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第33話 目の前で困り始めたドジっ子を助けてあげただけです

 地下の飲食店街に来た俺達はしばらく悩んだ後、今日のお昼は回転寿司で決定した。土曜日という事で店内はかなり混雑しておりしばらく待つ必要がありそうだ。


「そう言えばさっから気になってたんだが髪型がほんのちょっと乱れてないか?」


「あっ、本当ですね」


「やはりそうか」


 スマホの画面の反射で髪型を確認するとワックスで立てていた部分の一部が潰れていた。俺が手で直し始めていると入奈はそのまま話しかけてくる。


「いつもはキッチリとセットしてるのに今日は珍しいな」


「さっき図書館にいた時に机の下に潜ったので多分そのタイミングで崩れたんだと思います」


 黒瀬さんが筆記用具などを床にぶちまけた時に机の下にまで転がっていったため俺はそれを拾ってあげた。ワックスで整えただけでスプレーなどでガッツリと強力に固定しない場合、何かの拍子に髪型が崩れてしまう事は割とよくある。


「もしかして有翔は何かおっちょこちょいな事でもしたのか?」


「いやいや、そんなドジはしませんよ」


「じゃあ何が原因なんだ?」


「目の前で困り始めたドジっ子を助けてあげただけです」


 実際に黒瀬さんは前世で一緒にクラス委員長をしている時も中々危なっかしかった。何もないところで躓いたり手に持っていたプリントが風で飛んだりと絵に描いたようなドジっ子だったと言える。

 黒瀬さんの姿を見て庇護欲をかきたてられた男子はきっと俺だけではないはずだ。どちらかというと地味寄りな外見だが影では結構人気があったわけだし。


「……ふーん、ちなみにそれは一体どこの誰なんだ?」


 さっきまで俺を楽しそうに揶揄っていた入奈だったが一転してめちゃくちゃ警戒したような表情でそう言葉を投げかけてきた。


「同じ学校の同級生です」


「さっきは一人で勉強をしてるって言ってなかったか?」


「さっき顔見知りになった相手なのでまだ一緒に勉強するほど親しくはないんですよ」


「と言う事は有翔は初対面の相手を口説いたのか?」


「いやいや、口説いてないですって。そもそも女子とは一言も言ってませんよ」


「いや、間違いなく女子だ。男子に対してドジっ子なんて言葉は普通使わない」


 入奈からそう言い当てられた俺は思わず黙り込む。すると入奈はいつものようにぶつぶつとつぶやきながら自分の世界に入る。


「前の有翔よりも明らかに女の影が多い、一体どうなってるんだ……もういっそGPSでも仕込んで徹底的に監視でもするか?」


 相変わらずめちゃくちゃ早口な上にかなり小声なため何を言っているのか聞き取れないがその表情的に物騒な内容には違いない。

 前世よりも入奈の地雷ゾーンが広がっているため何がきっかけで爆発するか分からないから困る。そんな事を考えていたタイミングで席に案内されたためひとまず入奈の自分の世界モードは終了した。


「何を食べるか迷うな」


「せっかくですし色々食べましょう」


 不機嫌になった入奈は美味しいものを食べさせれば大体は機嫌が良くなってくれるためしっかり食べてもらうつもりだ。

 勿論俺もしっかり食べようと思っている。成長が完全に終わったアラサーの体とは違い今はまだ十六歳なため多少食べたくらいでは太らない。

 ぶっちゃけ過去に戻ってきて一番嬉しかったのはそこだ。二十代後半になった途端ちょっと不摂生をしただけですぐに体重が増えてたからな。


「てか、めちゃくちゃサーモンばっかり頼んでますね」


「私は好きなものはとことん食べるタイプだからな」


「まあ、俺はそれでも良いと思いますけど」


 注文用タブレットの履歴を見ると普通のサーモンの握りや炙りサーモン、サーモン軍艦など見事にサーモンだらけだった。ちなみに前世でもこんな感じだったためその辺はそこまで気にはならない。


「やっぱりお寿司は美味しいな」


「わざわざ並んで待ったかいがありましたね」


「ああ、たまに食べたくなるんだよな」


 予想通り入奈はお寿司を食べるにつれてだんだん機嫌が良くなっていった。本人の前では絶対に口に出す気は無いが相変わらず入奈はチョロい。

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