ペンギンの水槽前で写真を撮ってしばらく屋外エリアを見て回った後、俺達は再び屋内へと戻ってきていた。屋内エリアもかなり広いためまだ全ては見れてない状況だ。
「おっ、こっちにいるのはドクターフィッシュか」
「皆んな水の中に手を突っ込んでますね」
周りにいた子供から大人まで男女関係なく皆んな水槽の中に手を入れていた。ドクターフィッシュは皆んなから大人気らしい。ぶっちゃけ小さい子供達に関しては訳も分からず周りと同じように手を浸けているだけの気もするが。
「せっかくだし私もドクターフィッシュを試してみるか」
「袖が濡れないように注意してくださいよ」
「ああ、分かってるって」
入奈は水槽の中に右手をゆっくりと浸ける。すると近くにいたドクターフィッシュ達が一斉に入奈の右手目掛けて集まってきた。
「事前に知ってはいたが痛みは全く無いな、むしろくすぐったいくらいだ」
「痛かったら好き好んで皆んな手を突っ込まないでしょ」
ドクターフィッシュは水中に人間が手や足などを入れるとその表面の古い角質を食べるために集まって来る有り難い魚だ。
そんなドクターフィッシュの行為に痛みが伴うならいくら美容効果があったとしてもやりたいと思う人は少ないに違いない。むしろ拷問などの用途で活用されそうだ。
「有翔はやらないのか?」
「ええ、俺は特に美容効果とかには興味はないので」
「やはり男子はそんなに美容なんて意識しないか」
俺の言葉を聞いた入奈はそう反応を返してきた。実際に男子の多くは美容なんて特に気にしていないと思う。髪型やムダ毛の処理など清潔感に直結しそうな部分に関しては気を遣っているがせいぜいそのくらいだ。
「そういう入奈先輩はめちゃくちゃ美容に力を入れてますよね」
「おっ、もしかして分かるのか?」
「ええ、肌とか髪を見てたら他の女子よりも努力してるんだなって事はめちゃくちゃよく分かります」
「そうか、そう言われると嬉しいな」
入奈が美人なのは生まれつきの顔のパーツだけでなく本人の頑張りも非常に大きい。どちらかが欠けていては美人とは言えないだろう。
「それにしても有翔がその辺りに気付くのは正直意外だったぞ」
「まあ、俺も今までの経験値が無かったら流石に分からなかったとは思いますけどね」
ちなみに俺が美容について分かるようになったのは入奈と付き合い始めてからだ。それまではよく分からなかったため多分前世の今頃の俺は入奈を見ても美容関係の努力については気付かなかったに違いない。
「……今までの経験値というのはもしかして女子と関わって身に付けたものか?」
「え、ええそうですけど」
突然様子のおかしくなった入奈の迫力に圧倒されつつ俺はそう答えた。すると入奈は一人で何かをぶつぶつと呟き始める。
「私の有翔をたぶらかした女は一体どこの泥棒猫なんだ? 脅威は早いうちに排除しておかないと取り返しが付かなくなる」
声が小さ過ぎて内容に関しては全くと言って良いほど聞き取れなかったがかろうじて俺の名前だけは聞き取れた。入奈は完全に自分の世界に入ってしまったらしい。
入奈はこうやって自分の世界に入ってしまう事が多々あるが、一体何故前世では見られなかった行動を取っているのだろう。もしかしてこれがタイムパラドックスという奴だろうか?
「すまない、つい取り乱してしまった。もう大丈夫だ」
そう口にした入奈はいつも通りのテンションに戻っていた。ひとまず一度自分の世界に入った事によって落ち着きを取り戻したようだ。
ただしさっきの事についてはとても聞けそうな雰囲気ではなかった。それにもし聞いてとしても多分はぐらかされるに違いない。ひとまず俺達は何事も無かったかのように館内の散策を再開した。