「ごめん」
中村は拳銃を僕らに向けながら呟いた。
その背後から、右手に血を伝わせた斎藤楓が出て来て、彼はニタリと口角を持ち上げた。
「残り弾数は一発なんだよな、中村。嘘ついたら分かっているよね?」男が悪意に満ちた声で云った後、その男の黄色い眼光は僕に向けられた「撃ちまくれ? って言ったよな」
僕は黙り込んだ。斎藤は右手で自身の顔を覆い、狂気の眼差しを指の隙間から零した。
「僕はあの水族館で村瀬がそいつと幸せになろうとしたときも、こんな高揚をした気がするよ」
「何しているんだ中村!」
浅井が声を荒げた。中村は時期に震え出し、目頭に震える液体を溢れさせる。どうやら浅井も拳銃も先程の混乱を作るために使い、撃ち果ててしまったみたいだ。
「……ごめん」中村は謝罪を重ねる。
「中村慎太郎くんには手伝ってもらうことにした」と、斎藤は喜々として云った。
その声は狂気に陥った裏返った声だった。
既に自身の成したかったことを喪失し、何かを害すことに特化してしまった復讐人。
今さらながら、僕が彼に与えた感情は、長い年月をかけて彼の人生を破壊してしまったのだ。
あの日、あんなことが無ければ、すべては、僕が賞賛され彼が蔑ろにされなければ、もっと違った結末を辿ったかもしれない。
僕と彼には遺恨がある。軋轢がある。様々な問題が重なり、そして唯一にして最後の弁解のチャンスすら棒に振った。
これは彼だけの責任ではない。僕が、彼に、親身になれたのになれなかったことも、責任がある。
「村雨りん、村雨陸」
斎藤は脈絡もなく、その二人の名前を口ずさんだ。
全身に悪寒が這い上がる。
「……なんでその名前を?」
固唾を呑んだ。信じたくない思考が、徐々に現実になり始めていた。
二人の突然の死。マンション倒壊の不自然さ。そして、この施設の地下にあるという檻に、長谷川の家族以外がいるという情報――。
それら一見、関連性のない情報が、いきなり幾重にも重なり、その言葉が影法師となって無情に浮き出る。
そして浮きあがった言葉がそのまま彼の口から発せられ、僕らの心臓を、勢いよく射抜いた。
「二人は生きているよ。今、この施設の地下で他の人たちを幽閉されていてね」
斎藤は言いながら胸ポケットに手を突っ込み、一葉の写真を取り出した。
それを中村の背後から僕らへ投げ入れ、ひらひらと舞うそれは表を上にして力なく地べたに落ちた。
視線を落とす。
そこには――痩せた村雨りんと成長した男の子が二人で写っていた。
「中村……」
浅井が絞り出すように彼の名を呼ぶ。その銃口は未だに僕を捉えている。
「ごめん、ごめん……やるしか、ねえかも、しれねえよ……ッ!」
死んだと思った最愛の二人。その生存と、命。中村の拳銃のトリガーに触れている人差し指はとめどなく震えている。
今、彼は天秤にかけているのだ。二人の最愛の命と、二人の仲間の命。
破竹の勢いで溢れだす涙、そして微かな希望と暗澹たる絶望。
中村はついには嗚咽を発し、銃口は震え始めたが、
「狙え」
「!」
悪魔はその弱さを許さなかった。
斎藤は自身の拳銃を取り出した。
「早合点するなよ。君の拳銃に入っている銃弾一発で村瀬を殺せ。僕は残った浅井を撃ち殺す」
「斎藤――ッ!」
浅井が感情をむき出して叫び、その咆哮が室内に残酷に響き渡った。
「さあ、撃て! 撃て! 撃てッ!」
斎藤は目を剥き出しにさせて声を張り上げる。銃口は僕に向けられている。
そうして、トリガーは引かれた。
そこで、記憶は途切れている。