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スライムとの出会い

「いくらなんでも、これはおかしいな……。何か起きてるのかな……」

 スライムは群れを作って行動をするモンスターなのだが、多い場合でも十匹程度がせいぜいだ。


 これほど多く集まるなど、見たことも聞いたこともない。


「もっと近くに寄って、様子を見た方が良さそうかな……」

 スライムたちの周辺に視線を向け、様子を見るに適した場所を探す。


 彼らのそばに、少し背の高い草が生い茂っているのが見える。

 そこに隠れて様子を見れば、これほど多くのスライムが集まる理由が分かるかもしれない。


 こっそりと目的の場所に近づき、持っていた荷物を地面に降ろす。

 彼らがこちらに気付いている様子はなさそうだ。


「これでよしと。さて、スライムたちは何をしてる?」

 草むらの陰に隠れつつ、顔だけを出してスライムたちの様子をうかがう。


 視線の先では、一匹のスライムが他のスライムたちに取り囲まれている姿があった。


「何をしているんだろう。遊んでいるわけではなさそうだけど……」

 中央にいるスライムが動き出す様子は無く、周りにいるスライムたちはただただ飛び跳ね続けている。


 彼ら特有の儀式があったりするのだろうか。


「スライムの立ち位置に法則性は無いみたいだし……。何がしたいのかわからないな……」

 しばらく様子を見続けていても、スライムたちが変わった行動を取る様子がない。


 次第に彼らは、遊んでいるだけにしか見えなくなってくる。


「再調査をするときに同じ行動を見れるかもしれないし、一応メモを取っておこうかな。スライムたちは、集まって円を組んで遊ぶことがあるのかも。要調査対象っと」

 カバンの中に手を入れ、メモ帳とペンを取りだして現状を記載していく。


 図鑑に記載すべきことかどうかはわからないが、そもそも作成すること自体が初。

 気になる点は全てメモしていくつもりでなければ、完成は夢のまた夢だろう。


「もうすぐ日没か……。あんまり図鑑にできそうな情報は取れなかったけど……」

 観察と記載を繰り返していると、瞳に強い光が飛び込んでくる。


 光の先に視線を向けると、太陽が大地に沈んでいく姿が見えた。

 今日はこれで切り上げ、続きはまた今度にするとしよう。


「これを繰り返して図鑑を作っていくのかぁ。大変な作業だけど、きっかけをくれたことはありがたいな。この大陸のことだけじゃなくて、たくさんのモンスターのことも知っていけるんだから」

 モンスターのことを知ろうとは、これまで考えたこともなかった。


 ため息を吐きつつ手に持っている道具をカバンに詰め込み、帰宅する準備を始める。

 カバンを肩に下げ、買ってきた物たちを担ぎ上げようとしたその時。


「お? スライムたちが何か始めたみたいだ」

 視界の片隅にスライムたちが動き出す様子が映った。


 何か行動を始めたことに好奇心がうずき、荷物を再び地面に置いて彼らの観察を始める。

 円を作っていたスライムたちが、中央にいるスライムに向かってじりじりと寄っていくのだが。


「え……? 何して――」

 ある程度の距離にまで近寄ったスライムたちは、動かないスライムに対して一斉に飛び掛かったのだ。


 どう見ても遊びとは思えない。

 このままでは、あのスライムが――


「くッ……!」

 その様子を見た僕は、衝動的にスライムたちに向かって走り出していた。


 なぜそうしたのかは分からない。

 だが、五年前のあの日に感じた想い。それに似た何かが僕の中に生じたのは確かだ。


「させない……! ウィンドショット!」

 素早く魔法を詠唱し、スライムたちのそばに着弾するように魔法を放つ。


 攻撃のために大きく飛び上がっていた彼らは、発生した強風に吹き飛ばされて散り散りになっていった。


 魔法――

 人の内に宿る魔力と、世界を構成する六つの属性とを混ぜ合わせることで、人の力だけでは成しえないことを可能にする技術。


 属性は火・水・氷・風・土・雷に分類され、それらを目的に応じて攻撃魔法・回復防御魔法・強化支援魔法という形に変えて使用する。



「遅いですよ、ソラさん! 何をしてたんですか!?」

 自宅に帰ってくると、ナナが玄関前で怒ったような表情を浮かべて待っていた。


 帰宅が遅くなってしまったため、心配をさせてしまったようだ。


「ごめん、ごめん。ちょっとだけ仕事をしてたんだ」

 説明をするため、カバンに手を入れてとある存在を取り出す。


 青色のプルプルとしたゼリー状の体を有する、小さなモンスターを。


「え? それって、スライムじゃ……!」

「そう、スライム。ケガをしているんだ。治療、お願いしてもいいかい……?」

 僕の手のひらの上で動かずに縮こまっているスライムを見て、ナナは複雑な表情を浮かべていた。


 彼女にこのような願いをするのは避けるべきだが、僕は治療が得意ではない。

 だが同族から攻撃をされ、負傷してしまった存在は、モンスターであろうと見過ごすことはできなかった。


「この子は違いますし、何よりケガをしている子を放っておくわけにはいきませんよね……。分かりました、治療させていただきます」

「……ごめん」

 僕の謝罪に返事をしなかったものの、ナナはスライムを受け取り、回復魔法を用いた治療を始めてくれる。


 しばらくすると傷ついたスライムはピクリと体を動かし、僕たちのことを見上げた。

 ある程度回復したことに安心した僕は、ナナとこの子を連れて家の中へと入り、ここまでに至る経緯を話すのだった。


「この子は同族から攻撃されていたと……」

「理由は分からないけど……ね」

 何かしらの理由があったにしろ、このスライムはケガを負ってしまった。


 群れを作って生活をするモンスターにしては度が過ぎていると思うが、何か異変が起きているのだろうか。


「仲間に攻撃される……か。モンスター内でもそういうことはあるんだね」

 眠っているスライムを撫でていると、ナナから視線を向けられている気配が。


 顔を上げてみると、彼女は複雑な表情を浮かべ、僕の行動を見つめていた。


「……どうかしたかい?」

「……どうしてこの子を助けたのかなって思ったので。ソラさんだって、あの時辛い思いをしたじゃないですか」

 確かに、当時の苦しみはいまだに消せずにいる。


 ふいに脳裏に浮かぶことや、夢として見てしまうこともあるほどだ。


「大した理由じゃないさ。さっき君がこの子に回復魔法をかけてくれたのと同じで、放っておきたくなかったんだ。あと、これも理由の一つかな」

 カバンの中から見本の図鑑を取り出し、テーブルの上に置く。


 ナナはそれを手元に引き寄せ、ページをめくり始めた。


「白紙の本……? これは一体?」

「冒険者ギルドからの依頼っていうのは、モンスターの図鑑を作成して欲しいというものだったんだ。その本は、図鑑の見本ってところだね」

 ギルドから聞いた依頼の内容をナナに伝える。


 重要な部分は他言無用と言われているが、家族に秘密にすることではないはず。

 それに恐らく、彼女であれば——


「なるほど。ソラさんがモンスターの情報を集め、図鑑にするってことですか」

「冒険者だけじゃなく、一般の人々にも読んでもらえるような図鑑を作りたいみたいだよ」

 話を聞き終えたナナは、本を閉じてテーブルの中央へと戻した。


 それを手元に引き寄せ、これから待ち受けるであろう出来事たちを想像しつつ、まだ何も記されていない表紙をなぞる。


「でも、大変じゃないですか? ソラさんには魔法研究があるのに……」

 ナナは僕の行動を見つめながら、心配そうな声を発した。


 ただでさえ行き詰っている作業があるというのに、新たな作業も増えるのであれば不安にもなるだろう。

 だが僕は、図鑑の作成作業をする上で大きな利点を見出していた。


「うん、大変だと思う。でも、モンスターを探す過程で各地に行けるようになるんだ。魔法研究も捗るかもしれない」

 この依頼は冒険者ギルドから出されたものであるため、各地に赴くための支援をしてくれるはず。


 これまでは手探りで進めるしかなかった研究を、一気に飛躍させる何かを旅の過程で掴めるかもしれない。


「なんで楽しそうに言うんですか……。全くもう」

 呆れられた。表情に出ていたのだろうか。


 まあ、ワクワクしているのは確かだが。


「分かりました。そういうことなら私もお手伝いします」

 ナナは立ち上がってこちらに歩み寄ると、僕の瞳を見つめながら自分の意思を告げた。


 即座に歓迎したい気持ちを抑えつつ、彼女の覚悟を問う。


「……いいのかい? 知らない場所に行くことにもなるし、危険な場所に行く可能性もある。なにより、いつ終わるかわからない遠大な依頼なんだよ?」

「私はあなたに命を救われた身。そして、あなたの家族です。ソラさんのやることは、私のやることでもありますから」

 意思を確認する質問に、ナナは胸を張って答えてくれた。


 その言葉に僕は笑みを浮かべ、彼女と共に図鑑を作る決意をする。


「ありがとう、そう言ってくれて嬉しいよ。じゃあ、これから一緒に頑張ろうね」

「はい、分かりました!」

 共に微笑み合い、自分たちがやるべきことを始める。


 ナナはキッチンへと足を向け、僕は本をしまうために自室へと向かおうとして。


「そういえば、お買い物はしてこなかったんですか?」

「お買い物……? あ! しまった!」

 食料と日用品を入れたカバンを持ってくるのを忘れていた。早く取ってこなければ。


 家を飛び出し、急いでスライムと出会った場所に向かう。

 懸命に購入品を探したが、残っていたのは日用品くらいのもので、肝心の食料は何一つとして残っていなかった。


 食料をモンスターに奪われてしまったことを嘆きつつ、日用品だけを持って帰路に就く。

 肩を落としながら帰宅した僕を待っていたのは、ナナの怒声だった。

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