「君にこんな使命を科す予定は、なかった。謝りたい。だとしても、必ず約束するよ。僕はどんなことがあろうとも君が愛した風景と人情を忘れないし、救う手立てがあるならそれを行使する。そしていつか必ず君に告白し直して、抱き合うんだ」
彼は続ける。
「僕は君のようにリリカルな事を相手に綴ることはできない。僕は詩人ではないし、君のような写真家にはなれない。でも僕は君に会いに行く。僕の心にある根幹を再確認する為に。心の底から本当の自分になって、誰かに優しくあれることを望むから」
彼は息を大きく吸って、続ける。
「さようならは言わない。また会おう。そして今度こそ、何処へでも向かいに行って見せるから」
*
全ての始まりが宇宙なら、全ての終わりも宇宙なのかもしれない
そして、全ての終わりが宇宙なら、全ての始まりもまた宇宙なのかも
私はカメラを起動して、602/2003を探す。するとそのデータは破損していた。
これは私が意識を飛ばし過去を変えたことにより時空の乱れが生じた影響、と勝手に考えている。
きっと時空を超えた先で新たな地球が生まれて、そこでは方舟計画が上手く行き、何千人と人間が宇宙に避難できたのだろう。地球が小惑星によって滅びても、少人数、人類は生存できるはず。私は超人となって勤めを果たした。今はご覧の通り、孤独の旅を再開している。月を歩いて適度に天を見上げ、満点の星空を堪能し、また歩み出す。
最後に彼に会う事が出来た。
伝えた言葉が、告白するなというのは少し悲しかったけど、きっと、私と彼なら、いつかどっちかが告白をして結ばれるだろう。じれったいなぁ、今思うと。でもその臆病さが、私達を引き合わせた。悲しみが私達を引き合わせた。一緒になれなくても、想う心があるのだから、いいんだ。報われないことは今までも、沢山あったはずだ。
私は寝転がった。
長い白髪が宙に浮かび、細い指が機敏に動いた。
ここは静寂でまとめあげられている。
地球よりも静かで、そして、最高のフォトスポットだと、思った。
私はゆっくりと瞼を閉じた。
そして次に目を醒ました時は、またカメラを見返そうと考えた。
写真家として、私はあの半生を終えることになった。
地球の終焉によって唐突に絶たれた未来のことを夢に見てみる。私は様々な風景、人々を写真に収めた。これが私の天賦の才だったのかもしれない。ただし、これは誰にでも出来る作業だと私は思う。何かを切り抜き、そして大事に保管する。それはセンスがなくとも可能であると考えている。何でもいい。人を惹く作品ではなく、ただの日常の断片を収めておくことに意味がある。全てが時に流され呑み込まれ、私達の身長が伸びて森で新生した鳥の鳴き声が聞こえた時、不意に見返すことで、記憶は輪廻する。思い出は繰り返される。どうか、残した記録を消さないで欲しい。
もしかしたら別れた恋人の写真を、忘れるために消してしまうことがあるかもしれない。
もしかしたらデータ容量を確保するためだけに、撮り貯めた写真を整理することがあるかもしれない。
でも思い出すという行為は、過去を見つめるという機会は、前を向く原動力になる。
全てが過去になるとしても、未来がいつかやってくるとしても、一葉の写真に記録をすれば、いつか必ずそれは誰かの目に映り、そして比類なき意味をもたらすだろう。それが友情なのか、努力なのか、愛なのか、成長なのか、時間なのか、決断なのか、景色なのかは人それぞれ。
一度でいい。写真を撮ってみて欲しい。
あなたが切り取りたいと感じたものを、パシャリと、撮影してみるといい。
その光の行く先を記録してみるといい。
願わくは、私が干渉できない別の世界で、このささやかな贈り物を届けたい。鐘は鳴り扉は閉じる。少女が一人秋風にさらわれて、高所から身を投げる。さかさまの雪景色を見つけた。さかさまの桜を見つけた。時代は進み、夏になり、そして一枚の写真が光る。
どうか記憶が、途絶えませんように。