「よ~っし! 今日から本格的に調査を始めるぞ!」
巨大スライムと戦った、次の週の朝。僕は意気揚々と出かける準備を行っていた。
目的は当然ながら、各種モンスターの生態調査だ。
「ふふ、元気いっぱいですね。今日はお薬を作らなくてはいけないので、お手伝いはできません。その分、応援してますね」
「ありがとう。僕も頑張って調べてくるよ」
キッチンで調理器具を片付けるナナに返事をしつつ、玄関に向かう。
するとスラランが、カバンをかけているのとは反対側の肩に飛び乗ってきた。
「スララン、ソラさんはお仕事だから邪魔しちゃダメだよ。お片付けが終わったら、私と一緒にお散歩に行こうね」
ナナに注意をされたスラランは、少しだけ落ち込むような様子を見せたものの、わがままを言うことなくリビングに戻っていく。
巨大スライム事件が終わったからか、彼は無理に外に出かけようとしなくなった。
あの日、夜間に一匹で出かけていったのは、スライムたちを説得するためだったという考えは間違っていないのかもしれない。
「じゃ、行ってくる。お昼前には一旦戻ってくるよ」
家族に手を振り、玄関から外に出る。
見上げると、青い空にいくつかの白い雲が浮かんでいた。
視線を草原へと向け、目的のモンスターが居る場所を探す。
「スライム、スライム……。どこに居るのが多いかな」
あちこちにスライムらしき影があったが、最も数が集まっているのはアマロ湖のようだ。
数が多い方が情報を集めやすいので、まずはそこに向かうのが良いだろう。
「今日は暑いなぁ……。スライムたちはこの日差しの中で辛くないのかな……」
家を出てからほとんど時間が経っていないのに、額からは汗が噴き出てくる。
体のほぼすべてが水でできているスライムたちは、熱波に当てられてその体が煮立つということはないのだろうか。
「そういうのもあるから水場を好むのかな。いつでも水が補給できるように」
こういうことも調べていくべきなのかは分からない。
だが少なくとも、着任予定のギルドマネージャーの方との話し合いを進めていくために、多くの情報を集めておいた方が良いのは確かだ。
「よし、この辺に拠点を作って調査を開始しよう。あまり近くに作りすぎて、いたずらされても困るしね」
カバンを草地に置き、中からシートや折り畳み式のテーブルを取り出す。
風で飛ばされないよう、周囲に落ちている大きな石を重りとして使い、メモとペンをテーブルに用意すれば調査準備は完了。
急造でしかないが、自宅周辺に住まうモンスターを調べる程度であれば問題はない。
「準備完了! さて、スライムたちはどこに行ったかな?」
首をぐるりと回してアマロ湖周辺の様子をうかがうのだが、近場からスライムたちの姿が無くなっていた。
家を出た時には、湖のほぼ全域に彼らの姿があったのだが。
「移動されちゃったかな……。せっかく拠点を作ったんだけど……」
スライムたちの姿を見つけることはできたが、彼らは湖から離れた場所に移動していた。
作った拠点からかなり距離ができてしまうが、片付けてから向かうよりはこのまま向かった方が良いだろう。
「さっきまであちこちにいたはずのスライムが、ほとんどいなくなっちゃうなんて……。様子を見ながら拠点を作るべきだったかな」
反省しつつスライムたちの元へと歩き出すのだが、目的地の半分まで歩いたところでさすがにおかしいと気付く。
スライムたちが、再び移動を開始する様子を目撃してしまったのだ。
「スライムたちが、また……?」
しかも今度は、群れがバラバラになるようにして移動をしている。
さすがにこれ以上移動されてしまえば、拠点を作った意味が無くなってしまう。
追いかけるのは止めておこう。
「せっかくスライムの集団を見つけたのにな……。まあ、他にもスライムは居るはずだし、別の場所に探しに行くだけかな」
拠点がある方向へと戻りつつ、標的を探し続ける。
しばらく歩いていると、ようやくスライムたちの姿を見つけることができた。
今度は身を潜めつつ、彼らに近づくことにしたのだが。
「あれ? またどこかに向かって移動してく……。さすがにこれはおかしいな……」
僕が近づくと、スライムたちは移動を始めてしまう。
三度も同じ行動を取られてしまえば、心に浮かんだ違和感は認識へと変化していく。
「もしかして、避けられてる……? なんでだ?」
僕たちが巨大スライムを倒したせいだろうか。
それならスライムたちが僕から逃げていく理由が分かるが、少し近付いただけでここまで避けられるのはさすがにショックが大きかった。
「これじゃあ、スライムたちを調査するのは無理だな……。仕方ない、他のモンスターの調査に切り替えよう」
この草原には、スライム以外にもいくつかのモンスターたち住んでいる。
若干危険性があるモンスターもいるが、一種だけの調査にこだわって一日を潰すよりかはずっといいだろう。
「あそこにいるのはウルフェンか……。僕一人だけだし、攻撃されないように注意しないとな……」
警戒をしながら、小型の四足獣のモンスターに近づく。
案の状、追いかけまわされるはめにはあったが、彼らの戦闘力と生態の情報を集めることには成功するのだった。