「突然の訪問、申し訳ございません! こちらはお詫びのお菓子になります!」
「あ、ご丁寧にどうも」
突如やって来たエイミーさんから、箱詰めにされたお菓子を頂く。
中に入っているのはクッキーのようだ。
「どうされたんですか? 今日は話し合いの日ではなかったはずですけど……」
「実は、ソラさんとナナさんにご相談というかお話したいことがありまして……。図鑑関連のことではないのですが、少しだけお時間を頂けないでしょうか?」
先ほどまでの明るい表情から一転、エイミーさんは真剣な表情で僕を見つめた。
何か厄介な問題が起きたのだろうか。
「こちらは問題ないですけど……。とりあえず、中に入ってください」
エイミーさんを迎え入れ、話を聞く準備を整える。
彼女は何を伝えに来てくれたのだろうか。
危険なモンスターでも現れたのか、それとも――
「これ、王都で売っている高級クッキーですよね……。頂いて良いんですか?」
「もちろんです! 仕事上、王都に赴くことが多いので、色々食べ歩いてるんです。もし他にも食べてみたい物などがありましたら買ってきますよ!」
エイミーさんの飲み物を用意しながら、女性陣の会話に耳を傾ける。
先ほど受け取ったお菓子の話題で話がはずんでいるようだ。
「お待たせしました。で、話しておきたいこととは?」
それぞれのコップを女性陣の前に置いていき、自分も椅子に座って話を聞く準備を完了させる。
するとエイミーさんは、テーブルの隅に置かれていた情報誌に視線を向けた。
「情報誌が置かれているところを見るに、既にある程度の情報を得ているかもしれませんが、私からもいま一度お伝えいたします。王都から各地につながる街道にて、商人が不審人物に襲われました」
エイミーさんの口から飛び出してきたのは、先ほど情報誌を見て興味を抱いた見出しについてだった。
あの見出しが、一体何の問題となっているのだろうか。
「実はいたずらに不安を煽らないよう、情報誌にはあえて載せられていない情報がいくつかあるんです。まず一つ目、その不審者たちはモンスターを連れていたそうです」
エイミーさんの口から、とんでもない情報が発せられる。
モンスターを連れて商人の積み荷を調べようとする人物など、どう考えても危険人物だ。
「し、しかしそれなら、正確な情報を――商人が街道の行き来を取りやめてしまえば、物資の行き来が止まってしまいますもんね……。積み荷を奪われなかったというのは事実なのですか?」
「事実です。攻撃すらされなかったそうですが、積み荷を調べられたというのも確かな事実。被害が少ないために検挙隊が優先度を低く設定してしまい、なかなか解決に至らないという状態になっているんです」
各地で大なり小なり問題が発生する以上、優先度を設定するのは当然のこと。
即座に対応する必要が無い事件であれば、後回しにされるのも仕方ないだろう。
「いまは問題にならなくても、次第に激化していく可能性もありますよね……。何も注意されなければ、より大きく、より過激になってしまえるのが人ですから……」
現在は商売をする人々の口から不満が出る程度でしかないが、小さすぎる火種のために、燃え広がった時にどんな被害に変化していくか予想できないのが怖いところだ。
同じことが繰り返されれば、萎縮する商人たちが出てきてしまうかもしれない。
逆に抵抗しようと護衛を雇い、争いに巻き込まれて不慮のケガを負う可能性もある。
杞憂で済めば良いが、不審者の目的が不明瞭なのではどうしようも――
「商人の方々は不審者に積み荷を調べられたわけですよね。その際に目的を耳にしていたりしないんでしょうか?」
「あ、そういえばそうだね。何か欲しいものがあって積み荷を調べているんだったら、目的の物が見つからなかった時とかにポロッと口から出てくる可能性はあるよね。それをエサに叩けばもしかしたら……」
ナナの発想を聞いたことで、解決の糸口を思いつく。
だが、それを知るためには被害を受けた商人に話を聞いて回らなければならない。
かなりの人数になるだろうし、それを行ったところで情報を得られるとは限らないのが問題点か。
「良い着眼点ですね。もう一つお伝えしようと思っていたことがあったのですが、まさにいま、お二人がお話されていることなんです」
ということは、不審者たちの目的が分かっていると。
エイミーさんが僕たちを訪ねた理由は、不審者の捕縛を手伝ってもらいたいと言ったところだろうか。
「その思いもないとは言い切れませんけど……。まあ、それは置いておくとして、不審者たちの目的について話をさせて頂きますね」
はぐらかされてしまったが、僕たちに解決させようという思いもどこかには抱いていたようだ。
図鑑作成だけでなく、モンスター討伐や危険人物の掃討といった依頼まで回ってくるようになれば、たまったものではないのだが。
「不審者たちの目的は人探し。珍しい髪の色を持つ人物を探しているようです」
「え……。それって……」
エイミーさんの言葉を聞き、ナナが僕の頭部に視線を向けてきた。
この大陸に住む人々の髪の色は、大まかに黒・茶・金の三色に分けられる。
若干の濃淡や老化などで色素の低下などは起こりうるが、基本的にそれ以外の色合いを持つことはない。
だが稀に、後天的な理由で髪の色が大きく変化することがある。
それが僕の前髪の一部にある白髪だ。
「ソラさんは、黒髪の一部に白髪が混じるという珍しい特徴を持っています。なので、不審者に目を付けられる可能性があるのではと考えました。巨大スライムをお二人だけで討伐する強さがあるとはいえ、不意を突かれてしまえば危険ですので」
確かに、僕の頭髪であれば珍しい髪と判断される可能性は高い。
だが、僕程度の髪で珍しいと判断されるのであれば、あの子たちも危険に――
「青い顔をされてますが……。ソラさんであれば、そんなに危険なことはないと思いますよ?」
「……いえ、お気になさらず。警告していただきありがとうございます。それと申し訳ありませんが、ちょっと席を外します。ナナ、ついてきて」
怪訝な顔を見せるエイミーさんを置いて、ナナと共にリビングから出る。
僕の右手の上には、通話石が置かれていた。
「どうしたんですか? 通話石なんて持って……」
「この通話石のペアはレイカが持っているんだ。何かあった時に連絡するよう持たせておいたんだけど……」
通話石を強く握り、それに魔力を込める。
レイカの持つ通話石に、魔力が届くまでには少し時間がかかるだろう。
その間に、ナナに説明をしておかなければ。
「あの子たちの口から話してほしかったことなんだけど……。レイカたちの種族について――」
突如、僕が手に持つ通話石が音を響かせる。
こちらからではなく、レイカが持つ通話石から、通話があったということだ。
「こんなタイミングで……! 嫌な予感しかしないよ……! レイカかい!? どうかした!?」
通話石を口元に寄せ、声をかける。
帰ってきたのは、強く動転したレイカの声だった。
「あ……ソラさん……! レンが……! レンが……!」
「落ち着いて。何があったの? いまはどこに?」
落ち着くように声をかけるのだが、乱れる呼吸は収まることがない。
それどころか、どんどん激しくなっているようにも思える。
「私、どうすればいいかわからなくて……! お願い、助けてください……!」
通話石からは、涙声が流れてくる。
ここまで至れば、レイカたちに何が起きたか想像するまでもない。
二人の前に、モンスターを連れた不審者たちが現れ――
「レンが……! 知らない人たちに捕まっちゃったんです……!」
僕が抱いた懸念は、的中してしまうのだった。