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戦いを終えて

「本当に、ありがとうございました!」

 巨大スライムとの戦いを終えた次の日の午後。


 僕とナナは戦いの跡地で、村長さんと冒険者ギルドのマスターを交え、昨夜の出来事を話していた。


「いえ、僕たちが巨大スライムを退治できたのはスラランのおかげです。この子が外に出かけなければ、スライムたちの存在にすら気付けていませんでした」

 説明しつつスラランの頭をなでると、彼は気持ちよさそうに体を揺らす。


 僕たちは彼の同族を大量に倒したというのに、これまでと変わらないどころか、むしろより強い信頼を抱いてくれていた。


「そのことなのですが……。スラランがスライムたちを呼びよせたということはないのでしょうか?」

 村長さんが警戒心を抱いた様子でスラランのことを見つめる。


 彼を家に置くと言い出してそれほど時が経っていないというのに、このようなことが起こるのであれば、警戒しないわけがないだろう。


「それはないと思います。私たちがスラランを見つけた時は、以前お話したようにスライムたちに取り囲まれていました。この子がスライムたちを呼び集めたのであれば、そのようなことにはならないはずです」

 スライムの大群を発見した時のことをナナが説明してくれる。


 それに加えて僕たちがスライムたちと戦いだしても、スラランは僕たちに何もしてくることはなかった。

 もしかすると、彼はスライムたちを止めるために一匹で出かけたのかもしれないが、言葉が分からない以上、真意もまた分からない。


「……そうですか、そういうことでしたらお礼を言わねばなりませんね。ありがとう、スララン。君のおかげでこの村は救われました」

 村長さんは僕の前に歩み寄り、スラランと目線を合わせてそう言った。


 お礼を言われたスラランは、ぴょんぴょんと村長さんの肩に飛び移り、嬉しそうに跳ねまわる。


「あの、不躾なことをお聞きしますが、スラランをこの村に置くことについてはどのようにお考えでしょうか……」

 スラランが行動してくれたおかげで、僕たちは危機を未然に防ぐことができた。


 彼にこの村への居住許可を与えても良いと思うのだが。


「その件についてですが、保留とさせてください。私たちに危害を加えない存在であると、まだ確信に至っていませんので」

「そう、ですか……」

 これまで村を守ってきた村長さんの決定なので、僕たちに反論できることはない。


 しかしその決定は、スラランと共に戦った僕たちにとっては認めきれないものでもあった。


「そのようなお顔をしないでください。スラランが一生懸命行動したことは私も理解しましたから、諦めず、彼のことを信じ続けてください。私も、今回の活躍を村の者たちに伝えておきますから」

「……わかりました」

 スラランの家族である、僕たちがしょぼくれている暇はない。


 村の人々もこの子も、共に安心して暮らせるような手立てを考えなければ。


「ソラさん。アマロ村冒険者ギルドの総括として、そして、冒険者ギルドを代表してお礼申し上げます。危機を未然に防いでいただき、ありがとうございました。謝礼として報奨金の贈与と、ソラさん宅の修理援助を行いたいと思います」

 ギルドマスターも村長さんと同じように頭を下げ、感謝をしてくれた。


 魔法の研究費用でかなり持っていかれてしまうので、報奨金が出るのはありがたい。

 だが、自宅の修理まで手伝っていただいても良いのだろうか?


「最悪、アマロ村は壊滅していた可能性もあるのです。本音を言えばもっとお礼をしたいところなのですが……」

「無理はしないでください。まだまだ新興の組織なんですし、組織外の人物ではなく、内部の拡充にお金を使ってください」

 大きくなっていかなければいけない組織だというのに、外部の者に資金を使いすぎて内部の強化ができないのでは本末転倒だろう。


 魔法の実験をしているがために常に資金が出ていく状況のため、もっと欲しいという思いも確かにあるが、ここは我慢だ。


「その代わりと言ってはなんですが、これからはソラさん専門のギルドマネージャーを配属しようと思っているのですが、いかがでしょう?」

「僕専門のギルドマネージャー……ですか?」

 ギルドマネージャーは、ギルド本部から送られた依頼を纏める仕事や、逆に各地で発生した事案を本部に送る役目があったはず。


 僕とは特に関係がないと思うのだが。


「ソラさんたちが行っている作業の、支援を行う者と考えて頂ければ。何か作業に必要な物がある時や、ギルドと何か会議を行いたい場合でも、その者に話を通して頂ければすぐに対応ができるようにと」

 つまりは僕たちと、冒険者ギルド間の橋渡しをしてくれる人物を用意してくれると。


 資料の確認等でギルドに向かうことは多々あるはずなので、それらを一手に扱ってくれる人がいるのはありがたいが、僕だけで決めるのは良くないだろう。


「お気遣いありがとうございます。どうしよっか?」

「そうですね。私たちのお家からギルドまで距離もありますし、資料を持って往復するのも大変ですから。お願いしちゃいましょう!」

 ナナとギルドマスターを含めた簡単な話し合いの結果、件のギルドマネージャーを雇い入れることにした。


 本部への申請が必要とのことで、到着は速くても数週間はかかるとのことだ。


「それでは、私はここでお暇致します。ソラさん、ナナさん。本当に、ありがとうございました」

 ギルドマスターは僕たちに向けて会釈をすると、速足でアマロ村へと戻っていった。


 この後、巨大スライム関連の報告書を作成するのだろう。


「私たちもそろそろ村へと帰ろうと思います。ユール! 帰るとしよう!」

 村長さんは僕たちから目を離し、スライムたちの氷像が残る丘に視線を向ける。


 そこではユールさんが、一つの氷像にロープを括りつけようとする姿があった。


「待ってくださいおじい様! いま、スライム像を運ぶ準備をしているので……!」

 どうやら、スライムの氷像を自宅に持って帰ろうとしているようだ。


 大人の男性でも一人で運ぶのは不可能な重さだと思うのだが、どうやって引っ張っていくつもりなのだろうか。


「その氷像、いつかなくなっちゃうよ」

 ユールさんに近寄りながら、スライムの氷像について説明をする。


 スライムは一度凍り付いてしまうと、元の柔らかい体に戻れなくなってしまう。

 氷が解けてもただの水となってしまい、大地へ流れてしまうのだ。


 実際、ナナがスライムたちで作った氷の壁は、既に跡形もなくなってしまっている。

 形が残っている大スライムの氷像も、あちこちからしずくが零れ落ちていた。


「そんなぁ……。氷を解かせられれば、大きいスライムを飼えると思ったのに……」

 僕の説明を聞いたユールさんは、誰が見ても分かるほどに肩を落としていた。


 そんな彼女を慰める村長さんと、落ち込み切った様子で歩き出すユールさん。

 日が沈み始めた草原を去っていく二人の姿が、印象的だった。


「ふぅ……。まだまだやるべきことはいっぱいあるけど……」

 スラランを手から降ろし、まぶたを下ろしながら大地に背中を付ける。


 明け方近くまでスライムたちと戦っていたことに加え、ギルドマスターと村長さんを交えての報告会を行えば、眠気が襲ってこないわけがない。

 家に帰って休んではいたが、とても足りてはいなかった。


「君も少し眠ったら? あまり寝てないでしょ?」

 傍らでスライムの氷像を見つめているナナに、草原に寝転ぶよう勧める。


 だが、彼女が大地に腰を下ろす様子は無かった。


「……何か、不安でもあるのかい?」

「まだ、戻ってこないなって思ってしまって……」

 か細く、とても小さくナナはつぶやく。


 頭を動かして彼女の瞳を見つめると、そこには悲しみの光が灯っていた。


「大丈夫だよ。君はちゃんと戦えていた。確実に戻ってきているから」

「……」

 ナナからの返事はなかったが、それも無理からぬことではある。


 僕にできることは彼女に寄り添い、共に歩むことだけだ。


「モンスターの調査を利用して、いろんな場所に行こう。色々知って、色々見よう。そうすれば、失った君の魔法を取り戻す方法もきっと見つかるから」

「魔法の研究も終わらせないといけませんしね……」

 だから、こんなところで悲しみに暮れている暇はないのだ。


 歩き続けなければ、先逝く者たちの覚悟を踏みにじることになるのだから。


「話は変わるけど、結局あのスライムたちは何だったんだろうね?」

 このまま同じ話を続けても、お互い苦しくなってしまうだけ。


 それよりかは、昨日の出来事でも話した方が気分も落ち着くだろう。


「私は……。あのスライムたちは、怯えていただけではないかと思いました」

「怯えていただけ? 僕たちに襲いかかってきたのに?」

 スライムたちが怯えていたのなら、みんな揃って逃げ出してしまうのではないだろうか。


 ナナの考えが理解できず、聞き返してしまう。


「あの時、巨大スライムは私たちを全力で排除しようとしていました。逃げようとしたスライムたちもいたのに、その意思を問わずに強制的に。そこまでする必要があったと思えないんです」

 巨大スライムが出現した時の様子を脳裏に浮かべる。


 大きくなっていくスライムに対し、あの場から逃げようとするスライムたちは確かにいた。

 本当に村や僕たちを襲いたかったのなら、全ての個体が自ら飲み込まれていくはずだ。


「スライムたちは、生きようとしていたんだと思います。生きるためにここまできて、生きるために戦ったものと逃げたものに分かれた。そう思ってます」

 ナナは僕のそばに歩み寄り、静かに腰を下ろす。


 そばで跳ねまわっていたスラランも彼女の肩へと飛び乗り、そこで落ち着いた。


「でもそれだと、スラランが攻撃されていた理由が分からないんじゃないかな」

 スライムたちが逃げてきたと言うのなら、スラランも同様に逃げてきたのではないだろうか。


 仮にこの地に元から住んでいた個体だとしても、攻撃される理由が見当たらない。


「これも私の推測ですが、村を襲って外敵のいない場所を作りたいと思っていたスライムたちがいたのではと考えています。スラランはそれに反対した、だから攻撃されたのではないかと」

 自分たちの命を守るために、安心するために、スライムたちは戦おうとしていたということか。


 アマロ村を襲おうとした可能性がある以上、安全を守るために僕たちは彼らと戦わなければならなかった。

 しかし彼らもまた、僕たち同様に安全を求めていた可能性があった。


 共に住むことはできないだろう。けれど、住み分けならできたかもしれないのに。

 僕はあのスライムたちのことを理解できていなかった。いや、ナナの話を聞くまで理解しようとすらしていなかったのだ。


 起き上がり、持ってきていた図鑑の見本をカバンから取り出し、ページをめくる。


「僕は図鑑作成の依頼を聞いて、モンスターを退治することだけを目的とした図鑑を作ろうと思っていた。けど、それは正解じゃない。もちろん大事なことではあるけどね」

 見本を開いたまま立ち上がり、スライムたちの氷像を見つめる。


 僕たちが図鑑に記していくべきなのは――


「退治するためだけの図鑑は――きっと必要ない。誰もがモンスターを知ることができ、いざというときには身を守ることができる。そんな図鑑が必要なんだ」

 モンスターを容易に退治できるようにすることも、間違いではないだろう。


 だがそうなった先の終点は、モンスターたちへの迫害に至るのではないだろうか。


「五年前の苦しみを誰にも味わわせたくない。けど、モンスターたちにもその苦しみを感じてほしくない」

 我ながら欲張りな願望を抱いてしまったものだ。


 だが、その願望を抱き続けた結果、五年前の悲劇を二度と起こさずに済むのだったら。

 それが僕にできる償いですよね、ケイルムさん。


「僕だけじゃ、そんな図鑑は絶対に作れない。ナナ、君の力が必要なんだ。手伝ってくれるかい?」

 ナナに右手を差し出すと、彼女は頬をふくらませながら僕の手を握ってくれた。


「以前言いましたけど、ソラさんのやることは私のやることです。同じことを言わせないでくださいよ」

「ふふ、そうだったね。改めて聞くことじゃなかったか」

 立ち上がったナナと顔を見合わせ、微笑み合う。


 スラランもお互いの肩の上を飛び交い、協力すると言ってくれているようだ。


「スラランも手伝うってさ。これは頑張っていかないといけないね」

「ですね。じゃあ、私たちも帰りましょう。しっかり休んで、モンスターの調査に備えないといけませんからね!」

 この道が人とモンスターを繋げ、新たな領域へと至ると信じながら。


 僕たちは一歩を踏み出した。

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