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スラランへのお仕事

「スラランはプニプニだね~。どうしてこんなにプニプニなのかなっと」

 スラランを指で挟みこむように持ち上げ、頬と思われる部分を優しくつまむ。


 彼もまんざらでないらしく、気持ちよさそうにされるがままとなっていた。


「現実逃避しながらスラランと遊んでるだけじゃダメですよ。モンスター図鑑用の資料を作らないと、ギルドマネージャーさんが着任された時に大変です」

「分かってはいるけど……。スラランから集められる情報だけでは、とてもじゃないけど足りないなぁ……。外のスライムをどうにか調査したいけど、逃げて行っちゃうし……」

 巨大スライム事件が解決し、本格的に調査を始めようと思った矢先のこと、僕たちの姿を見た瞬間にスライムたちが逃げ出すという問題に見舞われていた。


 こうなった理由は見当がついているのだが、解決案が見いだせないという状態だ。


「私たちは巨大スライムを退治したわけですからね……。スライムたちから見たら、恐怖を抱く対象になってしまうのは当然ではあるんですけど……」

 スライムたちの恐怖を取り除かないことには、調査すらまともに行えない。


 このままでは情報を集められず、僕たちの目的も遠ざかってしまう。


「何かスライムたちの信頼を得られる方法があればな……。スララン、何か知らないかい?」

 スラランを揉むのをやめてテーブルの上に移動させ、彼に質問をする。


 だが、彼はぴょんぴょんと飛び跳ねるだけで、何が言いたいのか分からなかった。


「彼らの好物をあげて気を引くのは良くないしなぁ……」

「かといって、他に方法も分かりませんしね……。どうするべきなんでしょうか……」

 スライムに詳しい人がいれば何か聞けるかもしれないが、そんな人物を僕たちは知らない。


 スライムが好きな人であれば知っているのだが。


「一か八か、ユールさんに聞いてみるかな。でも、いきなりスライムのことを質問されて疑念を持たれたりしないかな?」

「その可能性が無いとは言えませんけど……。何もできないまま止まっているよりかは、多少のリスクを負ってでも行動するべきだとは思います」

 確かに、ここで止まっていても何の意味もない。


 この狭い村内だけであれば、モンスター図鑑のことがバレてもそれほど問題にはならないはず。

 ここは動くべきなのだろう。


「よし、分かった。ユールさんにスライムのことを聞いてみよう。背中を押してくれてありがとね」

 ナナに感謝を述べつつ椅子から立ち上がる。


 決まったのであれば行動あるのみ。早速ユールさんの元へ向かうとしよう。


「私も行きますよ。準備してきますので少し待っていてください」

 どうやらナナもついてきてくれるようだ。


 まだ薬の生産も終わりきっていないというのに、こんなことにまで労力を割く必要は無いと思うのだが。


「もしかしたら、また大きな問題に繋がってしまうかもしれないじゃないですか。いざという時に即座に対応できるよう、一緒に行動した方が良いと思いまして」

「確かにね……。よし、分かった、一緒に行こう。スラランもこっそり連れて、ね」

 ぴょこんぴょこんと飛び跳ねて喜ぶスラランを連れ、僕たちはアマロ村へと向かうことにした。


 やはりスライムたちは、こちらを見つけると即座に離れた場所へと移動してしまう。

 例え解決法を見いだせたとしても、僕たちではこの状況を打破するのは難しいかもしれない。


 そんなことを考えながら草原を歩いていると、いつの間にか村の門をくぐり、村長さんの家の前へとたどり着いていた。


「すみません、ソラです。ユールさんはおられるでしょうか?」

 玄関の扉を叩き、中にいるはずの人物たちに声をかける。


 時刻はスラランを始めて連れてきた時と同じなので、村長さんたちに用事が無ければ在宅のはずだ。


「こんな短期間で村長さんの家を再訪することになるとはね。いままでは道すがらに挨拶するくらいだったのに」

「ユールさんがスライム好きってことすら知りませんでしたからね。でも、スラランを家族に加えたことでそれを知り、こうして知識を頼ることができるんですから不思議なものです」

 扉が開かれるまでの間に、ナナとここ最近の巡り合わせについて話をする。


 何かが少し違っていれば、このようなことにはならないはず。

 縁とは本当に不思議なものだ。


「縁と言えば、ソラさんと一緒に暮らすこともなかったかもしれないんですよね……。いまの生活は楽しいですけど、それでも少しだけ違っていればって考えてしまいます……」

「それは僕だって同じさ。でも、過去を思い返すだけでは何も変わらない。ほんの少し先でもいいから、未来を見て歩かないとね」

 僕たちには未来がある。絶対に手放したりするものか。


 それにしても、玄関が開かないどころか返事すら返ってこないが、聞こえなかったのだろうか。


「……返事がないですね。どこかにお出かけされているのでしょうか?」

 ナナが再び扉にノックをしてくれたが、声が帰ってくることはなかった。


 どうやら、村長さんもユールさんも留守のようだ。


「しょうがない。村を軽く回って彼女たちの姿が無いか探してみよう。見つからなかったらまた明日にでもスライムのことを聞きに――」

「スライム? いま、スライムって言いました!?」

 突然、背後からユールさんの嬉しそうな声が聞こえてくる。


 二人して驚きつつ振り返ると、そこには目的の人物たちの姿があった。


「これ、ユール。挨拶もせずにはしたない。申し訳ありません、ソラさん、ナナさん」

 ユールさんを咎めつつ、僕たちに謝罪をする村長さん。


 そんな彼に対し、僕たちも突如訪れたことを謝罪し、簡単に経緯の説明をした。


「なるほど、ちょうど我々もスライム関連で相談したいことがあったのです。詳しいことは家の中でお話すると致しましょうか」

 そう言うと、村長さんは鍵を取り出して玄関の扉を開いた。


 招かれるがまま玄関をくぐり、リビングにある椅子へと腰を下ろす。

 荷物の片付けが終わり、村長さんたちの話が始まるまで、僕たちは静かに待ち続けた。


「お待たせして申し訳ありません。どうぞ、お菓子をつまみながらでも」

「ありがとうございます。それで、お話したいこととは?」

 テーブルにお菓子とお茶が置かれるのを横目に見つつ、話を切り出す。


 このタイミングでスライム関連の話をされるのであれば、聞かない理由がない。


「先日の巨大スライム事件を受け、私とユール、それと少数の村の者を連れて村周辺の調査を行いました。巨大スライムに触発され、不自然な動きをするモンスターが居ないとも限らないので」

 なるほど、村長さんも独自で調査を行っていたのか。


 だが、ここでその話が出てくるということは、不自然な動きをするモンスターが居たということになる。


「先ほどソラさんがおっしゃられた通り、私たちもスライムから逃げられるようになりました。攻撃を受ける危険が減るので良いことではあるのですが、先日の件があった後です。何かよからぬことを考えている可能性もありますので」

 確かに、あんな事件があった後に不審な行動を取られれば不安にもなる。


 スライム事件は、まだ終わりを迎えていなかったということか。


「つまり、残存したスライムたちを調査したいということですね。ですが、僕たちもスライムから逃げられてしまうんです。まずそれをどうにかしないことには……」

 巨大スライムを倒した僕たちだけでなく、村の人たちからも逃げてしまうとは。


 スライムは、人そのものに恐怖を抱いてしまったと見た方が良さそうだ。


「ええ、私たちでは怯えさせてしまうだけ。ですが、同族であれば? 我々人を恐れぬどころか、友好的なスライムがいるではありませんか」

「それって……」

 テーブルに乗り、お菓子を見つめるスラランに視線を向ける。


 彼がスライム問題を解決するカギということだろうか?

 だが、それは――


「スラランは人と暮らしているスライムです。野生のスライムが人を恐れる以上、スラランは余計に排斥されるだけだと思いますが……」

 スラランであればスライムに近づくことができるかもしれないが、拒絶されないとは言えない。


 もしも彼が攻撃され、僕たちが助けに出てしまえば、スライムたちはなおのこと怯えてしまうだろう。


「私も、この作戦が上手くいく可能性はかなり低いものと考えております。それでも私は、スラランに手伝っていただきたいと考えています。村民を守るためにも、元とはいえ、彼の仲間たちを守るためにも」

 村長さんは、村人たちだけでなくスライムたちも守りたいと考えているようだ。


 古くからこの地に住むもの同士、思うところがあるのかもしれない。


「……ユールさんも同じ考えですか?」

 部屋の隅で僕たちの話を聞いていたユールさんにも声をかける。


 当然はいと答えると思ってはいるが、彼女の意思もきちんと聞いておきたい。


「スライムたちが居なくなってしまえば、スライムたちをプニプニするという私の夢が潰えてしまいます。私も、彼らを守りたいと思っています」

 ユールさんからは、想像以上の言葉が返ってきた。


 夢を叶えるためにスライムたちを守るという動機が許されるのであれば、僕たちがモンスター図鑑を作成したいという動機で行動するのも、間違いではないだろう。


「スライムたちから信頼を得ることで、巨大スライムの出現等の問題が起こらないようにできるかもしれませんしね。人とスライムたちが新たな関係を築けるよう、協力させて頂きます」

 隣に座るナナに顔を向けると、彼女も力強くうなずいてくれた。


 二人だけではどうにもできなかったが、村長さんたちの協力もあれば問題を解決できるはず。

 村のためにも図鑑のためにも、そしてスライムたちのためにも、必ずや解決法を見つけよう。


「ありがとうございます。それと同時に、謝罪をさせて頂きます。スラランには村に住む許可を与えていないというのに、体よく彼を利用してしまい申し訳ありません」

「いえ、村長さんの行動は何も間違っていませんよ。僕たち以上に責任ある立場なんですから、頭は下げないでください」

 今回の問題が解決に至れば、スラランを村に置く許可を貰えるかもしれないので、反対する理由は最初からない。


 まあ、不満がないと言ったらウソにはなるが。


「そう言っていただき、ありがとうございます。では肝心の作戦ですが、ここからはユールが変わって説明を致します。ユール、よろしく頼むよ」

「はい! お任せください!」

 席を立つ村長さんの代わりにユールさんが椅子に座り、一枚の大きな紙をテーブルに広げていく。


 どうやらアマロ村周辺の地図のようだ。


「まず、村周辺の状況について説明をさせて頂きます。現状、巨大スライムの影響によるモンスターたちの異常行動は、スライムたちだけにしか見られません。ですので、今回の作戦はスライムたちだけに目を向けて頂ければ問題ないと考えております」

 僕もスライム以外のモンスターの様子を調べたが、特に異変はないと思っている。


 ユールさんたちも同じ結論に至ったのであれば、他に目を配る必要はないだろう。


「で、肝心のスライムたちの居場所なんですが、アマロ湖周辺に集まることが多いようです。他の場所にもいるにはいるんですけどね」

 スライムたちは特に水分を必要とする生物なので、水場の近くにいることになんら違和感はない。


 人もよく近づくアマロ湖で、比較的に人に慣れているはずのスライムたちですら逃げ出してしまうことの方が問題だ。


「まずは、なぜそこまで人を恐れるのか、その理由を知る必要があると思います。多分、ソラさんたちが巨大スライムを退治しただけが理由ではないと思うんですよね」

 恐れるのであれば、巨大スライムを倒した僕たちだけでよいはず。


 無関係の人たちにまで怯えるのはおかしなことだ。


「その理由をスラランに調べてきてもらい、僕たちが何かしらの対処をすると」

「はい。スラランを危険にさらすわけですので、本当は嫌なんですが……。こういったこととには縁がない私たちです。どうしても他の作戦が思いつかなくて……」

 ユールさんは苦々しげに顔を歪めていた。


 スラランを利用する形の作戦しか思いつかないことが悔しいのだろう。


「スラランの安全を守れないこともそうですが、スライムたちの言葉は僕たちでは分かりません。複雑な事情があったりすると理解ができないのでは?」

 スラランは僕たちの言っていることを理解している節があるが、僕たちは彼の行動から何となく読み取る程度しかできない。


 例え彼が問題なく情報を集めてこれたとしても、言葉の意味が分からないことにはどうしようもない。


「その点に関しては、考えがある――とは言い難いんですけど……。スラランに何か質問をし、それに対して何か反応をしてもらうんです。それを繰り返せば、いずれ正しい形が見えてくると考えています」

 つまり、質問と推理を繰り返して答えを探していくと。


 あまり悠長な行動をするわけにもいかないが、何も情報が無い以上、地道にやっていくしかないのは確かだ。


「どうしても荒はあると思いますが、どうでしょうか?」

 調査をし、解決に向けて行動するという作戦は悪くない。だが、その作戦を実行中のスラランの安全を守る方法がない。


 さて、この作戦をどう修正したものか。


「アマロ湖のスライムたちであれば情報は得られるかもしれませんけど、その分危険は高まるんですよね……。たくさんのスライムたちに囲まれるとなると、スラランも怖いと思いますし……」

 相手はかなりの数のスライムなのに対し、僕たちの味方はスラランしかいない。


 向こうと同じように、こちらにも仲間がいれば――


「仲間……。スララン、君には仲の良いスライムとかいなかったの?」

 僕の質問を聞き、スラランはこちらに正面を向けると大きく飛び上がった。


 この反応を見せるということは、心当たりがあるということだ。


「村長さん、ユールさん。何か書くものと紙を頂けないでしょうか?」

「え、ええ。構いませんが……。ユール、ソラさんにペンを」

「はい、分かりました」

 ユールさんがペンを持ってくる間、この案が正しいかどうか脳内で精査する。


 腕を組んで考えこむ僕の様子を見て、ナナが質問をしてきた。


「何か思いついたんですか?」

「うん。うまくいけば、スラランを大きな危険にはさらさずに、スライムたちから情報を得られるかもしれない」

 僕の言葉を聞いた村長さんの口から感嘆の声が漏れる。


 同時に、落ち込む様子を見せていたユールさんが一瞬で元気になり、席へと戻ってきた。


「本当ですか!? スラランがケガをせずに済むのであれば、それが一番です! どんな方法なんですか!?」

 豹変ぶりにうろたえつつも、差し出されたペンと紙を受け取って作戦の概要を口にする。


「スライムの仲間を増やすというのはどうでしょうか?」

 作戦会議はまだまだ続く。

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