「この数のスライムたちに、無策で近寄るのは危険だね……。とりあえず、遠巻きに様子をうかがおう」
これほどの数のスライムが集まるなど、見たことも聞いたこともない。
いったい彼らはどこから来て、何をしようとしているのだろうか。
「闇夜に乗じて集まってきたスライムたちもいたんでしょうね……。ユールさんの話だけではここまでとは思いませんでしたし……」
「だね。スラランが脱走しなければ、この異常にも気付けなかったわけだ……」
スラランは、スライムたちが集まることを知っていたのだろうか。
もし知っていたとしたら、彼はここのどこかにいるはずなのだが。
「スライムたちはいまだに増え続けてる。増えすぎるとスラランの居場所が余計に分からなくなる。何かヒントはないかな……」
つぶさに観察を続け、ほんの少しでも変化が起きている場所が無いか探し続ける。
すると中央部分からほんの少し離れた場所に、不自然な空間があるのを見つけた。
なぜかその部分だけスライムがおらず、草が見えているのだ。
「ナナ、あそこ分かる? スライムがいない場所があるんだ」
「スライムがいない場所……? あ、本当ですね。円形に草地が見えます。でも、円の中心にはスライムがいるみたいですよ」
目を凝らしてよくよく見てみると、ナナの言う通り、円の中心にスライムらしき姿が。
どこかで見た気がするその光景を見て、僕の心は大きくざわついていた。
「中心にスライムが一体だけ……。スラランと会った時も……!?」
スラランと出会った時、彼はスライムたちにとり囲まれていた。
あの時と今回の状況が同じものだとすれば。
「ナナ。これから僕はあの円に向かうよ。君には援護を頼みたい」
「え? え? ソラさん、どうしたんですか?」
剣を鞘から抜き取り、カバンを放り投げる僕を見て、ナナは大きく慌てだす。
落ち着かせてあげたいところだが、あまり悠長にしている暇はない。
「あの円の中心にいるのは恐らくスララン。数日前、スラランと会った時の状況に似ているんだ」
「あそこにスラランが……? でも、あの円に向かうなんて危険すぎます! あの数のスライムに取り囲まれることになるんですよ!」
ナナの懸念はもっともであり、普通に飛び込むのでは危険すぎるだろう。
「だから君に援護を任せるんだ。これからあの円に向かいながら、スライムたちを大きく吹き飛ばす。君にはその吹き飛ばされたスライムたちを魔法で凍らせてほしいんだ」
「吹き飛ばしたスライムたちで氷の壁を作れと……? そんなの、いまの私の力では無理があります! もし氷の壁が壊れてしまったら、ソラさんが危険な目に……。それに、あそこにいるのがスラランとは限りません!」
作戦の説明をするが、ナナは大きく首を振って拒否をする。
彼女の言う通り、スラランではない可能性はあるのだが。
「でも、スラランである可能性もあるわけでしょ?」
以前と状況が似ているという点しか信じられるものはなく、納得をさせるにはあまりにも弱い。
それでも僕は、あそこにいるのがスラランだと確信していた。
「説明はうまくできないけど信じて。氷の壁は僕の腰ぐらいの高さがあれば十分。その高さがあれば、スライムたちが壁を乗り越えるまでの時間は稼げる。いまここで全滅させるわけじゃないし、スラランを連れてすぐ戻ってくるさ」
ナナの肩に触れながら、ニコリと笑顔を見せる。
僕とは反対に不安そうな表情を見せたが、渋々ながらもうなずいてくれた。
「ありがとう、信じてくれて。援護、よろしく頼むね」
「……分かりました。気を付けてくださいね」
こくりとうなずき返し、軽く準備運動を行う。
転べば即刻アウト。スライムの波を押し返しきれずに飲み込まれてもおしまい。
けれどやることは至極単純。彼らを吹き飛ばしながら前進を続け、スラランを回収して戻ってくるだけだ。
「よし、行くぞ! はあああ!」
大声を上げながら、スライムの大群へと突撃する。
こちらの接近に気付いたスライムたちも、僕に飛び掛かってきた。
「だりゃ!」
スライムたちに剣の腹をぶつけつつ、大きく腰をひねって吹き飛ばす。
斬ってしまえば氷の壁を作れない。
可能な限り上空に吹き飛ばせば、後はナナが凍らせてくれるはずだ。
「せい! はぁ!」
何度か同じことを繰り返すうちに、変わった行動をとるスライムたちを発見する。
暴れる僕の姿を視認するのと同時に、逃げだす個体がいるのだ。
こちらとしては助かるが、一枚岩というわけではないのだろうか。
背後から冷気を感じたので走りながら振り返ると、パキン、パキンという音と共に氷の壁が追いかけてくる様子が見えた。
ナナが頑張ってくれているんだ、無駄なことを考えている暇はない。
「邪魔だああああ!」
スライムを吹き飛ばしながら目的地へと走り続ける内に、少しずつ円内の様子も見やすくなってきた。
先ほど遠目で見たとおり、スライムが一体だけ中央にいるようだ。
「スララン! スララン! もし君だというのなら、大きく飛び跳ねて!」
円の中心に向かって声をかける。
中心にいるスライムは、僕の声に気付くと大きく飛び上がってくれた。
「よし! 待ってろスララン! いま行くから! おりゃあああ!」
気合を込め直し、襲ってくるスライムたちの波を吹き飛ばしながら円の中へと駆け込む。
スラランに声を掛けながら左腕を前に出すと、彼は僕の腕へと飛び上がってきてくれた。
「よし! 逃げるよ!」
スラランをしっかり抱き寄せつつ、元来た道へと体を向けると、スライムが氷の壁を乗り越え始めている様子が見えた。
そばにいるスライムたちも、僕たちに襲い掛かろうと身構えている。
飲み込まれる前に逃げなければ。
「襲ってこなければ攻撃はしない! 邪魔をするな!」
ナナが作ってくれた氷の道へと走りつつ、スライムたちに威圧をかけるも、彼らは僕たちに向かって飛び掛かってくる。
剣を握り直し、飛び掛かってくる彼らを斬り払う。
ここからは吹き飛ばす必要は無い。邪魔な奴は斬り倒すだけだ。
「うぐ……!」
襲いかかるスライムたちを倒しきれず、体当たりを受ける。
衝撃に怯んで足を止めてしまい、その隙を突いて背後からスライムたちが一斉に飛びかかってきた。
「まっず……!」
スライムの波に押し潰されそうになったその瞬間、天上がまぶしく輝くのと同時に、彼らの頭上にいくつもの火球が落下してきた。
地面に着弾したそれに驚き、スライムたちが散り散りになって逃げていく。
彼方にいるナナが、危機に陥る僕たちを見て炎の魔法を使ってくれたようだ。
「彼女も援護してくれている。一気に行くよ!」
怯まず襲い掛かってくるスライムたちを払い除けつつ、全力で氷の道を走り続ける。
峠は越えたのか、少しずつ彼らの姿が減ってきた。
「だああああ!」
剣を振るのも何もかもを忘れ、全力で疾走する。
あと少し、もう少しで――
「ソラさん! ソラさん!」
終点にたどり着くと同時に、ナナの声が耳に届く。
視界内にスライムたちの姿がないため、危機は脱出することができたようだが、すぐに追跡を止めてくれるとは限らない。
彼女がいる場所まで、速度を緩めずに走り続けることにした。
「はぁ! はぁ! うわわわ!?」
目的地にたどり着く直前で、足がもつれて倒れこんでしまう。
全力で走り、数多くのスライムたちと戦ったため、さすがに体力の限界だ。
「ソラさん!? すぐに治しますね!」
ナナが倒れ込んだ僕に駆け寄り、回復魔法をかけてくれる。
温かい息吹のようなものが流れ込んでくるのと同時に、少ないながらダメージを受けていた身体に力がみなぎってきた。
「これで大丈夫なはずです。痛みとかはありませんか?」
「うん、大丈夫。ありがとう、治療してくれて」
仰向けになりつつナナに感謝を伝える。
彼女は安心しきった表情をして、小さく首を横に振っていた。
「スラランは大丈夫? ケガはしてないかい?」
転んだ拍子にスラランを落としてしまったのだが、大丈夫だろうか。
周囲をぐるりと見まわすと、ぴょこんぴょこんと飛び跳ねる彼の姿を見つけた。
ケガどころか不調ですらないようだ。
「全く、心配かけて……。でも、無事でよかった」
スラランの元気な姿を見ていたら、怒る気持ちが無くなってしまった。
いまはお互い無事だったことを喜びたいところだが。
「よし、村に行って、村長さんやギルドにこのことを伝えよう! スライムたちを放っておくわけにはいかない!」
さすがにこの数のスライムは、僕たちだけでは対処しきれない。
服に着いた草をはたき落としながら立ち上がり、村に行くために歩き出したその時。
「そ、ソラさん! あれを見てください!」
ナナが悲鳴に近い声を発した。
何かと思い、彼女の視線を追うと。
「スライムが……! 合体しています!」
先ほどまでスライムの大群がいた草原。
そこには、巨大な姿に変化しようとする一体のスライムがいた。
スライムには合体して外敵と戦うものがいると聞いたことがあるので、驚くほどのことではなかったが、千に近い数のスライムたちが合体するなど前代未聞だ。
「合体というよりは、吸収しているように見えるね……。ほら、あそこに逃げようとしているスライムたちがいる」
巨大化していくスライムに自ら身を差し出すものたちの方が多いが、中には逃げ出そうとするスライムたちの姿もあった。
だが、スライムが巨大化していく速度には敵わず、彼らもまた飲み込まれてしまう。
「無理矢理か……。僕たちが襲撃してきたことで、アイツは焦ってしまったんだね」
なぜあそこまでのことをやろうとしているのかは分からない。
だが、非常に危険な状態であるということだけは分かる。
「ナナ。ここであいつを止めよう。村に行かれでもしたら大変なことになる」
「ええ、分かりました。いまの私で、出来る限りの本気でやらせていただきます」
放り投げておいたカバンからもう一つの武器――魔導書を取り出し、戦闘態勢に入る。
ナナも杖を手に握り、戦闘態勢を取った。
お互い、準備は万端のようだ。
「スララン、君はナナのそばにいるんだ。いいね?」
前に出て戦う僕ではスラランを守り切ることは難しいので、遠隔攻撃ができるナナのそばにいたほうが安全だろう。
彼もそれを理解してくれたらしく、ぴょんぴょんとナナの身体を飛び上がって肩の上へと移動した。
「準備は良いかい?」
「ええ、いつでも大丈夫です」
共にうなずき合い、深呼吸をして大きく声を張り上げる。
「魔法剣士ソラ! 行くぞ!」
あの日の悲劇、繰り返すものか。
魔法剣士――
剣と魔法、知識を用いて戦う剣士。
自己強化を行いつつの接近戦と、魔法を使いつつの遠距離戦を交えた戦いを得意とし、ありとあらゆる戦況に合わせて変化をしていく。
剣と魔法を混ぜ合わせた攻撃も可能であるため、戦闘においての適応能力は他の追随を許さない。