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森の中へ

「君は川をたどって森の外に出てくること。すぐに行くから待ってて」

 通話石を使ってレイカに指示を出しつつ、森に向かう準備を始める。


 脳裏には、彼女が森に行きたいと言い出した時の記憶が何度も映し出され、心臓は急げ、急げと鼓動を荒げて僕をはやし立てた。

 無理にでもついて行けばよかったと後悔するが、既に後の祭り。


 いまは彼女たちを無事に助け出すことを考えなければ。


「ソラさん! エイミーさんに事情の説明と、スラランのことをお願いしてきました!」

 各種荷物を持って玄関に移動すると、ナナがリビングから出てきた。


 僕が準備をしている間、彼女はエイミーさんに事情を説明してくれていた。

 エイミーさんは冒険者ギルドのマネージャー。彼女からギルドに説明をしてくれれば、検挙隊も動いてくれるはずだ。


「ありがとう。君の杖も持ってきたけど、もう出られるかい?」

「はい、大丈夫です!」

 ナナに杖や荷物を渡し、すぐさま通話石に向かって声をかける。


「必ずレンは助け出すからね。一旦通話は切っておくけど、もし不安になったら声をかけていいからね」

「グスッ……! はい、分かりました……」

 通話石をポケットにしまい込んでから家の外に飛び出し、レイカたちがいるはずのアマロ村南の森へと顔を向ける。


 距離はあるが、加速魔法を使えば大して時間をかけずにたどり着けるはずだ。


「アクセラ! 待っててね……! 行こう、ナナ!」

「ええ、レイカちゃんたちを助けに!」

 加速魔法をかけ、僕たちは森に向かって共に走り出す。


 加速状態で移動すること約五分。僕たちは南の森のそばにたどり着く。


「レイカちゃんから連絡はなかったみたいですけど……。大丈夫でしょうか……?」

「分からない。けど、通話が来ない以上、落ち着いて森の外に向かって移動できているって考えよう」

 通話石を通話可能状態で維持すると、魔力を少しずつ消費し続けることになってしまう。


 レンを捕まえたという犯人の正体がわからない以上、魔力が減少した状態になるのは避けておきたい。

 それに加え、相手側に魔導士がいる可能性があることも理由の一つだ。


 通話に使う魔力を感じ取られてしまえば、レイカの居場所がバレてしまう。

 居場所を探るために通話をして、先に彼女を捕らえられてしまえば、本末転倒でしかない。


「不審者たちは、モンスターを従えているとエイミーさんが言っていましたもんね。どれほどの手練れかは分かりませんが、警戒した方が良さそうです」

 魔法の中には、モンスターを強制的に従えるというものも存在する。


 難易度自体は高くないが、従わせる相手によって求められる技量が変わってくるので、強力な魔導士である可能性があるのだ。


「レイカちゃんとは森から流れ出る川で合流する予定でしたよね? その場所はここからもう少し先です。急ぎましょう!」

 森にはすぐに入らず、外延部をたどりながら川がある方向へと移動する。


 しばらく進むと、僕たちの焦る心も知らずに穏やかに流れ続ける川にたどり着く。

 無事であれば既にレイカもここに来ているはずだが、周囲に彼女の姿は無い。


 どこかに隠れているのだろうか。


「レイカ? いるかい? レイカ?」

 声を抑えながらレイカの名前を呼ぶ。


 すると、森の中の茂みがガサガサと揺れる音が聞こえてきた。


「……ソラさんですか?」

 音が聞こえてきた茂みに視線を向けると、上半身だけを出してこちらを見つめるレイカを発見した。


「レイカ! 良かった……。無事だったんだね」

「ううう……! ソラさん……! ナナさん……!」

 僕たちの姿を見て安堵したのか、レイカは大粒の涙を流しだす。


 彼女のそばに駆け寄り、様子をうかがう。

 恐怖に体が震えているようだが、ケガをしている様子はなさそうだ。


「遅くなっちゃってごめんね……。レン君は私たちが必ず助けるから。だから、安心して?」

 ナナの言葉を聞いて安心したのか、少しずつレイカの呼吸も落ち着いていく。


 体の震えもある程度静まったのを確認してから、彼女の肩に手を置きつつ話しかける。


「レイカ、君はこのまま家に戻ってくれるかい? 不審人物がいる所に君を再び連れて行くわけにはいかないからね。ただ、その前に君が見たものを教えてほしいんだけど……」

 僕たちが持っている情報は、モンスターを従えているというものだけであり、相手の人数や持っている獲物すら分からない。


 少なくともレイカはレンが捕まる瞬間を見ているはずなので、人数くらいは分かると思って聞いてみたのだが。


「あ……はい……。でも、私も連れて行ってください……。ここで話すより、レンのいる場所に向かいながら話した方が、時間を消費しなくて済みますから……」

 向かいながら話を聞いた方が時間を消費しないのは確かだ。


 だが、敵地に向かえば向かうほど危険が大きくなる。

 ここはレイカの言葉に反対するべきだろう。


「……それはダメだよ。必ず戦いになるはずだし、更なる危険が待っているかもしれない。そんなところに君を連れて行くには――」

「あの子を助けたいんです! レンまでいなくなっちゃったら、私は……!」

 僕の言葉を遮るように、レイカは大きな声を出して訴えかけてくる。


 彼女の頬には涙が流れている。けれどうつむくことはせず、強い意思を持った目で僕のことを見つめていた。

 彼女が出かけたいと言い出した際、うなずいたがためにこの状況になってしまったというのに、僕の心は揺らいでしまう。


 なぜ僕はこんなにも、彼女の想いを尊重したいと思ってしまうのだろうか。


「……分かった。だけど、家でした約束は絶対に忘れないで。危なくなったらすぐに逃げる。たとえ僕たちが危なくなったとしても逃げること。いいね?」

「はい、分かりました……!」

 うなずいてくれたレイカの肩をポンと叩きつつ、ナナの方へと顔を向ける。


 彼女は大きくうなずき、強い意志を持って森を見つめだす。


「よし、行こう! レンを助けに!」

 深く呼吸をしてから、僕たちは薄暗い森の中へと足を踏み入れる。


 木々のざわめきに、湿り気を帯びた空気。

 普段であれば心地よさを感じるはずの環境が、今日ばかりはいら立ちを抱かせる。


「森の泉でのんびりしてたところに、あの人たちは現れました……。木々の間から出てきた男の人がいきなり私の肩を掴んできて……。それを見たレンが攻撃を仕掛けたことで私は解放されたんですけど、さらに男の人たちが現れて……」

「敵わないと判断して逃げてきたんだね。でも、君だけでも無事で本当によかった。二人とも捕まっていたら、僕たちは助けに行けなかったからね。……約束、守ってくれたんだね」

 レイカはコクリとうなずくも、その表情は浮かないものだった。


 弟を見捨てて逃げたということでもあるので、喜べないのは仕方がない。


「レイカちゃん。その男の人たちは何人いたの? 武装とかは分かる?」

「四人だと思います。私に掴みかかってきた人は剣らしきものを持っていましたけど、それ以外の人の持ち物は……」

 相手は四人。武装は完全には分からない。


 この情報に加え、モンスターを従えている可能性があるのでは、正面からの殴り込みは避けた方が良いだろう。

 からめ手を考えたほうが良さそうだ。


「モンスターがいるとなると、奇襲は難しいかな……。よし、泉に着いたら僕が最初に飛び出して注意を引く。ナナは不審者たちの様子を見て拘束魔法を使う。僕たちが戦っている隙にレイカはレンを助けに行く。作戦としてはこんな所かな」

 障害になりそうなのはモンスターの存在だが、こればかりは情報収集しないことには判断できない。


 ある程度は臨機応変に行動せざるを得ないとして、大方の流れとしてはこれでよいだろう。


「注意を引いてもらえれば、確かに拘束魔法を使いやすくはあるんですけど……。無理だけはしないでくださいよ?」

 僕の作戦を聞き、なぜかナナは不満げな表情を見せている。


 作戦自体は受け入れている様子だが、どうしたのだろうか。


「無理をするあなたは見たくありませんから。お願いしますね」

「う、うん……。分かった」

 単純に心配してくれているだけだったようだ。


 僕も痛い思いはしたくないので、言われた通り慎重に行動するようにしよう。


「何はともあれ、情報収集しないことには始まらない。レンも、同じ場所で捕まっているとは限らないしね。ただ、隠密系の魔法は防音魔法しか使えないからなぁ……」

「そういった魔法に対して、何かしらの対策を打っている可能性もあります。難しいですが、音を立てずに近寄るのが一番だと思いますよ」

 ナナは魔法に関する知識が非常に深い。


 相手が使ってきそうな魔法を考えるのも得意なのだ。


「生命感知をしている可能性はあるかな?」

「ちょっとやそっと習った程度では難しすぎて使えませんし、高位の魔導士でも範囲内にいる生命の数を数えるのがやっとです。レイカちゃんを追いかけている様子もありませんでしたし、使っていないと判断しても良いと思います」

 ならば、泉にかなり近づいても問題はないだろう。


 不審者たちの武装、従えているモンスターの情報、レンの居場所も分かるとよいが。


「モンスターを従える魔法は、魔力を込めた攻撃をぶつければ壊せるんだったよね?」

「ええ、無力化はした方が良いとは思いますが、命を奪う必要まではありません。無理矢理従わされているのなら、傷つけるのも可哀想ですしね」

 小型のモンスター程度であれば、気絶させつつ魔法を壊していけばいいだろう。


 強力なモンスターや大型のモンスターであれば危険度は上がるが、強化魔法等を駆使して立ち向かうしかない。

 魔法剣士としての技術が落ちていないと良いのだが。


「そろそろ泉に近づきますね。話すのは極力やめて、周囲の様子を観察しながら進む方が良いと思います」

「了解。できるだけ音を立てないよう、慎重に進もう」

 ナナの助言に同意し、身をかがませながら少しずつ、少しずつ進んでいく。


 正面に見える樹々の隙間をぬって、光が流れ込んできている。

 あの光の先にある土地が目的地の泉だ。


「こい――間違い――」

「わか――おや――かみ――」

「だが――けん――」

「――こん――やめ――」

 レンを攫ったと思しき人物たちの声が聞こえてくる。


 どうやらまだ、泉に滞在中のようだ。

 同じ場所にレンも居ると良いのだが。


「よし、着いた。確かに男たちは四人いるね……。モンスターは――三体か。肝心のレンはいそうかい?」

 泉全域を眺められる場所に移動し、様子をうかがう。


 するとレイカが、とある方向を指さした。


「泉の右方にある木にロープで縛り付けられてます……。男の人たちとは逆の場所です」

 確かに、レンが縛り付けられている姿がある。


 男たちとは離れた場所のため、こっそり移動すれば彼を助けて逃げることも十分にできるはず。

 とはいえ、男たちによってこれから先も同様の事件を起こされる可能性があるので、捕縛した方が良いはずだ。


「予想通り、魔導士がいるみたいです。長剣が一人で短剣が二人。残りの一人が杖を持っているので、間違いないかと」

 ナナは男たちの様子をうかがい、奴らがもつ武器を調べてくれた。


 弓などの遠距離武器を持っている様子はなし。

 これなら接近戦に持ち込めば何とかなりそうだ。


 従えているモンスターも特別危険性が高いものではない。

 あれならば労せず気絶させることはできるだろう。


「すぅ……。はぁ……」

 深く呼吸をする音がレイカの口元から聞こえてきた。


 これから戦いになるわけなので、不安に感じているのだろう。


「……大丈夫、僕たちに任せて」

 レイカを励ましつつ、彼女の頭をフード越しに触れる。


 彼女はビクリと体を跳ねさせてこちらに顔を向けたが、すぐに安堵の顔つきに変化した。


「モンスターのことは気にせず、犯人たちを拘束することだけを考えて。頼んだよ、ナナ」

「ええ、任せてください」

 ナナがうなずいたのを確認してから、音をたてないように慎重に剣を抜き取る。


 同時に魔導書を開き、加速魔法をかける準備を行う。


「一、二の三で飛び出す。行くよ。一、二の――いま飛び出すのはちょっとマズイか……」

 動き出す人物の姿を見つけたため、秒読みを止める。


 一人の男が仲間の輪から外れ、レンに近づいていく。

 男の足取りには力がなく、うなだれながら歩いているようにも見える。


「あの人だけ様子が違うな……。渋々って感じだ……」

「レン君に話しかけたみたいですけど、距離が遠すぎて聞き取れませんね……。全員揃ってくれていた方が、拘束魔法を掛けやすいんですけど……」

 男はレンに近づき、何やら会話をしている。


 あの男がこちらに戻ってきた瞬間を狙って飛び出すとしよう。

 その瞬間を見計らっていると、何かを強く叩くような音が聞こえてきた。


「アイツ、まさか……! レンの頬を……!?」

 距離が離れているがために正確な判断はできないが、男が手を振り上げたこと、破裂音に近い音が聞こえたことから察するに、レンは頬を叩かれてしまったのだろう。


 激しい怒りに飲み込まれそうになったが、何とかこらえることには成功した――が。


「レン……! アイツ、絶対に許さない……!」

「レイカ!? 待って……!」

 レイカは怒りに身を任せ、茂みを飛び出してしまった。


 とっさの出来事に反応ができず、彼女を抑え込むのに失敗してしまう。


「な、てめぇは……!?」

「許さない……! 許さない!」

 レイカは、レンを叩いた人物に躍りかかろうとしていた。

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