目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

ギルドの依頼

「さて、まずは何から片付けるかな」

 アマロ村の入り口へとやって来た僕は、これからの行動について思考を巡らせていた。


 アマロ村――

 周囲を山や森で囲まれた、牧歌的な村。


 果樹栽培を村の産業として定めており、それらを使って作られたワインが有名。

 出回る数は決して多くはないが、大陸各地に多くの愛飲家が存在する。


「家の修理のお願いと、食料と日用品の買い物。一番優先度が高いのは、ギルドで話を聞くことかな」

 村に入ってから、家に帰りつくまでの最適なルートを頭に思い浮かべる。


 現在地から最も近いのは冒険者ギルド。

 行きでも帰りでも通ることになるので、荷物の有無や手間等で考えた方がいいだろう。


「食料品を持ってギルドに入るのはちょっとまずいか……。最初に話を聞いてきて、その後に修理依頼と買い物ってことにしようかな」

 まずはすぐそばにある大きな建物、冒険者ギルドに向かうとしよう。


 ギルド――

 大きく分けて二種類のギルドが存在する。


 一つは冒険者と呼ばれる職業に就く人々に対し、素材調達やモンスターの退治依頼を斡旋する役割を担う冒険者ギルド。

 国が経営を行っており、ここに所属することで様々な待遇を受けることもできる。


 もう一つは職業ギルドと呼ばれている組織。

 冒険者ギルドと違って個人で経営が行われており、業務内容も各々で異なる。


 僕は職業ギルドに所属しているため、冒険者ギルドと関わることはほぼ無い。

 わざわざ部外者に依頼をしてくるとは、よほど大きな問題でも起きたのだろうか。


「疑問でいっぱいだけど、行ってみないと分からないよね」

 冒険者ギルドの扉をゆっくりと押し開けつつ、中の様子をうかがう。


 室内に置かれている複数のテーブルに人の姿はなく、依頼書などが張り付けられている掲示板のそばにも誰かがいる様子はなかった。

 普段であれば依頼の結果などを語り合う人たちの声もあるというのに、今日はそれすらもない。


 受付にも人の姿はないため、呼び出しをする必要がありそうだ。

 カウンターに置かれている鈴を鳴らすと、受付奥で人が動き出す音が聞こえてきた。


「はーい。おや、ソラさんでしたか。お待たせしてしまい、申し訳ございません。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 カウンターの奥から現れた事務員の言葉は、想像とは異なるものだった。


 違和感を抱きつつもこちらに呼ばれたことを説明すると、事務員は思い出そうとする仕草を取り始める。

 しばらくするとポンと手を叩き、口を開いてくれた。


「あまり私も詳しくないのですが、ギルド本部からの依頼だそうですよ」

「本部からの依頼? なんでそんな依頼が僕の所に……」

「詳細は、当ギルドのマスターがご説明いたします。会議室の準備をいたしますので、席に掛けてお待ちください。飲み物をご用意いたしますが、ご希望はありますか?」

 お茶でと答え、最寄りのテーブルに移動してしばらく待機することに。


 数分後。戻ってきた事務員に連れられ、僕は会議室へと足を進める。

 部屋内には、一人の男性の姿があった。


 テーブルの上には様々な資料が用意されており、重要な話が待ち受けているということに気付かされる。


「こんにちは、ソラさん。ご足労をおかけしてしまい、申し訳ありません」

「いえ。こちらこそお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした」

 お互い謝罪を交わした後、対面に座るアマロ村のギルドマスターと二人きりでの会話を始めることにした。


 お茶やお菓子を味わいながらの雑談が始まり、最近の出来事などの近況へと移っていく。

 会話の場が温まってきたところで、自ら話を切り出す。


「それで、僕に依頼があるというお話ですが……」

「はい。実はギルド本部の方から、ソラさんに受けていただきたいと依頼が送られてきたのです」

 先ほど受付で聞いた通り、わざわざ名指しでの依頼のようだ。


 厄介なものや、難しいものでなければ良いのだが。


「依頼の内容にもよりますけどね……。詳細をお聞きしても良いですか?」

「お話したいところなのですが、申し訳ありません。詳細をお話するのは受注完了後にせよとの達しがありまして……」

 すぐに詳細を話せないとなると、今回の依頼は極秘ということになる。


 なぜ、外部の人間に依頼をしようと考えたのか、ますます疑問が深まっていく。


「ではなぜ、この依頼を僕に? 僕は冒険者ではありませんし、もっと適確な人物もいるはずです」

 冒険者ギルドに所属している冒険者の総数は、お世辞にも多いとは言えないが、優秀な人物はいるはずであり、わざわざ外部の人物に依頼する必要は無いだろう。


 冒険者――

 未開の土地や洞窟を探索し、新たな遺跡や遺物を見つけることを生業としている人々たちの総称。


 一般人では採取が難しい薬草を代わりに探してくるなど、いまでは広く浸透してきている職業の一つ。


「実を言いますと、この依頼は冒険者ギルドだけの発案ではありません。魔法剣士ギルド。あなたが所属している組織が、協議の場においてあなたのことを推薦したのです」

 その言葉を聞き、驚きで固まってしまう。


 なぜ、あの人たちは僕を推したのだろうか。


「多数の人々に依頼をすれば機密性が下がる、問題が発生する可能性も増加するだろう。信頼のおける人物を紹介するので、その者にこの案件を依頼してほしい――との話だそうです」

 このような回りくどい方法を取る必要がある依頼と理解し、疑問や不安は増すばかり。


 されど、あの人たちの推薦とならば断わるわけにはいかない。


「分かりました。その依頼、受けさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 五年間も待たせているのだから、そろそろ動き出せと暗に言っているのだろう。


 僕もある程度は戻ってきている。

 いつまでも皆に負担をかけ続けるのは間違いだ。


「ありがとうございます! それでは、詳細をお伝えいたします!」

 僕の返事を聞いたマスターの表情は、とても嬉しそうなものに変化していた。


 依頼の条件が条件なので、回されてきた時は嫌だったのだろう。


「おっと、忘れていました。この依頼は重要な部分さえ話さなければ、誰に話をされても問題ありませんので。様々な方から情報を得るという形を取っても大丈夫ですよ。情報を秘密にできるのであれば、お知り合いと協力しても構いません」

 どうやら、極秘とまではいかない依頼のようだ。


 とはいえ、ふいに詳細を漏らさないとも限らない。

 できるだけ話さないに越したことはないだろう。


「こちらがその資料になります。では、ご説明いたしますね」

 マスターは、テーブルに置かれている複数枚の資料をこちらに手渡してきた。


 情報を集めても良いという点から察するに、未開の土地の冒険援助などもあり得そうだ。

 期待感を高めながら表紙に視線を落とすと、そこに書かれていたものは――


「モンスター図鑑、作成計画?」

 予想していた依頼とは、全く違うものになりそうだ。



「は~……。なかなかにとんでもない依頼じゃないか……。モンスターたちの情報を集めて図鑑にするって……」

 ギルドマスターとの会議も終わり、僕は自宅の修理依頼と、食材・日用品の買い物を終えて帰途についていた。


 受注した依頼はとてつもなく遠大だ。

 他者から情報収集をしても良いとはいえ、個人に任せるような物ではないだろう。


 図鑑を作ろうとする理由が五年前のモンスター事件にあることは、苦しいほどに理解できているのだが。


 モンスター――

 人とは異なる、多種多様の生物たちの総称。


 害意を加えない限りは穏やかな個体が多く、人を襲撃する事件が起きることはほぼない。

 されど獰猛な個体もまたおり、普段はおとなしくても突発的に凶暴化する例もあるので、自ら近寄ろうとする人々はほぼいない。


 五年前に凶暴化したモンスターが大陸各地で大発生したことにより、多くの集落が被害を受ける事件が発生。

 そのため、最近は排除を進めようとする声も上がってきている。


「でも、なんで僕を推薦したんだろう? 見ていたから? 村が襲われ、人が倒れていくあの光景を……。あの時の経験が、僕を導いてくれるなら……」

 考えても分からなかったが、やるべきことは理解したつもりだ。


 カバンから一冊の分厚い本を取り出し、開く。

 文字も挿絵も記入されていない、白紙のページが続いていた。


「最終的に、この見本と同じ物にモンスターたちの情報が記入されていくことになるのかぁ。うーん、最初のページにふさわしいモンスターは……」

 ページをめくりつつ、モンスターを探すために周囲を見渡すが、こういう時に限って彼らの姿は見当たらなかった。


 モンスターの姿を探しながら歩いていると、少し低い盆地のようになっている草原にそれらしき影が。

 ぴょんぴょんと飛び跳ねている、青い体色のモンスターたちは――


「スライムか……。冒険者だけでなく、いろんな人が目にするモンスターだし、比較的に馴染み深い。まだ日没までには時間があるし、調査してから帰ろうかな」

 持っていた本をカバンにしまい込み、見つけたモンスターたち目掛けて歩き出す。


 荷物を担ぎなおしながらテクテクと歩み続け、どのようなことを図鑑に記載していくか思案する。

 五年前の事件を繰り返さないために図鑑を作ろうとしているのであれば、危険性、討伐方法などを記載していくのが一番だろうか。


 スライムたちの丸い姿が視認できる程度の距離に近づいた頃、僕はとある疑問を抱く。


「増えてる……? まあ、群れを作って生活するモンスターだし、あの程度なら問題ないかな」

 最初に見つけた時と比べ、スライムの姿が増えていたのだ。


 されど生じた疑問は常識的な範疇だったため、特に気にすることもなく接近を続ける。

 ところが接近すればするほど疑問は肥大し、常識は非常識へと変化していく。


「こんなにたくさんのスライムが集まるなんて聞いたことないな……」

 僕の視線の先には、三十匹ほどのスライムが集まっていたのだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?