長谷川が陽徒避難所に居た時期を知っている人物だ。
「なんていうかな、とにかく、あまり道化になるのは向いていないと思うよ。虚言をいうてそれに興じられる胆力もはったりの上手さも無かった印象だ。避難所でも何度か会話をしたが、あれは演じてるというより、あくまで本心から色々と中の世話をしていたと思う」
「そこまで器用な方ではなかったんですか?」
渋木さんは頷いて、自分がついだスープを啜った。
なるほど、長谷川はそういう男だったのか。ただし印象の域を出ない。
全ては時間が解決するが、西本の言う通り三日後と偽りの日時を伝え明日にでもロケットを飛ばすつもりである可能性もある。
だが僕らだけではどうもできないのも、また事実だ。浅井の言う通り、どれだけ外部の僕らが策を講じても、全て上手く行く確証はない。なにより――、
長谷川が帰ろうとしたとき、僕は彼を呼び止めた。
「なんだ?」
「一つ、聞きたいことがある」
長谷川は身をひるがえした「何でも応えよう」
「僕の彼女はいるか?」
「ああ」
「無事か?」
「無事だよ。意識もある。だが超人計画は既に最終段階だ。ロケットを飛ばすその日、彼女には完成した薬を投与する予定だ」
そう、僕は彼女の無事を一先ず確認することが出来た。
しかし、どうもわからない。長谷川という男を信じてもいいのだろうか。
「俺は信じるぜ」
という言葉が僕の頭部に降りかかった。
首を折って見上げると、そこには中村が御椀をもって立っていた。
「おかわりかい?」渋木さんは尋ねる。
「頼む」中村は頷いた。
「信じられるという根拠はどこにあるの?」
僕はよそってもらったスープを受け取った中村を見て尋ねた。
彼はスープを見ながら、僕に目を合わせない。
「根拠はない。だが、何だか嘘をついているようには見えなかったんだよ」
「うまい嘘のつき方として、事実を織り交ぜるというのがある」
浅井が横から入る。
「例えば、父親を人質に取られているというのは事実だが、混乱を起こすというのは噓八百かもしれん」
「だとしても、俺から見たらあいつはもう死人みたいなものだった。苦しいくらい憂鬱な表情を隠すつもりがなかったんだ」
「だがな――」
「あの感情を嘘だと疑う事はできねえ。俺は昔、家族を失った時があるから分かるんだ。俺もあんな顔をしていたからな」
「…………」
「決まりだねぇ」と渋木さんが零した。
それを遠くで見ていた西本は置いてきぼりにされていることに不満げだが、中村の顔をみて考えを改めたようにため息をついた。
「三日後に決行しよう」