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第20話 そんな事ないですって、入奈先輩以外の人だったらそもそもやってませんから

 引き続き二人で館内を見て回り、全てのエリアを見終わったタイミングで俺と入奈はフードコートにやって来た。昼食にはまだ早い時間だが館内の混雑具合を考えると昼時はかなり混む可能性が高いためあえて早めに来たという訳だ。


「うーん、何を注文するか迷うな」


「確かに選択肢は多いですもんね」


「そうなんだよ、どれも美味しそうに見えるから困る」


 そう言えば入奈は前世で付き合っていた時もこうだったな。割とすぐに決める俺に対して入奈は結構悩むタイプなのでこういう場面では中々決められないのだ。

 悩んだ末に入奈はカルボナーラを注文する事に決めたらしい。俺はというと目に入ってきたオムライスの写真に一目惚れをしたためそれを選んだ。

 その後それぞれ注文した料理を食べ始める俺達だったが入奈の視線がチラチラとオムライスに向けられている事に気付く。多分美味しそうだから気になっているに違いない。

 前世でも入奈にはこういう感じで俺の食べている料理を物欲しそうにチラチラ見てくる事があった。だから俺はオムライスの乗ったスプーンを入奈の前に差し出す。


「そんなに見られたら流石に気になるので一口あげますよ」


「えっ!?」


 俺の言葉を聞いた入奈はめちゃくちゃ驚いたような表情でそう声をあげた。一体何をそんなに驚いているのか理解出来なかった俺だがすぐに自分がやらかしてしまった事に気付く。

 完全に前世と同じノリで入奈に一口お裾分けをしようとした俺だったが、今の俺達はカップルではなく先輩後輩や友達という関係でしかない。

 付き合ってもいない女子に対してこういう行動を取る事は普通あり得ないはずだ。しかし一度差し出してしまったスプーンを今更になって引っ込めるのも最適解とは思えない。どうするべきか悩んでいると入奈は俺が差し出していたオムライスをパクっと食べた。


「有翔がせっかく一口くれると言ったから有り難く貰う事にした、それにしてもまさか有翔があんな大胆な行動を取るとは思わなかったから驚いたぞ」


「俺自身もかなり驚いています」


「……まさかとは思うけど誰彼構わずあんな事をやってたりはしないだろうな?」


「そんな事ないですって、入奈先輩以外の人だったらそもそもやってませんから」


 問い詰められて気が動転してしまった俺はつい本音を漏らしてしまう。すると入奈がさっきまで俺に向けていた刺すような視線が一瞬にして消え失せた。


「そ、そうか。私だからやったのか」


 入奈はかなり動揺しているようで顔は真っ赤に染まっている。しばらく入奈との間に沈黙が続いたため凄まじく気まずかった。

 それから俺達はイルカショーの会場へと向かい始める。ようやく気まずさはなくなってきたがお互いさっきの事については一切触れていない。


「時間には余裕を持って会場に来たはずなのにもうかなり混んでいるんだが」


「皆んなそれだけ楽しみって事ですよ」


「まあ、イルカショーなんて普段中々見られないし当然か」


 始まるまでまだ少し時間があるというのに観客席は既にほとんど埋まっていた。言うまでもなくよく見えそうな席に空きは存在していない。


「それにしてもイルカショーを見るのなんていつぶりだろうな」


「俺も最後に見たのは学生時代ですし」


「何を言ってるんだ、有翔は今も学生だろ」


 入奈からツッコミを入れられてまた失言をしてしまった事に気付く。気を抜くとついついやらかしてしまうためマジで注意が必要だ。


「ああ、今のは中学生の時って意味です。ちょっとだけ言葉足らずでしたね」


「なるほど、有翔の中で高校生は学生に分類されていないのかと思ったぞ」


 特に入奈はそれ以上追求してこなかったので上手く誤魔化せたようだ。まあ、流石に俺の中身がアラサーのサラリーマンとは思ってすらいないだろう。

 そんなやり取りをしながら待っているうちにお待ちかねのイルカショーがスタートした。始まると同時にイルカ達は勢いよく水面から飛び出し、空中にぶら下がったボールを弾く。

 続いて飼育員が差し出した輪っかをジャンプでくぐり抜け、さらに水面に投げ込まれたフラフープを器用にクチバシで回す。


「いつ見ても水族館のイルカはめちゃくちゃ器用だな」


「ですね、飼育員の人とも息がぴったりでよく訓練されてるって感じがします」


「ああ、イルカと飼育員の間で信頼関係が構築されていないとこんなふうに上手くはいかないはずだ」


 そんな話をして盛り上がりながら二人でイルカショーを見続ける。人を乗せたまま泳いだり飛び跳ねて空中で回転したりと、イルカ達のパフォーマンスは最後まで会場を沸かせ続けた。イルカショーの会場を出て売店でお土産を買った俺達は水族館を後にして帰り始める。


「楽しかったな」


「ええ、水族館は何歳になっても楽しいって事がよく分かりました」


「家でダラダラするよりも楽しかっただろ?」


「そうですね、入奈先輩が言ってた青春時代なんだからしっかり遊ばないと損って言葉の意味がよく分かりました」


「それは良かった、ってわけで今後も休日たまに付き合って貰うからよろしくな」


 どうやらまた休日に入奈に何かしらの形で付き合わされるらしい。だが嫌な気持ちなどは全くなくむしろ楽しみな俺がいた。

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