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スラランを探して

「スララーン! どこだーい!?」

 家の外に飛び出し、大声を出してスラランの名を呼ぶ。


 しかし僕の声に反応する生物はなく、草が風に揺れる音だけが響いていた。


「ちょっと目を離した隙に……! いったいどこへ……!」

「ダメです! 家の中にはいません!」

 家の中の捜索を行ってくれていたナナが、玄関から飛び出してきた。


 家の周囲にいる気配もないので、既に離れた場所に移動してしまったと判断した方がいいだろう。

 スラランの捜索をしに行きたいところだが、街灯が草原にあるわけではないので、体が小さい彼を見つけるのは難しいのだが。


「どうしましょう……。探しに出るのは朝まで待ったほうが良いでしょうか……?」

「いや、いまから探しに行ってくるよ。スライムが増えているかもしれないって話を昼間にしたでしょ?」

 ユールさんが持ってきた噂が正しければ、この草原のどこかに多数のスライムが存在することになる。


 数日間とはいえ、スラランには人と暮らしていた事実がある。

 野生のスライムたちが彼との違いに気付いてしまえば、袋叩きに合うかもしれない。


「ならば私も捜索についていきます。杖とランプを持ってきますので、待っていてください」

「あっ……ちょ!」

 止める間もなく、ナナは家の中に戻ってしまった。


 二人で行動をしたほうが、何かが起きても対処を行いやすいのは事実。

 不安はあるが、彼女も連れて行くとしよう。


 家の中に戻り、戦いの準備を始める。

 武器を腰に下げ、必要な道具をカバンに詰め込んでいく。


 それぞれの準備を終えた僕たちは、ランプを手に暗闇の中へと飛び出した。


「ナナ。スラランの探索中は大声を出さないようにして。モンスターが集まってきちゃう可能性があるからね」

「……分かりました」

 注意をすると、ナナは不服そうな表情を見せつつもうなずいてくれた。


 できれば声を出して探したいが、暗闇からモンスターが飛び出してくる可能性を考えればどう考えても悪手だろう。

 自分たちの足と目で探さなければ。


 だが、スラランどころかスライムの姿すら見つけることができず、刻々と時間が経っていく。

 捜索開始前は天上で輝いていたはずの月が、ゆっくりと大地へと落ち始めていた。


「この広い草原のどこに居る……? 何かいい手は……?」

 考えがまとまらない、スラランも見つけられない、このままでは朝になってしまう。


 焦りはどんどん大きくなるが、捜索が進展するような何かを見つけられない。

 このままスラランを見失うことになってしまうのだろうか。


「ソラさん、あそこに何かいます!」

 突然、ナナが僕の肩を叩きながら声をあげる。


 彼女の視線の先に目を向けると、小高い丘の上に生物らしき何かが動いているのが見えた。


「あの影は多分スライムだけど……。スラランかな」

「分かりませんけど近寄ってみましょう。手掛かりが見つかるかもしれません」

「そうだね。警戒しながら、でも急いで近づこう。いなくなっちゃうかもしれない」

 丘のふもとに駆け寄り、スライムらしき影がいた場所を見上げる。


 だが、丘の上で跳ねていたはずの影は既に姿を消していた。


「いなくなっちゃいましたね……。どこに移動しちゃったんでしょう……」

「丘の向こう側に行ったのかもしれない。僕たちも行ってみよう」

 スライムらしき影を探しながら丘を登り始めるのだが、なぜかナナが付いてくる様子がない。


 怪訝に思い振り返ると、彼女は丘を登らずに他所をじっと見つめていた。


「ナナ? 何か見つけた?」

 ナナのそばに駆け寄り、声をかける。


 僕の声に反応した彼女は、見ている方向をゆっくりと指さす。


「向こうにスライムがたくさんいるんです」

「え……。いつの間にこんなにたくさん……」

 そこには十数体ほどのスライムの姿があった。


 皆が同じ方向に、丘の上へと進んでいくようだが、これはもしや。


「ユールさんが言っていたのって、これのこと……?」

「多分ね……。スライムたちが、同じ方向に向かって進んでいく……か」

 恐らくこの流れの先に、スライムの大群がいるはず。


 スラランも他のスライムたちと同じようにこの流れを進み、合流しているかもしれない。


「行ってみよう。危険かもしれないけど、何が起きているのか確認しないと」

 スライムたちを刺激しないよう、彼らから少し離れた場所を登っていくことにした。


 傾斜がそれなりにあるというのに、スライムたちは疲れる様子も見せず、丘を跳ねながら登っていく。

 そんな彼らとは異なり、後ろを歩くナナは口で呼吸を始めていた。


 ここまでろくに休憩をとらずにスラランを探していたことに加え、急な坂を登れば疲れは表面化してくる。

 しばらく家にこもりっきりだった彼女にはかなり辛いだろう。


「ナナ、少し休憩しよう。この先、何が起こるかわからないからね」

 休憩をするよう促しつつ、先んじて坂道に腰を下ろす。


 カバンから水筒を取り出し、ナナの手に乗せる。


「すみません……。いただきます……」

 僕同様に腰を下ろし、水筒の中身をゆっくりと飲んでくれる。


 水分補給が終わるまで、スライムたちの行動に注意を払うとしよう。


「はぁ……。この丘の向こう側で、何が起きているんでしょうか……」

 水筒から口を離し、俯きながらそれを握りしめるナナ。


 彼女が発した声には、強い不安の色が混ざっていた。


「十中八九、この先にはたくさんのスライムがいるだろうね。何をしているのかまでは分からないけど……」

 返事を聞いたナナはゆっくりと顔をあげ、こちらに視線を向ける。


 僕を見上げる彼女の瞳には、期待と不安を織り交ぜたような感情が込められていた。


「ソラさんがあの子を連れてきた時、あの時を思い出して苦しくなりました。あなたも同じ苦しみを受けたのに、どうしてって……」

 ナナが苦しむ可能性があったというのに、僕はスラランを連れて帰った。


 モンスターに全てを奪われた彼女のそばに、モンスターを連れ込んだのだ。

 裏切りに似た感情を抱くのは仕方がない。


「でも、スラランと数日間を過ごして、そんな思いは吹き飛びました。良い子のモンスターもいる。あの時のモンスターの方が特別なんだと思えたんです」

 基本的に大人しいはずのモンスターが一斉に狂暴化し、多くの人たちに大きな影響を与えたあの事件。


 その傷跡は、いまだに各地に、人の心の中に残されている。


「私、スラランを見つけたいです。あの子も、私たちの家族ですから」

 ナナの言葉には、恐怖や不安の感情は含まれていなかった。


 心の底からあの子を心配しているような声だ。


「そうだね。ちゃんと見つけて、僕たちに心配をかけさせたことを叱ってやろうね」

 立ち上がり、周囲を移動しているスライムたちの様子を見る。


 相変わらず丘の上に向かって移動をしているが、その数が増えてきたようだ。


「そろそろ行きましょう。私はもう、大丈夫です」

 ナナの手を取り、立ち上がらせる。


 僕の疲れも、もう大丈夫だ。


「頂上まであと少し。スラランを探しに、さあ行こう!」

 受け取った水筒をカバンにしまい、頂上に向かって歩き出す。


 スライムたちは僕たちより素早く丘を登りきり、向こう側へと消えていく。


「このままスライムが増え続けるとなると、スラランを見つけた時よりはるかに多くのスライムが集まっていることになるだろうね」

「百では利かない数ってことですよね……。もし、スラランがスライムたちの向かう場所にいるとしたら、見つけるのは容易じゃないですね……」

 まだ知識が少ない僕たちでは、スライムの見分けがつかない。


 スライムの大群の中からスラランを見つけることは、目的の人物を人ごみの中から探すことより難しいだろう。


「それでも、僕たちには数日間を共に過ごしたという事実がある。必ず、スラランを見つけられる何かがあるはずだよ。よし、頂上についた。まずは周囲の様子を見てみよう」

 作戦会議をしながら丘を登り切り、周囲の様子をうかがう。


 ちょうど月が雲に隠れているせいで、遠方の状態が分からない。


「私たちの明かりが目立っちゃいますね……。しばらくランプの灯は消しておきます」

 ナナはランプの灯を消し、体勢を低くして月が出てくるまで待つことにしたようだ。


 それに倣い、しゃがみ込みつつ耳を澄ますと、ザワ、ザワと草がこすれ合う音が聞こえてきた。

 その音が僕たちの恐怖を煽り、強い不安を抱かせる。


 しばらく我慢を続けていると、周囲が少し明るくなった。

 どうやら月が顔を出してくれたようだ。


「この明るさなら大丈夫そうだ。探索を再開しよ――」

「……ソラさん?」

 茫然とする僕を見たナナは、疑問を浮かべた様子で視線の先に顔を向ける。


 彼女もまたそれを見て、息を呑む。


「これは……想像以上だよ……」

「ここに、スラランがいるのかもしれないんですか……?」

 千を超えると思われる数のスライムたちが、大地を埋め尽くす光景が僕たちの瞳に映っていた。

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