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第8話 私はこういう悪い女なんだ、だから諦めてくれ

 飲み物を受け取った俺達は空いていた席に座ったわけだが何故か入奈は俺にピッタリと密着してきている。


「…こんなに密着する必要ありますか?」


「店内が混んでるから周りに対する配慮だ」


「それはそうかもしれませんけど流石に距離が近すぎません?」


 カップルならまだしも付き合っていない男女がこんな距離感で座るのは普通あり得ない。体同士は完全に密着しており顔と顔の距離も近いため何かの拍子にくっついてしまいそうだ。


「もしかして有翔は嫌か……?」


「別に嫌ではないですけど」


 不安そうな表情を浮かべた入奈からそんな風に聞かれて嫌と答えられるはずがない。それに嫌ではないというのは俺の本心でもある訳だし。

 入奈とは出来る限り関わらないようにしようとは思っている俺だが、正直彼女の事はいまだに忘れられない。最初で最後の彼女であり全ての初体験を捧げた相手を簡単に忘れられるはずがないのは当然だろう。


「そうか、ならこのままでも別に問題はないな」


「いやいや、知り合いに見られたらどうするんですか」


 俺の言葉を聞いてすっかりと上機嫌になった入奈に対して俺はそうツッコミを入れた。実際にさっきも佐渡さんとエンカウントした訳だし、このモール内に知り合いがいて今の様子を見られても全く不思議ではない。


「大丈夫だ、私には見られて困るような知り合いなんていないから」


「……俺が困るって発想にはならないんですね」


「私はこういう悪い女なんだ、だから諦めてくれ」


 そう口にした入奈は笑顔だった。今日は色々様子がおかしかったため心配だったがやはり入奈は笑っている顔が一番だ。

 その後飲み物を飲み終えた俺達はショッピングモールを出て駅に向かい始める。結構長い時間滞在していたらしく外は完全に夕方だ。


「今日は付き合ってくれてありがとう」


「どういたしまして、氷室先輩の従兄弟も喜んでくれるといいですね」


「有翔がアドバイスをくれたんだから大丈夫なはずだ」


 そんな話をしているうちに駅へと到着した。駅の中は部活終わりの学生や会社終わりのサラリーマンで溢れ返っている。

 こんな早い時間に帰れるようなホワイト企業に勤めている奴がとにかく羨ましくて仕方がない。ブラック企業に入ったせいで外がまだ明るい時間帯に帰れた試しがなかった俺は、現在サラリーマンではないにも関わらずそんな事を考えていた。

 今世では絶対にあんなクソみたいなブラック企業には入りたくない。とりあえず良い大学に入ってそこで面接の時にアピールできるガクチカを作り、今度こそ就活を大成功で終わらせるつもりだ。


「あっ、今日は家まで送って行きますよ」


「良いのか?」


「はい、これから暗くなるので一人は危ないと思いますし」


 ちなみに付き合ってから同棲する前の間もデートの後は毎回家まで送っていた。今はカップルではないが別れた後で入奈に何かあっては後味が悪過ぎるのでそのくらいはするつもりだ。


「ではお言葉に甘えさせて貰う事にしようか」


「家はどの辺りですか?」


「この辺りだな」


 そう言って入奈はスマホの地図アプリを見せてくる。ぶっちゃけ入奈の実家の場所は聞かなくても知ってはいたがそれだと不自然なのでその辺りの整合性を合わせるためにに聞いておいた。

 それから俺達の街に戻ってきた俺と入奈は目的地を目指して歩き始める。入奈とこうして夜道を歩くのは勿論初めてではないがお互いに制服姿という事もあってちょっと新鮮だった。

 俺と入奈が大学生ではなく高校生に知り合って付き合っていればもしかするとあんな辛い別れ方をせずに済んだ可能性があったりはしないだろうか?

 いや、入奈の口から”あなたを好きにならなければ良かった”という言葉が出た事を考えると遅かれ早かれだった気がする。

 だからもし仮に入奈とまた付き合ったとしても同じ結末を迎えるような気しかしない。それならばやはり別々の道を行った方がお互い不幸にならずに済むと思う。


「さっきから難しい顔をしているがどうしたのだ?」


「ちょっと今後の人生設計について考えてまして」


「まだ高校一年生の四月だというのにもうそんな事を考えてるのか」


「この前のホームルームの時に担任が今後の人生についてはしっかり考えろと言ってたので」


「確かに自分の頭でしっかり考える必要はあるよな」


 俺の誤魔化しの言葉に対して入奈は特に気にした様子もなく話にのってくれた。とりあえず二度目の高校生活もまだ始まったばかりだし入奈との関係をどうするかはゆっくり考えよう。

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