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スライムの村訪問

「ん、朝か……。朝ごはんは――あ、そうだ……」

 目覚めと同時に朝食の献立を思案していると、ふと昨日のことを思い出し、部屋の片隅へと視線が向く。


 そこには小さな木箱が置かれていた。


「朝食も大事だけど、スライムはどうしているかな……」

 ケガを負ったスライムをどうするか話し合った結果、この家に置いて育てることにした。


 理由は、モンスター図鑑の作成に利点があるから。

 モンスターといえど、ケガをしている存在を外に放り出したくなかった、という二点だ。


 だが、突然の出来事だったために、スライムの寝床を用意できなかった。

 空いていた箱に寝かせることにしたため心配だ。


「まだ眠っているみたいだね……」

 木箱の中を覗き込むと、スライムは箱の隅に隠れるようにして縮まっていた。


 一定のリズムで体が動いているため、不調というわけではなさそうだ。


「ご飯、作ろっか……」

 リビングへと移動し、箱をテーブルの上にそっと置く。


 朝食に使う食材を用意し、調理を行う準備を整える。


「……おはようございます」

 ナナの寝起き声が耳に届く。


 顔を向けると、彼女は少し眠そうな表情で洗面台に向かう姿があった。


「おはよう。顔を洗い終わったら、スライムの様子を見てもらってもいいかな?」

「はい、分かりました……」

 調理器具に肉を敷き、火にかけながら卵を落として蓋を乗せる。


 もう一つ同じ調理器具を用意し、肉だけ敷いて同じように火にかける。


「これでよしと。焼けるまでに少し時間があるし、いまのうちに着替えてきちゃおうかな」

 自室へと戻り、寝間着を脱いで綺麗な服へと袖を通す。


 着替えが終わる頃、開きっぱなしの扉からは脂の焼ける香りが流れ込んできていた。


「ソラさん。スライムも目を覚ましたみたいですよ」

「本当かい? どれどれ……」

 リビングへと戻ると、ナナがスライムのいる箱の中を覗き込んでいた。


 言われるままにテーブルへ近づき、彼女と同じように箱の中を覗き込む。

 そこにはぴょんぴょんと跳ねながら移動しつつ、周囲を見回すスライムの姿があった。


「ケガは残っているだろうけど、とりあえず動くことはできるみたいだね」

 適当な深皿に水を汲み、スライムのそばに置く。


 この子が何を好むのかは分からないが、どんな生物であろうと水は必要だ。

 スライムは置かれた水に警戒する様子を見せたが、しばらくして危険はないと判断してくれたらしく、ゆっくりと水を飲みだした。


「この子のことは村の人に伝えるんですよね?」

「村の人に伝えるかって……。ああ、確かに必要なことか」

 スライムを住ませていることが知られてしまえば、問題が起きるのは必然だ。


 特に冒険者ギルドとアマロ村の村長さんあたりには、詳しく説明をしておいた方が良いだろう。


「ギルドは調査のためって言えば許可は下りると思うけど、問題は村長さんの方だね……。どう伝えたもんかな」

 この村に住まわせてもらっている以上、誤魔化しをするわけにはいかないが、いきなりスライムの姿を見せて驚かせてしまうのも違うだろう。


 どう説明するのが禍根を残さずにすむだろうか。


「誠心誠意を込めて説明した方が、許可を貰いやすいと思います。きちんと話さずに後で問題が起きるほうがいけませんから」

 モンスター図鑑を作る依頼を受けた以上、今後スライムと同じようにモンスターを連れ込む可能性が無いとは言い切れない。


 ここはきちんと話をつけるべきなのだろう。


「そうだね。じゃあ、今日中に話をしに行ってこようか。君も来るかい?」

「私もですか? そうですね……」

 ナナは頬に指をあてながら考え込みだし、しばらくしてからコクリとうなずいた。


「分かりました、私も行きます。昨日、ソラさんが食料を失くしちゃいましたからね。今日は私が買ってきます」

「うっ……。痛いところを……。でも、言い訳できないからなぁ……」

 昨日の夕方を思い出し、苦笑を浮かべる。


 僕のそんな表情を見て、ナナは小さく笑っていた。


「出かけるのは昼前にしようか。あまり早くても遅くなっても迷惑なだけだしね。おっと、いい加減火から外さないと焦げちゃうか。ナナ、お皿を」

 キッチンに移動し、調理器具から蓋を外す。


 料理には少し焦げが付き始めていたが、パリパリとした小気味よい食感を楽しめるので、これはこれでよいだろう。


「はい、お皿です。う~ん、スライムはお肉を食べるんでしょうか?」

 盛り付けた料理を食べさせようとしたが、スライムが口を付ける様子はなかった。


 だが、付け合わせのサラダは食べていたため、スライムは植物を好むことが確認できた。

 調査の進展と同時に食事を終えた僕たちは、早速各種作業に取り掛かることにし、予定通り昼前には村へと出かけるのだった。



「ん~……。村まで来るのは久しぶりですねぇ……」

 歩きながら、ナナは体を大きく伸ばす。


 ここしばらく家に籠っていたので、体が凝り固まっているようだ。


「たまには外に出かけるのも良いんじゃない? リフレッシュするのも大事だと思うよ」

「そうしたいのも山々なんですが、いまは薬の増産で忙しいので……。もうすぐ夏も終わっちゃうので、もう少し多めに作っておかないと」

 ナナは自分のカバンを開いてメモを取り出し、そこに記されている内容を見ながら返事をする。


 普段の彼女は薬を作って村の人たちに売っている。

 いまの時期は風邪薬などを量産し、冬に備える準備をしているのだ。


「薬を作る魔導士なのに、去年は風邪を引いちゃってたよねぇ……」

「あれは……。作業をしたまま眠っちゃったせいで……」

 ナナは僕から顔をそらし、バツが悪そうにしていた。


 魔導士――

 魔法の力を用いて様々な活動を行う人々の総称。


 攻撃、防御、回復。あらゆる魔法を得意とし、主に戦いや治療の場においてその力を発揮する。

 特に強大な力を持つ魔導士は魔人・魔女と呼ばれて区別されるほか、魔法研究の知識を応用して薬を作成し、売り歩く者も。


「そ、それより、あの子の様子はどうですか?」

「話を変えたね……。いまのところはおとなしくしているよ。もしかしたら気に入ったのかもしれない」

 頭に被っている麦わら帽子に触れると、少しだけぐらりと揺れた。


 スライムは僕が被っているそれの中に隠れている。

 モンスターを人目に付くように連れて歩くことは、さすがにはばかれたからだ。


 本来であればカバンの中に入れるなどして連れて行くべきなのだろうが、スライムはカバンに入れられるのを嫌がった。

 荷物が多く、狭くて暗いため、怖かったのかもしれない。


「村長さん、びっくりして倒れたりしなければいいけど……」

「ちゃんと説明してから見せれば大丈夫ですよ。先に見せたりなんかしたら、倒れちゃうのは当たり前です」

 モンスターを連れてくるのだから、少なくとも驚かれるのは確定だ。


 スライムを家に置くことができるかどうかは、怯えさせずに会話ができるかどうかにかかっているだろう。


「さてと、勝負の時間が来たね。緊張してきたよ」

 村長さんとの会話をどう進めるか話し合っている内に、僕たちは目的地にたどり着いた。


 他の家々より大きい赤い屋根の建物。ここが村長さんの家だ。

 モンスター図鑑の作成を進めやすくするためにも、確実に許可を貰わなくては。


「すみません、ソラです。村長さんはいらっしゃいますか」

 被っている帽子をスライムごと外し、中にいると思われる人たちに向かって声をかける。


 しばらくすると、玄関前に誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。


「は~い、お待たせしました! こんにちは、ソラさん。あれ? ナナさんもいるじゃないですか! いつもお世話になっております」

 扉を開いて現れたのは、ナナより少し背が高い金髪の少女。


 彼女は村長さんの孫娘、ユールさんだ。


「お久しぶりです、ユールさん。突然お伺いいたしまして、申し訳ありません。本日は村長さんにお話があってお伺いしたのですが……。いま、お時間よろしいでしょうか?」

 ナナがユールさんに丁寧に挨拶をしてくれる。


 僕より礼儀をよく理解しているので、こういった時は非常に助かる。


「ええ、大丈夫ですよ。ささ、お入りください」

「「失礼します」」

 許可を出してくれたことに感謝をしつつ、村長さんの家に足を踏み入れる。


 リビングに入ると、僕たちの家にあるテーブルより大きくて立派なテーブルが置かれていた。


「こちらにおかけになってお待ちください。祖父を呼んできますので」

 ユールさんは身振りでも案内をしつつ、二階へと続く階段を上がっていく。


 その間、僕たちは立ったまま小声で話をしていた。


「ふぅ……。何とかここまで来たね」

「そうですね。ですが、ここからが本番です。気を引き締めて行きましょう」

 そう言うものの、ナナの表情に不安の色はほぼ無い。


 むしろ、不安に感じているのは僕だけのようだ。


「こんにちは。ソラさん、ナナさん。お待たせして申し訳ありません」

 深呼吸して心を落ち着かせていると、二階から白に染まった髪を持つ老人が下りてきた。


 彼の後ろにはユールさんの姿もある。


「どうぞ、席におかけください。ユール、お二人にお茶の用意を」

「はい! 分かりました!」

 僕たちは村長さんの勧めで席に座り、お互いに挨拶を交わして雑談を始める。


 その間に、ユールさんが入れてくれたお茶がテーブルに置かれていった。


「さて、そろそろ本題に移るとしましょうか。お話というのは何でしょうか」

 村長さんが話を切り出してきたということは、話し合いを行う準備が整ったということだろう。


 僕はナナとうなずき合い、意を決して話を始める。


「実は、僕たちの家にスライムが住んでいるんです」

 僕の言葉を聞いた村長さんの口が、ぽかりと開いた。


 どうやら驚かせてしまったようだが、ここまでは想定内だ。

 ここから先こそ注意して話を進めなければならない。


「す、スライムですか……?」

「昨日、仲間に攻撃されているところを僕が見つけ、保護しました。ケガをしていたのでナナが治療を行いましたが、若干の衰弱があるようなのです」

 発見時の状況を伝えることはできた。


 次はスライムをどうしたいのかを伝えなければ。


「スライムを僕たちの家に……。この村に住まわせる許可を頂きたいのです。どうか、お願いします」

 僕たちの要望を聞き、村長さんは腕を組みながら唸りだす。


 こちらから話し出すのはしばらく待ったほうが良さそうだ。


「とは言われましても、ケガをしたというスライムを見ないことには……」

「いま、ここに連れてきております。お見せいたしましょうか?」

 膝の上に置いた麦わら帽子を見つめ、確認を行う。


 無用な混乱を起こすべきではないと判断し、ここまでスライムを隠してきたが、悪いことをしている気分だ。


「す、スライムがここにいるんですか!?」

 突然、ユールさんが大きな声を出した。


 スライムを恐れたために大声を出したのだろうか?

 それにしては声が上ずっていた気もするが。


「この麦わら帽子の中にいます。いま、お見せいたしますね」

 麦わら帽子をテーブルの上に移動させ、ゆっくりと帽子だけを持ち上げる。


 中からはキョロキョロと周囲を見渡すスライムが現れ、村長さんとユールさんの表情がゆがむ——と思いきや。


「うわぁ~! 本物のスライムだ!」

 ユールさんは目を光り輝かせ、テーブルの上に飛び乗ってきた。


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