「本当!? 協力を得られたんだ!?」
「はい! スライム側からも、私たち人を恐れなくていいと説明してくれるそうです!」
ユールさんとスラランが、スライムたちを探しに行ってから約二時間後。
村長さんの家に戻ってきた彼女たちが、話し合いに成功したことを報告してくれた。
同時に、スライムたちが怯える理由を知り、僕たちは腕を組んで悩んでしまう。
「各地に住んでいたスライムたちが、大量のモンスターたちに住処を追われたことでこの土地にやって来た。そこを私たちに仲間の大半を退治され、怯えていたと……。各地に現れた大量なモンスターっていうのは、もしかして……」
「五年前のモンスター大発生事件で現れたモンスターたちだろうね。でも、あのモンスターたちは既に討伐されているから、スライムたちの住処は安全になっているはず。この土地に集まってきたのは、そのことを知らないからだろうね」
ただ単に逃げていただけでなく、たくさんの仲間たちを集めてモンスターたちに対抗しようとしていた可能性もある。
巨大スライムに変化できれば、並大抵のモンスターでは相手にもならないはずだ。
「というか、スライムたちからよくここまで情報を集められたね……。僕たちはスラランが何を言おうとしているのかすら、よくわからないのに……」
「何日間か暮らしているだけじゃダメってことですよね。長年スライムを愛してきた、ユールさんだからこそでしょうか」
僕たちの呆れ交じりの会話を聞いていたユールさんが、照れ笑いをしながら口を開く。
「詳細を知ることは難しくても、行動を見ていればスライムたちが何を考えているのか意外と分かるんです。ソラさんたちも、スラランと仲良くなるにつれてスライムの考えが分かるようになってきますよ!」
理解をするには仲良くなる必要がある。
ただ遠くから観察するだけでなく、交流をしてみることも図鑑作成には大切なことなのかもしれない。
「さて、話を戻そうか。つまるところ、スライムたちは住処や仲間たちを立て続けに失ったことで、不安を感じているわけだ。そんな彼らに、僕たちができることを考えないといけないね」
テーブルの上に広げられている地図に視線を落とす。
スライムたちに対し、僕たちにできそうなことは何があるだろうか。
「安心して休める場所があるだけで、疲れ切った心は大きく安らぎます。まずはそれを作ってあげることが先決ではないでしょうか?」
スライムたちが安らげる場所を作る。
アマロ湖は人も多く訪れるので、あまり安心はできないのだろう。
「となると、人があまり来ない安全な場所に引っ越してもらった方が良いかもね。スライムたちには水が必要だから、近くに泉か何かがある場所が良いと思うんだけど……」
地図を見ながら水がありそうな場所を思案する。
森の中であれば泉がある可能性はあるが、近くに住むモンスターとの縄張り争いが起きてしまうかもしれない。
山のそばにも水源はあるはずだが、大勢のスライムたちが安心して休める場所があるかどうか。
「この村に五年は住んでいるけど、周囲の地形を調べに周ったことはないからなぁ……。ユールさんはめぼしい土地を知らない?」
「スライムたちの住処として良さそうな場所ですか……。ここから北にある山のそばに、小さな森があるんです。そこにはモンスターが住み着いていないので、適しているかもしれません!」
ユールさんは山脈のそばに描かれた森を指さし、説明をしてくれる。
モンスターが住みつかない森か。後は水があるかどうかだが。
「とても綺麗な泉があるので、スライムたちが暮らすにはもってこいの場所のはずですよ! 村からそれなりに距離が離れているので、人もほとんど近寄りませんし!」
スライムたちが住むための条件は問題なし。
人も訪れないのであれば、彼らも安心して暮らしていけるはずだ。
「じゃあ、そこをスライムたちの新しい住処として考えようか。一回様子を見ておきたいし、案内してもらってもいいかな?」
「分かりました! ただ、結構距離がありますので、明日以降の行動の方が良いと思います! ほら、もう夕暮れですよ」
ユールさんに促されて窓を見ると、そこからオレンジ色の光が差し込んできていた。
作戦会議に始まり、スライムたちからの情報収集。
報告を聞いてから再度の作戦会議となれば、あっという間に日が暮れてしまうのも無理はない。
「件の場所を調べに行くのは早い方が良いし、ユールさんに問題がなければ明日にしようと思うんだけど、どうかな?」
「私は大丈夫ですよ! 目的の場所までの距離はソラさんたちのお家の方が近いので、朝八時頃にうかがえるように家を出ますね!」
「うん、よろしく。ナナも僕たちと一緒に、スライムたちの新しい住処の調査をしてくれるかい?」
いざという時のために戦える人物は多い方が良いと思い、ナナにも打診してみたのだが。
「いえ、私はスライムたちの様子を見ようと思います。協力してくれるとは言っても、不安に思っているスライムたちの方が遥かに多い。そういった子たちの動向を見ておくことも必要なので」
残念ながら首を横に振られてしまった。
ナナの言う通り、スライムたちの様子を見ることも大切なこと。
僕たち全員が調査に出ている間に、スライムたちに村を襲う判断でもされてしまえば、とても村を守ることはできない。
それが起こる可能性は極めて低いとは思うが、念には念を入れておいた方が良いだろう。
「スラランはどうしようか。ナナの方にいてもらって、一緒にスライムたちの様子を見てもらうのもありだと思うけど……」
「私の方にいさせるよりかは、新しいスライムたちの住処を見てもらった方が良いと思います。スライムが暮らす最適な環境は、彼の方がよくわかるはずですから」
確かに、スラランは僕たちについてきてもらった方が良いか。
彼に視線を向けると、ぴょこんと飛び跳ねてくれた。
「じゃあ、今日はここまでにして、また明日活動を再開しよう。今日は色々教えてくれてありがとう。また明日よろしくね! 村長さんにもよろしく言っておいて」
「いえ! 私たちの方こそご相談に乗っていただき、ありがとうございました! また明日よろしくお願いします!」
別れの挨拶を終え、僕たちは村長さんの家から自宅に向かって歩き出す。
村の外に出てしばらく経つと、六体で移動するスライムたちの姿を発見する。
彼らのうちの四体は僕たちの姿を見つけると逃げ去ってしまったが、残りの二体は逃げずに僕たちのことをじっと見つめていた。
人を恐れなくても良いという話が、既にスライム内で回り始めているようだ。
「すごいね。人のことを危険と判断しているスライムの方が多いはずなのに、もう効果が出始めてる。かなりの数のスライムたちに顔が利くスライムに、話をしに行ったんだね」
「案外、人と仲良くしたいと思っている子たちが多いのかもしれませんよ。でも、私たちが多くのスライムたちを倒してしまったことで、自分たちもそうされるのではないかと考えてしまったんでしょうね……」
モンスター図鑑の方向性を決めたあの日、スライムたちは生きたかっただけというナナの推測は正しかった。
苦しみを持ってこの土地にやって来たのであれば、僕らと彼らは同じだ。
「僕たちはアマロ村の人たちにたくさん心を癒してもらった。なら、その恩をスライムたちに送っても良いよね」
「そうですね。私たちで彼らの心を癒してあげましょう」
決意を心に抱いて自宅へと続く坂道を歩く。
スライムたちに、この土地で暮らす幸せを送ってあげよう。