「もしこの報告書にあることが事実なら、君は月で僕らを見ていることになるね」
村瀬友はカメラのシャッターを切った後に、カメラに向かってそう云った。
彼はふっと笑う。
「まさか君のスタンプが兎ばかりだったのは、こういう伏線だったって訳?」
その場所はあのラボの一角だ。ガラスの壁が仕切りとして機能し、奥で警報が鳴っている。その中心に童顔の青年が、私の事を見ている。
「ずっと君は僕の事をみていた。違うかな?」彼は間を置いてから辻褄を合わせたように顔色を変えた「君は恐らく記憶を取り戻すためにカメラを使って、この二千三枚の写真データを見返していた。僕が度々感じていた視線も、全ては君から発せられていたんだ」
続ける。
「証拠もない。根拠も、このたった一枚の報告書だけだ。でも驚くほど腑に落ちているし、僕は全くといって驚いていない。僕が常に、君と会っていないのに冷静だったのは、ひとえに君の覚えのある視線があったからだ」
続ける。
「状況を整理するよ。まず――超人というのは時空を遡り読み解く力がある。何か特定の時間を生きた物体があれば、君はその力と物体を使って過去に戻れる可能性があるということだ」
続ける。
「二つ、君は既に僕らの事を写真で見ている。それは、僕が前々から云っていた『誰かから見られている感覚』が君自身であったということだ。そして、もしその仮説が正しいのなら、つまり逆を返せば――僕らがこの写真を撮ってる時点で、君が月へ打ち上げられるという未来が変わっていないということとなる。だから斎藤楓は長谷川に拉致させるとき、君のカメラを持ってこないようにとわざわざ指示したのだろう」
続ける。
「僕らでは……君を救えないんだろう。何をしても、どうあがいても、君を月へ飛ばすことを阻止できない。でも、これからなら――月にいる超人である君になら、もしかすると出来るかもしれない」
続ける。
「人類を救う事が」
……続ける。
「いいかい。僕の話をよく聞いてほしい。過去に伝えるんだ。僕らが成し遂げようとした方舟計画を続けさせ、人々を、救うんだ」