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8章

幕間2

 全ての始まりが宇宙なら、全ての終わりも宇宙なのかもしれない



 私は全てを思い出した。

 月の表面で唖然とし、カメラを投げ飛ばしてしまった事に気が付くまでに時間がかかった。

 でもカメラに手を伸ばす事は出来なかった。気持ちがとても荒んでいる。感情が溢れて、涙がじきに溢れ出た。体は震えお腹の下が冷え切った感覚があった。

 みんな死んだ。

 みんな、私を助けようと死んだのだ。

 中村慎太郎も、村雨りんも、村雨陸くんも、先輩も、佐々木くんも、南ちゃんも、長谷川さんも死んだ。地球が割れて、人類は滅んだ。私は超人となり、斎藤楓の悪略通りこの場所にいる。叫んだ。叫ぶしかなかった。村瀬友。村瀬友。友くん。友くん。友くん。

 友くんは私に会おうとしていた。私を救おうとしていた。でもそうはならなかった。そうしようとしたから、死んだ。

 私は頭を抱えて身を寄せた。月の表面のクレーターの中で、何もかもを拒絶するような姿勢になった。呼吸はなかった。私は、そう、この月に来てから一度も呼吸をしていなかった。再認識した。私は人間ではない。超人になってしまったんだ。

 あの愛した景色も、仲間だった友達も、知っていた地面の感触も、清い空気のぬくもりも、全ては灰燼に帰した。

 地球はバラバラだった。人類は滅んだ。

 まるで心臓にガラスの破片が刺さったようだ。命が焼かれ、切れ、激しい力任せの慟哭が月に響き渡った。打ちのめされたのだ。私は自分が人ではなくなった事実と、この世で最も大事だった人の死を知った。村瀬友は、あの場で中村くんの銃に撃たれたのだ。

 ああ、もう。


 大きな虚無が舞い降りた。地面は酷く冷たかった。

 愛を失った心が一つ、機械人形がうちはなたれていた。

 人ではないその心は、孤独にみちみち、そして腐れただれてどろどろに溶け合った。

 時間は経過してしまった。地球は滅び、誰も生き残らなかった。

 これがこの物語の終点。誰も笑わない、笑えない、バッドエンド。

 世界という劇に幕が下りていく。希望という文字が瓦解していく。

 彼女は、そこで何年も、何十年も、何千年も生き残る。ホモサピエンスの成れの果て。機械人形の心が壊れるまで。悲しみが溢れて消えるまで。

 十九年。彼女はクレーターから動かなかった。



 ――でもその日、彼女はぬくりと起き上がり、月を踏みしめて歩き始める。

 『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』

 ふと彼の言葉を思い出し、ポール・ゴーギャンの作品名を脳内で唱えた。

 そして彼女は、自分が投げ捨てたカメラを探し出した。

 電源をつけた時、最初読めなかった英文の意味がするすると頭に入って来た。

 それは、彼が最後に私へ残した言葉だと、ようやく理解した。



「If properly utilized, life is long enough.(もし適切に活用されるなら、人生は十分に長い)」



 私は瞳に光が宿った感覚があった。

「ねえ、どうして時間というのはこんなにも足りないのかしら。私が一日一日を精一杯、やりたいことを詰め込んでやろうと意気込んでも、一日が短すぎてすぐ一日が終わってしまうの」

 そうやって一度だけ、私は彼に漏らしたことがあった。だからこそ、彼はセネカの言葉を私に贈ろうと決心したのだろう。

 私は固唾をのんだ。そして、――最後の写真を開いた。

 意識は一枚の画像データに滑り込み、情景が瞼の裏で具現化する。

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