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スライム友達大作戦

「なるほど。スラランの友達スライムをこちらに勧誘し、スライムたちの意志が変化するように促していくと。やってみる価値はありそうですな」

 説明を聞き、村長さんは大きくうなずいてくれる。


 どうやら納得は得られたようだ。


「人ではなく、スライムの仲間を増やす、ですか……。みんな、プニプニさせてくれないかなぁ……」

 ユールさんは窓に顔を向け、ぼんやりとしていた。


 一人だけ違う目的に考えが移行してしまったようだが、放っておこう。


「人がそれぞれ違う思想を持つように、スライムたちも各々で違う考えを持っている。巨大スライムの時に、私たちは目の当たりにしましたもんね」

「そういうこと。人と友好的な関係を持ちたいと思っているスライムは、きっといるはずなんだ。そこから輪を広げて行けば、多分うまくいくよ」

 スライムたちとの戦いの際、彼らは僕と戦おうとしたものと逃げ出そうとするものに分かれていた。


 ならば、こちらに迎合する意思を見せるスライムもいなければおかしいのだ。


「問題は友達スライムと接触した後ですね。スラランが居場所を知っているので会うことは可能ですけど、そのスライムがこちらと意思を合わせてくれるかどうかが分かりません。逃げられたり、攻撃されたりする可能性はあります」

 単独で行動してくれているのであれば危険はかなり低くできるが、スライムたちは群れで行動するのが基本。


 一対一で遭遇するのは難しいだろう。


「だとしても、攻撃を受ける可能性は大きく減らせるわけですよね。ならば、後は何か起きないように、隠れて様子を見ていればいいんじゃないですか?」

「そうしたいところだけど……。話し合っているところを盗み聞きされたら、気分が悪いでしょ? 多分それは、スライムたちも同じだと思うんだ。それに、僕たちが隠れて様子を見ているところを他のスライムたちに見られたら、不信感は強く根付くと思う」

 信頼を得ようとしているのに、不信を煽るような行動を取るのは避けておきたい。


 かと言って、話し合いの場に人が姿を現さないのも違うだろう。


「なので、最初はスラランと誰か一人だけが友達スライムと会ってもらい、警戒を解くところから始めるべきだと思います。少しでも危険を感じたら、スラランを連れて距離を取ればいいだけですから」

 村長さんとナナは、困った様子の表情を見せていた。


 モンスターの集団に近寄るわけなので、難しい顔にならないわけがない。

 こちらの賛同は得られないかと考え始めたその時。


「その案、私は賛成します。そして、私がスラランと一緒にスライムたちに会いに行こうと思います」

 ユールさんは覚悟を決めた表情を浮かべ、賛成どころか自ら危地に赴くと宣言する。


 そんな彼女の言葉に驚き、僕はあんぐりと口を開けてしまった。


「な、何を言うんだ、ユール! スライムの集団に近寄るんだぞ、分かっているのか!?」

 慌ててユールさんを止めにかかる村長さん。


 大切な孫娘が危険な場所に向かうなど、認められるわけがないのだろう。


「ええ、分かってます。でも、この村で一番スライムに詳しいのは私です。私は戦うことはできませんが、むしろそれがスライムたちの不安をかき消す要因になるかもしれませんし」

 ユールさんは、自ら危地に赴く理由を説明してくれた。


 戦いの心得を持つ僕やナナでは、スライムたちの人を恐れる心を払拭することができない。

 スライムたちの目的を知るという今回の作戦においては、彼らのことをよく理解しているユールさんこそが最も適切な人物ではあるのだ。


「だが……。しかし……」

「心配してくれてありがとうございます。ですが、村を治める者の孫として、スライムが大好きな者として、何もしないのはおかしいと思うんです」

 どうやらユールさんの意思は固いらしく、村長さんの言葉でも止まる様子を見せない。


 そんな彼女を止められないことに大きくため息を吐いた村長さんは、諦めた様子でつぶやいた。


「全く、お前は言い出したら聞かないんだからな……。確かに、比較的新参者であるソラさんたちだけに任せるのは違うな……」

 村長さんは体の向きを変えると僕のことを見つめ、口を開いた。


「モンスターと戦うこともできない孫ですが、スライムへの知識だけは誰にも負けません。お邪魔になるかもしれませんが、作戦に加えて頂けないでしょうか?」

「……ええ、分かりました。お孫さんの知識、活用させていただきます」

 許可が出たことを喜ぶユールさんと、そんな彼女に優しい瞳を向ける村長さん。


 彼女に傷一つ付けさせないよう、準備をしておかなければ。


「スラランはどうだい? スライムたちに攻撃されて嫌な思いもしたはずだけど、それでもこの村とスライムたちのために行動してくれるかい?」

 スラランは僕の質問が終わるのとほぼ同時に、大きく飛び上がってくれた。


 彼が何を思って行動しようとしているのかは分からない。

 だが、誰かのために行動できる彼と家族になれたことが、とても誇らしいもののように感じられた。


「では、大方の作戦も決まりましたし、早速スライムたちを探しに行く準備をしないと!」

 早速出かける準備を始めるユールさん。


 スライムと会えることを、楽しみにしているだけにも見えるのが困るところだ。


「私は個人的に用がありますのでここで席を外します。ソラさんたちの作業が終わり、戻られた時のためにこの部屋は開けておきますので、ご自由に使ってください」

「お気遣いありがとうございます。それじゃあ僕たちは村の外にまで出て、そこで最終調整をしようか。お菓子、ごちそうさまでした」

 村長さんにお礼を言いつつ席を立ち、ユールさんを伴って村長さんの家を出る。


 村の外に出るまでの道中、スラランはユールさんと一緒にいてもらうことにした。

 今回の作戦は彼女たちが主体となる。可能な限り心を通わせてもらわなければ。


「スライムたちを見つけたら、まずはスラランだけを彼らに会わせてあげて。ユールさんは少し離れた場所で、スラランがスライムたちを連れてくるのを待っていてほしいんだ」

 村の外にまで出てきた僕たちは、作戦のおさらいを始める。


 その最中、心の内に申し訳なさが湧きだしてきた。

 僕が率先して行動しなければならないのに、ユールさんたち村の住人に危険な目に合わせるのはどうなのだろう。


 もっと良い作戦を考えるべきではないだろうか。


「気にしないでください! ソラさんたち魔法剣士の方々には、多くの人たちがお世話になっているんです。こういったことくらい、私たちが頑張らないと罰が当たっちゃいます!」

 そう答えてくれたユールさんの表情には、少しの不満すらないように思えた。


 心配をするよりも、目前の問題に立ち向かおうとする彼女たちの意志を、誇らしく思うべきかもしれない。


「……分かった。それなら僕は、可能な限りの援助をしないとね。ユールさん。これから君に防御魔法を使おうと思う。スライムくらいの攻撃ならビクともしないものだよ」

 防御魔法という単語を聞き、ユールさんの瞳が強く輝く。


「魔法を使っていただけるんですか!? この村で魔法を教えられる人はいないので、憧れていたんです! あれ? 回復魔法以外で、他者に使っていい魔法ってありましたっけ?」

「防御魔法は人に使うんじゃなくて、物に使う魔法だから危険性はないんだ。攻撃魔法は言わずもがな。強化魔法も、例外を除いて他者に使うと危険だよ」

 簡単に説明を終わらせて防御魔法の詠唱を行う。


 この程度であれば、魔導書を開く必要はない。


「堅牢なる守りを……。プロテク!」

 詠唱が完了するのと同時に、ユールさんの周りにオレンジ色の薄い膜が出現する。


 問題なく、魔法が発動してくれたようだ。


「おおー! って、なんか地味ですね。あまり変わってる気がしないんですけど」

 魔法をかけられ、早速体を大きく動かすユールさんだったが、あまり変化を感じられずに寂しそうな顔をしていた。


 使用したのが防御魔法な以上、変化と言えるようなものは感じられないだろう。

 強化魔法であれば違いは出るはずだが、今回は使う理由が無い。


「私からはお薬を渡しておきますね。モンスターたちが嫌がるにおいを出す物なので、危険を感じたら使ってください」

 ナナはカバンから薬瓶を取り出し、それらをユールさんに手渡す。


 その薬は彼女が単独で行動をする際、モンスターに襲われても逃げられるように持ち歩いている物。

 使った場合はすなわち作戦に失敗したということになるが、ユールさんがケガをするよりはよっぽどいいだろう。


「ソラさんの魔法だけでなく、ナナさんのお薬まで頂けるとは……! これで怖いものはありません! プニプニし放題だー!」

 いままでで一番というくらいの喜びを見せるユールさん。


 そんなことをさせるために、魔法を使ったわけではないのだが。


「あっ! 私ったらまた……。まずはちゃんとお話をするところを見届けて、全部終わってからプニプニですよね!」

「ああ……うん……。それでいいよ……」

 作戦を遂行する意思はちゃんとあるようなので、言及するのはやめておこう。


 ユールさんがやる気を失い、作戦がうまくいかない方が問題だ。


「ユールさんの服だと、防御魔法の効果は約一時間ってところかな。ただし、攻撃されて壊れると自然に回復しないから注意が必要。気を付けてね」

「はい、分かりました! そうだ、この作戦には名前とかってあるんですか?」

「作戦名? ううん、そういうものは特に考えてなかったけど……」

 作戦に名を付ける目的には、参加者の意識を高め、統率をしやすくするというものがある。


 今回は三人しか参加者がいない上に、規模も小さいので必要ないと思っていたが、ユールさんの士気が上がるのであれば考えてみるのもいいかもしれない。


「スライムの目的を知って、友好の輪を広げていく作戦だから……。スライム友達大作戦とかどうだろ?」

「え……? それはちょっと、安直すぎません……?」

 作戦名を聞いたナナは、呆れたような表情を僕に向ける。


 目的が分かりやすく、ネガティブな印象も受けなくて良いと思ったのだが。

 分かりやすく落ち込む僕を見て、彼女はやれやれとつぶやくのだった。


「可愛らしくて良い作戦名だと、私は思います! スライムを愛する者として、俄然やる気も出てきました!」

 ユールさんにとっては最高の作戦名だったようだ。


 彼女の士気を上げるという目的は達成できたので、良しとしよう。


「じゃあ、作戦開始と行きましょうか! 私とスラランはスライムたちを探しに行ってきます! 必ず成功させますので、期待して待っていてくださいね!」

 こちらに手を振りながら、ユールさんはスラランと共に丘がある方向へと歩いていく。


 僕たちは、彼女たちの姿が丘の向こうに消えるまで見つめ続けていた。


「行っちゃいましたね……。ちょっと心配です」

「僕も同じ気持ちさ。でも、彼女たちは自分たちの足で動こうとしている。その意思を、僕は尊重しなければならない。魔法剣士のモットー、歩む者の背を押し、迷う者が進む道を整える――さ」

 自分たちの力で歩きたいと言っているのなら、僕はその背を押すだけ。


 進むべき道を悩んでいるのなら、それを共に考えるだけだ。


「スライムたちが人を恐れる理由は彼女たちが調べてきてくれる。その間に、可能な限りの準備を進めておこう!」

「ええ。そうですね」

 共に村長さんの家に向かって歩き出す。


 ユールさんたちの帰りを待ちながら、スライムたちを助ける手立てを考えよう。

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