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第四章 森の中の戦い

姉弟との絆

「あの……。今日、レンと一緒に南の森に行ってきてもいいですか……?」

 朝食が終わり、届けられた情報誌に目を通しながらお茶を飲んでいると、レイカが部屋から出てきておずおずと外出の許可を求めてきた。


 彼女から自発的にお願いをしてきたのは今回が初めてだ。

 少しは馴染んできていることに嬉しさを感じつつも、小さな懸念を抱いてしまう。


「南の森か……。モンスターが出るんだけど……」

「ある程度は護身の術を学んできていますので、大丈夫だと思います」

 レイカは小さなナイフを僕に見せた。


 弱いモンスターならばそれで追い払うことは可能だろうが、力の強いモンスターに襲われる可能性を考えるとあまりにも心もとない。

 特に彼女はこの土地の地理に明るくないので、森の奥深くにいると言われる森の主と遭遇でもしたら大変なことになってしまうだろう。


「分かった。じゃあ、準備をして出かけようか」

 子どもたちだけで森に行かせるわけにもいかないので、椅子から立ち上がって出かける準備を始めようとするのだが。


「ありがとうございます。ですが、ソラさんたちのお仕事をお邪魔するわけにはいきません。森には私たちだけで行ってきます」

 やんわりと、同行を断られてしまった。


 レイカたちを案内するついでに森のモンスターの調査ができるので、邪魔になるということは決してないのだが。


「私も、ソラさんたちについてきていただける方が、安心だというのは分かってるんです。でも同時に、いつまでもお二人に頼ってちゃダメって、思ってしまって……」

 顔を伏せるレイカを見て、僕の心は大きく揺さぶられる。


 彼女がやりたいと言っているのだから、無理に同行するのは間違っているかもしれない。

 だが、僕たちが知らぬ間にモンスターに襲われてケガをしてしまったら?


 危険な目に合わせたくないという気持ちは変わらず強いままだが。


「……分かった。君たちだけで森に行ってきていいよ」

 悩んだ結果、僕はレイカに外出を許可することにした。


 彼女が自分からお願いをしてきたこと、何より、自分が旅をしてきた人物でもあるので、その楽しみを彼女にも感じてほしいと思ったからだ。


「本当ですか……!?」

「ただし、僕と約束をしてもらうことと、ある物を持って行ってほしいんだ。持ってくるからちょっと待っててね」

 喜ぶレイカを置いて自室へと戻り、目的の物を探す。


 これといって使う機会が無かったので探索に難儀したが、無事に発見。

 見つけた物を手に、リビングへと戻る。


「お待たせ。これを持って行ってくれるかい?」

「石……。ということは、通話石ですか?」

 自身の手の上に置かれた物を見て、レイカはすぐさま正体を看破した。


 通話石――

 石に向かって声をかけると、セットになっている対の石に声が届く不思議な石。


 魔法石と呼ばれる魔力を持つ石の一種であり、使用には魔力を必要とする。

 魔力の放出に難を持つ者は直接の使用ができないが、他者が込めた魔力が消失するまでの間であれば会話をすることも可能。


「お、珍しい石なのによく知ってるね。ま、何かあったらこれで連絡をすること」

 レイカは大きくうなずき、自身のポケットにそれをしまい込む。


 あまり遠距離の通話はできないが、ここから森の間くらいであれば問題ないはずだ。


「後は約束だね。森の奥深くには入らないこと。森の主と呼ばれているモンスターに出くわすかもしれないからね。それと、危険だと判断したらすぐに逃げること。他には……」

 注意すべきことは他にもあるはずだが、パッと浮かび上がってこない。


 あまり約束でがんじがらめにして、せっかくの旅を阻害するのも良くないか。


「これくらいかな。君から他に質問がなければ、出かけておいで」

「分かりました。では、準備をして出かけてきます。お昼ごろには戻ってきますね」

 そう言うとレイカは自室に戻り、出かける準備を始めだす。


 しばらくして部屋から出てきた彼女は、レンの部屋に移動し、彼を部屋から引きずり出してから外に駆け出していった。

 レイカ本来の姿が少し見えてきた気がするが、どうやら積極的な一面もあるようだ。


「あれ? レイカちゃんたちはどこかに出かけたんですか?」

 レイカたちが出かけるのと入れ替えに、今度はナナがリビングにやって来た。


 部屋で作業をしていたのだが、休憩をしに来たのだろう。


「アマロ村南の森。二人だけで行ってみたいんだってさ」

 ナナにレイカたちの行き先を伝えながら椅子に座り、読みかけの情報誌に手を伸ばす。


 何となく胸の奥がもやもやするが、この感覚は何なのだろうか。


「なるほど、置いて行かれたってところですか。だから不満げな顔をしているんですね」

 ナナは僕の顔を見て、クスクスと笑い出した。


 レイカたちに色々教えられないのは寂しく感じているが、そんなひどい顔はしていないと思うのだが。


「……心配ですか?」

「……まあ、そりゃあね。まだそれほど経っていないとはいえ、数日間をあの子たちと暮らしているわけだし」

 レイカたちが僕たちに気を許してきているように、僕たちもあの子たちが一緒にいることに慣れてきている。


 年齢差的にも、妹弟ができたような感覚だ。


「兄弟姉妹かぁ……。そうなると、私とソラさんではどちらがお兄さん、お姉さんなんでしょうね?」

「どっちが――か。そうだなぁ、同い年生まれで、誕生日は僕の方が早いわけだけど……。君の方が落ち着いた性格だし、僕としては君がお姉さんって感じかな」

「あら、私がお姉さんですか。確かに、ソラさんが何か無茶をして、それを窘める私って考えれば、意外とその通りなのかもしれませんね」

 ナナは僕の向かいの席に座り、嬉しそうにニコニコとしていた。


 彼女は自身の家族を失ったせいなのかは分からないが、時折誰かを自身の家族に当てはめて考えだすことがある。

 こういった時は大抵落ち込んでいるのだが、今日はそのような様子は見られない。


「レイカたちと一緒に暮らせるのは楽しいかい?」

「ええ、とっても。あの子たちはいろんなものに興味を抱いてくれるので、こちらとしても教えがいがあるんですよ。この前なんか、お薬を作る時にレイカちゃんが――」

 ほんの数日前のことだというのに、ナナは心から楽しそうに思い出話をしてくれた。


 どうやら、彼女にとってもあの子たちは大切な存在になってきているようだ。


「……そっか。となると、レイカたちが旅を再開したら寂しくなっちゃうね」

「引き止めるのも違いますし、旅に出たいって言いだしたら笑顔で送り出すつもりではありますけど……」

 さっきまでの嬉しそうな表情とは一転、寂しげな表情を見せるナナ。


 僕自身、レイカたちが居なくなると思うとため息を吐きたくなってしまう。

 旅に出る前は、思い出のあの子からどう離れるか悩み、ため息ばかりついていたというのに、いざ離れられる側になるとこのざまなのだから情けない。


「さて、情報誌を読み終えたら僕も作業に入ろうかな。レイカたちが帰ってくるまで、一人で頑張らないと」

 握っていた情報誌を開き、情報収集を始める。


 特にこれといった見出しは無く、今日も平和と判断し始めたのだが。


「街道上に不審者出没。積み荷を調べられる被害にあう商人多数……。なんだこれ?」

 情報誌の一画に、かなり小さい見出しで書かれた情報を発見する。


 積み荷を奪われるわけでもなく、調べられたとはどういうことだろうか。

 商人が攻撃されたという話でもないようだ。


「変わった人たちが居るものですね……。いたずらか何かでしょうか?」

「いたずらが情報誌に乗るっていうのもなんだかなぁ……。被害にあった商人が複数いるみたいだし、この見出しは注意や警告の意味が強そうだね」

 何の目的を持って、商人の積み荷を調べようとしたのだろうか。


 危険性は恐らく低い。

 しばらくすれば、警備隊が取り締まってくれるだろう。


「そういえば、商人の到着が遅れがちになったって、村の道具屋さんがぼやいていましたね……。その時はあまり気にしていませんでしたけど、もしかしたら、それ関連かもしれません」

「そうなんだ……。商品が無事に届けられているんだったら、別にいいんじゃない? って、ついつい思っちゃうけど、被害が拡大しないとは限らないしなぁ……。僕たちも少し警戒しておこ――」

 カラン――カラン――と、来客を知らせる鐘が玄関から聞こえてきた。


 今日は来客の予定はなかったはずだが。


「誰だろ? レイカたちが忘れ物に気付いて戻ってきたのかな?」

「あの子たちなら確かに鐘は鳴らしそうですけど……。多分、他の人だと思いますよ」

 レイカたちではないとしたら誰が来たのだろうか。


 急いで玄関へと向かい、外にいる人に声をかけると。


「おはようございまーす! ギルドマネージャーのエイミーでーす!」

 外からは非常に元気な声が返ってくるのだった。

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