窓口で入場券を買った俺達は早速中に入る。入り口前と同じく中も大勢の人々で溢れかえっていた。
「イルカショーの時間が来るまでは普通に見て回るか」
「そうですね、開始時間はまだかなり先なのでゆっくり回れると思います」
そう言えば初めてのデートの時も一緒にイルカショーを見たっけ。あの時はショーの存在をそもそも知らず館内アナウンスを聞いて慌てて会場に二人で走った記憶がある。
「やはり色々な種類の魚がいるな」
「ですね、見てて飽きないです」
「一体何種類くらいいるんだろうな」
「確か館内の水槽全体では四百種類くらいだった気がしますよ」
「そんなにたくさんいるのか」
「一応この辺りだとアクアランドは最大規模の水族館ですからね」
俺と入奈はそんな話をしながらゆっくりと館内を進む。サメやエイ、クラゲなど様々な種類の海の生物が入った水槽が俺達の目の前にあるため見ているだけで楽しい。
ちなみにアクアランドは規模が大きい割に順路は特に決まっていないためどの順番で中を見て回るかは自由だ。そのため前世で入奈とデートした時はどう回るかで頭を悩ませた事は未だによく覚えている。
今回に関しては昨日事前にルートをしっかりと考えておいたので特に問題はない。デートする時は事前準備が重要という事は前世でしっかりと学んだ。もっとも今回に関してはデートでは無いが。
「なるほど、この青い魚はナンヨウハギという名前だったのか」
「何かで見た事はあっても名前までは知らなかったりしますよね」
ナンヨウハギは昔見た何かのアニメ映画にも出ていたな。そんな事を思い出しながら俺と入奈は引き続き館内を見て周り、しばらくして屋外のエリアへとやって来た。
「おっ、ペンギンがいるぞ」
「たくさんいますね」
「気持ち良さそうに泳いでいるな」
目の前にある広い水槽の中ではペンギン達が自由に泳ぎ回っている。そしてそんな様子を見て子供達は楽しそうにはしゃいでいた。
ここはこの水族館の中で一番人気の映えスポットとなっているため周囲にいる家族連れやカップルは水槽を前に写真を撮っている様子だ。目の前に広がる光景は平和そのものであり見ているだけで和む。
前世では入奈と別れてからの休日は基本的にブラック企業労働で酷使された体を癒すために寝てばかりだったのでこういう過ごし方はまずしなかった。やはり昨日入奈が言っていた通り青春時代にしっかり遊ばないと損だろう。
「そうだ、せっかくだから私達もペンギンの水槽をバックにして記念写真を撮らないか?」
「……えっ?」
入奈の口から全く予想もしていなかった言葉が飛び出したため俺は思わずそう声を漏らした。すると入奈はあからさまに悲しそうな表情を浮かべる。
「もしかして嫌だったか……?」
「いえ、別に嫌ではないですよ。入奈先輩がそんな事を言うとは思ってなかったのでちょっとびっくりはしましたけど」
「なら、問題はないな。じゃあ早速撮ろうか」
俺の言葉を聞いて入奈は安心したような顔になった。もし本当に嫌だったとしてもあんな表情を見せられたらとても嫌とは言えない。
「……くっつき過ぎな気がするのは俺だけですか?」
「すまない、私はこういうふうに写真を撮るのには慣れてないんだ。少しの間だけでいいから我慢してくれ」
「まあ、俺は入奈先輩がそれで大丈夫なら全然構いませんけど」
入奈は完全に俺に密着しており明らかに普通の先輩後輩や友達同士の距離感では無かった。ただ入奈の場合は前世でもスマホのインカメで写真を撮るのはめちゃくちゃ苦手だったためこうなってしまうのは一応理解出来る。
それより女子特有の良い匂いで俺をドキドキさせてくるのは色々な意味で体に悪いので勘弁して欲しい。結局ツーショット写真を一枚撮るだけでかなり長い時間がかかってしまった。