黒瀬さんと少し話した俺は再び自分の勉強に戻っていた。少し仲良くなりはしたがいきなり一緒に勉強をしたりはしていない。
入奈ほどコミュ障では無いが割と大人しめな黒瀬さんのようなタイプはいきなり距離を詰めるような方法だと嫌われてしまう可能性がある。
だからコツコツと距離を縮めていくのがベストな選択肢と言えるだろう。どうせ同じ学校に通っているのだから何かしらのタイミングで顔を合わせる機会はあるはずだ。
そんな事を考えていると机の端っこに置いていたマナーモードにしていたスマホが突然振動し始める。どうやら誰かからの着信のようだ。画面を見るとIrinaと表示されていたため俺は一旦外に出てから電話に出る。
「もしもし、入奈先輩ですか?」
「ああ、私だ。突然電話をかけてしまってすまない」
「別に良いですけど一体どうしたんですか?」
「上手く言葉には言い表わせないんだが妙な胸騒ぎがしてな、まさかとは思うが事故とかには遭ってないか?」
「事故に巻き込まれてたらこんなにのんびり話なんてできませんから」
俺はほんの少し呆れつつもそう答えた。入奈はそんなよく分からない理由で電話をかけてくるような不思議系キャラじゃないだろ。
「ちなみに今はどこにいて誰と一緒に何をしてるんだ?」
「相変わらずメンヘラっぽい事を聞いてきますね、今は駅前の市立図書館に来て一人で勉強している最中ですよ」
「そうか、それなら別に良いんだが」
「そういう入奈先輩は何をしてるんですか?」
「私はさっきまで病院にいて今は帰っている最中だ」
てっきり家で勉強をしているという返答が返ってくると思っていたためその答えは完全に予想外だった。俺が黙り込んでいると入奈は慌てたような口調で喋り始める。
「ああ、心配しなくても別に何か深刻な病気があるってわけじゃないぞ。遺伝的に血液の病気になりやすいらしいから定期的に検査をしてるだけだ」
「なるほど、そういう事だったんですね」
前世の入奈からはそんな話を聞いた事すら無かったがもしかして俺に余計な心配をさせないようにするためにあえて話していなかったりするのだろうか。
「そうそう、ちょうど駅の近くにいるんだが一緒にお昼でもどうだ?」
「あっ、もうこんな時間になってたのか。分かりました、せっかくなので一緒に食べましょう」
入奈の言葉を聞いていつの間にか昼過ぎになっている事にようやく気付いた。昔から集中すると周りが見えなくなるタイプだったわけだがそれは今でも健在なようだ。
「よし、じゃあ駅の北口入り口前辺りで集合にしよう」
「分かりました、多分五分くらいで着きます」
「私もそのくらいで着くからよろしく、じゃあまた後で」
そう言い終わった入奈は通話を終了させた。ひとまず俺は図書館の中に戻り机の上に広げていた勉強道具一式を片付ける。そして荷物を持って図書館から出て行く。
その際に黒瀬さんがいないかチラッと館内を見渡してみたが姿はどこにも見えなかった。もしかすると帰ったか、もしくはお昼を食べに行くために一旦外に出たのかもしれない。
それから少し歩いて駅の北口入り口前に到着した。北口には広場があり中心には時計台があるため待ち合わせのスポットとしてよく使われる。
駅の再開発後もシンボルの時計台は撤去されずそのままだったためやはり残して欲しいという声が多く上がったに違いない。そんな事を考えていると入奈も到着したようで声をかけてくる。
「待たせたか?」
「俺もちょうど今着いたばかりなので安心してください」
「それなら良かった」
「それで今日は何を食べます?」
「誘ったまでは良いがぶっちゃけ具体的に何を食べるかまでは決めてなかったんだよな」
「それやらとりあえず飲食店街に行ってから考えましょうか」
入奈もそれで特に問題なさそうだったので地下にある飲食店街に移動してそこでメニューを見てから何を食べるか決める事にした。