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第34話 そうなのか、私の彼氏が役に立ったみたいで良かったぞ

 それから気の済むまで二人でお寿司を食べ続け、しっかりとデザートまで平らげた俺達は回転寿司店を後にした。調子に乗って食べ過ぎてしまった事もあり結構苦しかったりもするがお腹いっぱいになって満足している。

  これだけ食べてもちょっとやそっとでは太らないのだから成長期は最高だ。 そんな事を考えながら飲食店街の中に設置されたベンチで休んでいると入奈が立ち上がる。


「ちょっとお手洗いに行ってくる」


「いってらっしゃい」


 入奈を見送った後も引き続きベンチに座って休んでいるとすぐ近くにあったファストフード店から見覚えのある顔が出てきた。どうやら黒瀬さんも駅地下にあるここへ来ていたらしい。

 まあ、この辺りでお昼を食べるならここは選択肢の最上位に入るよな。黒瀬さんは俺がいる事に全く気付いていないようでそのまま歩き去ろうとする。だがそんな最中トラブルが発生してしまう。


「おい、ぶつかってこられたせいで痛てぇんだけど」


「す、すみません」


「すみませんじゃねぇよ、どう責任取ってくれるんだよ」


 何と黒瀬さんはガラの悪そうな大学生くらいの男性にぶつかってしまい揉め始めたのだ。黒瀬さんに対して因縁をつけていたが、むしろぶつかったのは男性からだった事を俺は知っている。

 無意識のうちに黒瀬さんの背中を目で追っていたのでその場面を俺はばっちりと見ていた。多分黒瀬さんも自身もそれは分かっていると思うが気が弱い彼女が反論出来るとは思えない。だから黒瀬さんを助けに入る事にする。


「ぶつかったのはその子じゃなくてあなたからだったと思いますけど」


 突然横から話しかけられた事で男性は一瞬だけ驚いた様子に見えたがすぐに先程と同じ調子で俺に対しても噛みついてくる。


「どこにそんな証拠があるんだ?」


「俺はちょうどそこのベンチに座ってたので全部見てましたよ」


 凄んでくる男性に対して俺は一歩も引かずに真っ直ぐ目を見てそう答えた。ぶっちゃけパワハラ上司や厄介な取り引き先の方がもっと迫力があったためこれぐらいは痛くもかゆくもない。

 しばらくイチャモンを付けてくる男性に対して俺が淡々と返しているとだんだん勢いが弱くなり始めた。俺の経験上こういうタイプは自分よりも弱い相手に対してしか強く出られないパターンが多い。

 明らかに気が弱そうな黒瀬さんは勿論、パッと見はそんなに強くなさそうな俺に対しても最初は勝てると思っていたのだろう。

 だが残念な事に俺はブラック企業で徹底的に痛めつけられて強くなったのでそんじょそこらの男子高校生なんかよりも遥かに強い。


「ちっ、今回だけは見逃してやるよ」


 自分の劣勢を悟った男性はそんないかにもな捨て台詞を吐き捨ててそのまま俺達の前から立ち去った。


「立てる?」


「あ、ありがとう」


 気が抜けてその場に座り込んでしまった黒瀬さんに手を差し出すとゆっくり掴み返してきた。ようやくこれで一件落着だ。そう思っているとドス黒いオーラを体から放つ何かと目があう。

 それはどこからどう見ても入奈だった。その禍々しいオーラは普通の人間が出してもいいようなものでは無い気がするんだが。


「……なあ、有翔は女の子と手を繋いで何をやってるんだ?」


「こ、これは人助けをした結果ですから」


 あまりの迫力に俺は咄嗟にそう答える事しか出来なかった。はっきり言ってさっき絡んできた男性よりも遥かに怖い。


「あっ、もしかして佐久間君の彼女さんですか? 絡まれているところを佐久間君に助けて貰ったんですよ」


 黒瀬さんは入奈のオーラには全く気付いていない様子で話しかけた。するとそんな言葉を入奈が耳にした途端何故か分からないが体から出ていた真っ黒なオーラが止んだ。


「そうなのか、が役に立ったみたいで良かったぞ」


 普段は初対面の相手に対して凄まじくコミュ障を発揮するはずなのに今回はやけに饒舌だった。普段からこんな感じならぼっちにはならないと思うんだけど。


「とりあえず私と有翔は用事があるからそろそろ行くから」


「またね、佐久間君」


「ああ、また学校で」


 俺がそう言い終わるやいなや入奈は俺の手を取ってそのまま歩き始めた。この後入奈と用事なんてなかった気がするんだが。


「私を助けてくれた時もそうだったが有翔は本当に度胸があるよな」


「あの状況で黒瀬さんを見捨てるなんて選択肢はありませんから。てか、入奈先輩は一体どこから見てたんですか?」


「ん? 割と最初からだが」


「それなら黙って見てないで助けてくださいよ」


「すまない、怖かったから動けなかったのだ」


 さっきの入奈の尋常ではない雰囲気の方がよっぽど怖かった気がするが、そこについてはあえて突っ込みはしなかった。

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