制限時間が来るまでカラオケを楽しんだ後、隣接していたゲームセンターでしばらく遊び今回の会は解散となった。俺は入奈と一緒に帰り始めている。
「意外と楽しかったな」
「氷室先輩が乱入してきた時はどうなるかと思いましたけどね」
「すまん、だがどうしても有翔が心配だったのだ」
もしこれがふざけて言っているのであれば文句を言ってやりたい気分だったが、入奈の表情は至って真面目だったので何も言えそうにない。今世の入奈はとにかく心配症なようだ。
「それよりさっきまでは入奈と呼んでいたのだからわざわざ氷室先輩に戻さなくても良くないか?」
「あれは同い年の友達って設定だったからですよ」
「なら今の私と有翔は友達ですら無いのか……?」
入奈は悲し気な表情を浮かべてそう問いかけてきた。一応先輩だが俺達の仲自体は悪く無いため歳上の友達にカテゴライズできるかもしれない。
「いや、友達とは思ってますよ」
「では、やはり私の事は入奈で良くないか? 氷室先輩だとあまりにも他人行儀過ぎる気がするし」
「……それは確かにそうですけど」
正論だったため何も言い返せなかった。どうやら俺は入奈に上手く乗せられて墓穴を掘ってしまったらしい。
「じゃあこれからは入奈先輩とお呼びします、これで我慢してください」
「ひとまず今はそれで勘弁してやるよ」
入奈は満足そうな表情を浮かべていた。一体どこからどこまでが入奈の狙いだったんだろうな。前世で付き合っていた時にも似たような手口に引っ掛けられた事があったし俺はその頃と全然変わっていないようだ。
「ちなみに明日は何か予定は入っているか? もしあるならどこで誰と何をするのか教えて欲しいのだが」
「突然束縛が激しいメンヘラ彼女みたいな質問をしてこないでくださいよ」
「そう言われとなんか照れるな」
俺の言葉を聞いた入奈は何故か嬉しそうな表情でそう口にした。今のやり取りの中に照れる要素なんて一ミリも無かった気がするが突っ込む気にすらなれなかったため何も言わない。
「明日はとりあえず一日中家でゆっくりするつもりです」
「それなら明日は私と一緒に遊ばないか?」
「えー、明日はダラダラしたいんですけど」
「せっかくの青春時代なんだからしっかり遊ばないと損だぞ」
そんな入奈の何気ない言葉が意外と心に響いた。今世ではもう絶対あんなクソみたいなブラック企業に入る気は無いが、確かにこんなふうに遊べるのは今のうちだけな気がする。
ブラック企業以外でもアポなどで休日出勤をする可能性は普通にあるため、ゴールデンウィーク期間中に連続で休める保証は残念ながら無い。
それに前世では三十歳が近付くにつれて体型が変化して体力もだんだん落ちていっていた訳だし、今と同じように遊ぶのは恐らく難しい気がする。そう考えると猛烈に遊ばないのは損な気がしてきた。
「分かりました、友達が全然いない入奈先輩が可哀想になってきたので今回は特別に付き合ってあげますよ」
「私は友達がいないんじゃない、あえて作っていないだけだ」
「それってぼっちになる奴の常套句ですからね」
前世でも入奈は友達を作ると人間強度が下がるみたいなどこぞの物語に出てくる主人公のようなセリフを平然と口にしていたし今世でもぼっち体質は継続中らしい。
「それで明日は何をして遊ぶんですか?」
「それは今考え中だからまたLIMEで送る、だからまずは友達登録をさせてくれ」
「そう言えばまだ友達登録してなかったですよね」
完全に忘れかけていたが今世の入奈とはまだLIMEの友達にすらなっていなかった。前世で入奈と友達登録をしたのは確か授業のペアワークの時だったはずなので今世で登録されていないのは当然だ。
そんな事を思いながら俺はQRコードを表示させ、入奈のスマホに読み込ませる。するとすぐにIrinaというアカウントが友達登録された。
「これが私のアカウントだからちゃんと返事を返してくれよ」
「心配しなくても俺は既読スルーなんてしないので、もしかしたら未読スルーはするかもですけど」
「そっちの方が問題だろ。まあ、有翔が無視したらその時は延々と通話をかけるから覚悟しておいてくれ」
入奈の場合は本当にやりそうなので無視するのはまずい気しかしない。とりあえず何だかんだでゴールデンウィーク二日目の予定も決定した。