「ウルフェンの情報、思ったよりたくさん集められたなぁ。情報の精査と選別をしてから資料を作り始めて……。それから次は……。ハァ……」
穏やかな風が吹き渡る草原にて。僕は調査拠点で一休みしつつ、集めたモンスターの情報を確認していた。
身を張っただけあり、多くの情報を集めることには成功したものの、これらはいまだ正確とは言えない情報。
何度か調査を繰り返し、精度を引き上げていかなければならないのだが、それは再び危険へ近づく必要があるということ。
戦闘に慣れた僕はともかく、ナナまで危険な目に合う可能性を思うと、少々気が重い。
しかし、モンスター図鑑の完成はたった一人で達成できるものではなく、他者の意見も重要となりうるため、連れ立っての調査をする必要はあるだろう。
彼女以外にも信頼できる人を見つけ、共に調査をする仲間を増やしていくことも一考した方が良いかもしれない。
「この辺りも、ギルドマネージャーさんと話し合いをしていかないと。さて、主目的のスライムだけど――近くに戻ってきてないか……」
くるりと周囲を見回してみるも、肝心のモンスターの姿はない。
しばらく時間を置けばとも考えたが、むしろ状況的には悪化したと言っても良さそうだ。
「昼にはまだ少し早いけど、今日はこれで終わりかな……。目的からはそれちゃったけど、必要となる情報は取れたわけだしね」
太陽は頂点にたどり着いていないが、これ以上モンスターたちの情報が得られる可能性はないと判断したため、帰宅することに。
拠点の荷物を片付けてカバンに詰め込み、自宅への上り坂を進んでいく。
歩みながら背後へと振り返るも、やはりスライムの姿は見当たらなかった。
「ただいま。ハァ……」
家の扉を開き、中にいる家族たちに帰宅を告げる。
ナナが出迎えてくれたが、ため息を吐いた僕に心配そうに声をかけてきた。
「お帰りなさい。どうしたんですか? 暗い顔をして。うまく情報を得られなかったんですか?」
「そうなんだよ……。スライムたちが近寄らせてくれなくてね……」
リビングに進みながら草原での出来事を説明すると、ナナは考え込むような仕草を取り、水を飲んでいるスラランのことを見つめた。
何か彼関連で気になることがあるのだろうか。
「実は先ほど、スラランと一緒に家の近くを散歩していたのですが、スライムを見かけたんです。巨大スライムのこともあったので様子を見ようと近づいてみたのですが、即座に離れて行ってしまって……」
「そうなのかい? 僕だけでなく、君たちの方でもそんなことがあったなんて……」
スライムたちは、僕たちに恐怖を抱いたと判断してよさそうだ。
大量のスライムを倒し、巨大なスライムをも倒した存在となれば、スライムたちにとっては悪魔のような存在に見えるはず。
先んじて移動を開始するのは、自らを守るためだったのだろう。
「普通の人ならそれでもいいんですけど、私たちにはモンスターの図鑑を作る役目がありますからね……。このままだとスライムの情報が集められないことに……」
「他人に聞くのもありなんだけど、可能な限りそれは避けたいんだよね……。疑念を抱かれると、そこからモンスター図鑑のことがバレかねないし」
モンスターのことを深掘りしてくる人物など、どう考えても怪しいだけ。
情報収集に長けた人物であれば、ちょっとした疑念からモンスター図鑑にたどりつかないとも限らない。
他者に聞くのは最後の手段とした方が良いだろう。
「とりあえず、スライムたちを刺激しないように午後の調査は止めておくよ。明日になったら、いつものスライムに戻る可能性もあるし」
「私も、次の調査はついていきますよ。ソラさんよりは逃げられにくいかもしれません」
ナナも巨大スライムを倒した一人なので、怯えられる可能性はあるだろう。
既に彼女の方でも逃げられているようなので望みは薄いが、試せることは試さなければ。
「じゃあ、今度はみんなで調査に行ってみようか。それでダメだったら……。どうしたもんかなぁ……」
ナナとの話し合いの結果、明日、改めて再調査をすることに。
この日は集めてきた資料のまとめを行い、一日を終えるのだった。
●
「調査拠点の設置は完了っと。スライムたちに動きは無いかい?」
「大丈夫です。いまのところ彼らが動き出す様子はありません」
翌日。僕とナナにスラランは、スライムの調査のために草原へと出ていた。
彼らに気付かれずに設営を終えられたことには一安心。
次の問題は、接近を許してもらえるかどうかだ。
「それじゃ、調査開始と行こうか。まずは君が近寄ってみるんだったよね?」
「ええ。スライムたちが逃げ出さないか確認してきます。大丈夫そうだったらそのまま情報を集めてきますね。では、行ってきます」
ナナは拠点に置かれているメモとペンをカバンに入れ、単身でスライムたちの元へと向かって行った。
その間、僕とスラランは拠点で留守番だ。
「ここでじっとしているだけじゃ面白くないだろうし、スラランも遊んできたらどうだい? 遠くに行くのだけはダメだけどね」
スラランに遊んできていいと勧めたのだが、彼は拠点から動き出さずに僕の顔をじっと見上げていた。
なるほど、これは――
「……一緒に遊ぶかい?」
カバンから、スラランの遊び道具であるボールを取り出す。
予想通り、彼はそれを見ながら大きく飛び跳ねた。
「ナナが作業中だから長くは遊ばないよ? 彼女に悪いしね」
ボールを強く握り、空に向かって放り投げると、スラランは飛び跳ねながらボールを追いかけていった。
彼は落下地点に先回りし、じっとボールが落ちてくるのを待ち続ける。
「お! 上手、上手!」
ボールが地面に落ち、跳ね返ったタイミングを狙ってスラランがそれに向かって体当たりをする。
軌道は大きく変わり、僕に向かって跳ね返ってきた。
「もう一回行くよ! それ!」
受け取ったボールを今度はさらに高く、遠くに向かって放り投げる。
スラランは同じように落下地点に入り、ボールを跳ね返してきた。
それを何度か繰り返している内に楽しくなってしまい、本業が頭の片隅から抜け落ち始め――
「楽しそうですね……」
「うわあああ!?」
背後から聞こえてきたナナの声に驚き、ボールを投げそこなってしまう。
見当違いの方向に飛んで行ってしまい、スラランは慌てて追いかけて行くのだった。
「お、思ったより戻ってくるのが早かったね……。え、えっと……。遊んでてゴメン……」
ナナに全てを任せ、僕たちだけで楽しく遊んでいたことを謝罪する。
だが、彼女は怒るどころか気を落とした様子を僕に見せた。
「別に遊んでいても構いませんよ……。私は何もできませんでしたから……」
「何も……? もしかして、君も……?」
コクリとうなずくと、メモ帳を僕に差し出してくる。
それを受け取って中を確認するも、昨日の調査から内容が全く変化していなかった。
「ナナでもダメか……。スライムたちは君の姿を見た瞬間に逃げ出していったのかい?」
「はい……。私の姿を一瞥しただけで逃げてしまいました……。あそこまで避けられるとさすがにショックです……」
僕と同じ気持ちを、スライムたちに味わわされたようだ。
彼らにこうも避けられるとなると、調査ができなくなってしまうのだが。
「……どうしようか?」
「……どうしましょう?」
ボールを拾って戻ってきたスラランが、僕とナナの顔を交互に見上げている。
僕たちのモンスター図鑑作りは、早速暗礁に乗り上げてしまうのだった。