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暴漢たちとの戦い

「よくも……。よくも、レンを……!」

 レイカは速度を緩めることなくレンに手をあげた人物に駆け寄りつつ、短剣を取り出した。


 勢い良く飛び上がり、男の腕に短剣を突き刺そうとするのだが――


「……そんなもん振り回したらダメだ。あぶねぇぞ」

 男は身をひるがえしてレイカの攻撃をかわし、逆に彼女の腕をつかんで短剣を奪い取ってしまう。


 武器を奪われても諦めず、暴れようとするのだが。


「子どもをロープで縛るなんてな……。だが、悪いな……」

 男は持っていたロープでレイカの腕を縛ろうとする。


 だが、それよりも素早く茂みから飛び出し――


「させるか! アクセラァ!」

「な、なに!?」

 僕の接近に気付いた男はレイカから手を離し、防御姿勢を取る。


 だが、ここまでの速度が出ていれば、その程度の防御は何の意味もなさない。


「吹っ飛べ!」

「ぐあっ!?」

 体当たりを受けた男は、大きく弧を描きながら泉の中心部に向かって吹き飛んでいく。


 泉からは大きな水しぶきが発生し、落下点の水面からは小さな泡が吹き出ていた。


「何してんだ、レイカ!」

「え……。あ、ごめんなさい……。私、かっとなっちゃって……」

 尻もちをついているレイカに対し、つい大声を出してしまう。


 怒ることではなかったと気付き、反省しながら彼女に手を伸ばす。


「……何かをしたいんだったら先に言うこと。それなら対処できるから。レンの縄、ほどいておいで」

「は、はい! 分かりました! レンを助けに行ってきます!」

 諭すように声をかけ、レイカの腕を引っ張って立ち上がらせる。


 彼女は落ちていた短剣を拾い上げ、レンに向かって駆け出していった。

 その様子を見届け、深く呼吸をしながら残っている男たちの元へと足を向ける。


「チッ……。まさかこんな短時間で救援を呼んでくるなんてな……」

「おい、それ以上近づくな。ここにいるモンスターたちが見えねぇのか?」

 近寄る僕の姿を見て、男たちは威圧をかけてくる。


 いきなり差し向けられれば対処できない。いったん足を止めて様子を見よう。


「あんた、何者だ? ガキどもの知り合いかなんかか?」

 男たちの内の一人が威圧的な声を出してきた。


 何者か――か。魔法剣士であり、レイカたちの――


「あの子たちの家族だ」

「家族……だと……? あのガキどもの……? んな訳ねぇだろ!」

 血の繋がりもない。長い間共に暮らしていたわけでもない。


 家族として見るにはあまりにも要素が足りておらず、他者が認めるには難しいだろう。


「僕があの子たちのことを家族だと認めている。それだけさ」

 剣を構え、戦闘態勢を取る。


 そして、男たちに向かって怒りを込められるだけ込めた声を発する。


「アンタたちは僕の家族を傷つけた。覚悟しろよ……!」

 もう抑え込むつもりはない。とっ捕まえてやる。


 男たちは僕の気迫にたじろぐ様子を見せたが、すぐさま気を取り直して再び威圧的な声を出す。


「へっ! たった一人の癖にいい度胸だな! こっちにはモンスターどももいるんだぞ!」

 男の言葉と同時に、モンスターたちが唸り声を上げながら前に進み出てきた。


 頭頂部に大きな耳が生えているこのモンスターの名は、リトルタイガー。

 体格は小さめながら鋭い牙と爪を有し、素早い動きで敵を翻弄しつつ、それらを用いて引き裂く攻撃を得意とする。


「相手は一人、やっちまえ!」

 男の命令を聞き、リトルタイガーたちはうなり声を上げて突進してきた。


 慌てずに素早く魔法を詠唱し、持っている剣を地面に突き立てる。


「ソイルウォール!」

 剣を通して魔力が大地に流れ込み、いくつもの土の壁となって地表に表出する。


 リトルタイガーたちの内の一体は出現したそれらに頭をぶつけて動かなくなり、また一体は勢いよく盛り上がる土に乗りあげてしまい、地面に降りられなくなってしまう。

 残りの一体は飛び出してくる土の塊に驚いたのか、体の向きを変えて距離を取った。


「おい! 何逃げてんだ! さっさと奴に攻撃しろ!」

 男が遠くに移動したリトルタイガーに向かって命令をするが、肝心のその子が向かってくる様子が無い。


 恐怖心が闘争心を上回ったために、戦いを放棄してくれたようだ。


「やめとけ。アイツが居なけりゃ、より強い指示は出せねぇ。俺たちで何とかするぞ」

「よりにもよって魔法剣士とはな……。一斉にかかるべきか?」

 男たちはリトルタイガーに命令するのをやめ、それぞれの得物を取り出して戦闘態勢に入る。


 しばらくにらみ合っていると、長剣を持つ男が僕の頭部に視線を向けだす。

 そして、他の男たちと何やら会話をしだすのだった。


「おい、あの男も珍しい髪だぞ。どうだ?」

「黒と白の髪、しかも剣士か。可能性はあるな」

「チキンがオニオン背負ってきたってところか。うまく捕まえられれば俺たちは……!」

 キヒヒヒと、悪だくみをしていそうな笑い声が聞こえてくる。


 珍しい髪を持つ人物というのは正確ではなく、それを持つ剣士を見つけることが目的か。

 だが、いまするべきことはその情報を聞き出すことではなく、奴らを捕縛することだ。


「なんでもいいからかかってこい。一人ずつだろうが、三人まとめてだろうが構わないさ」

 手招きをし、こちらは準備万端だと挑発をする。


 それに乗ってくれたのか、男たちは真横に並び、持っている得物を僕に向けてきた。


「調子に乗っていられるのもいまの内だ。お望み通り三人でかかってやるさ! やるぞ、野郎ども!」

「「オオッーー!!」」

 男どもは宣言通り、三人まとめて僕に飛び掛かってきた。


 慌てる必要は無い。落ち着いて、悟らせないように。


「どうした!? ビビっちまったのかよぉ!」

 男たちの武器が僕の体に向かって落ちてくる。


 彼らは勝ち誇ったかのように笑みを浮かべ――


「バインド!」

「なっ!? う、動けねぇ……!」

 魔法を放つ声が聞こえてくると同時に、男たちが握る武器は僕の体に直撃する寸前で動きを止めてしまった。


 武器だけでなく三人組の身体も硬直しているが、首から上だけは動くようなので、少しばかり気味が悪い。


「どこからだ……!? どこから拘束魔法を……!」

 男たちは苦心しながら首を動かし、魔法を放った人物を探そうとしている。


 件の人物は、彼らの背後からゆっくりと近づいてくるのだった。


「さっすが! ちょっと危なかったけどね」

「タイミングが分からないんですもの。仕方ないじゃないですか」

 ナナは杖を男たちに向けたまま、僕のそばにやってくる。


 少しばかり心配を掛けさせてしまったようだ。


「仲間がまだいたのかよ……! 汚ねぇぞ……!」

「一人でお相手するなんて、一言も言っておりませんので」

 悪態を突く男たちに向かって、こちらも負けじと舌を突き出す。


 ずるいと言われようが、こちらは家族の命がかかっていたのだ。

 少しくらいは卑怯な手だろうとやらせてもらう。


「さーて、余っているロープは……。あった、あった」

 男たちの武装を解除した後、彼らが使っていたと思われるロープを拾い上げ、彼らに巻き付けていく。


 後は木にでも繋いでおけば良いだろう。


「これでよしっと。もう魔法を解いちゃって大丈夫だよ」

 ナナに合図をし、拘束魔法を解除してもらう。


 魔法の効果が無くなった三人は、ロープから抜け出そうともがきだすのだった。


「レイカ! レンのロープは外れそうかい!?」

「かなり頑丈なロープですけど、多分ほどけると思います!」

 遠くの方から元気な声が帰ってきた。


 レンはレイカが助け出してくれるはず。僕たちは他のことをするとしよう。


「エンチャント・ウィンド!」

 剣に風を纏わせ、気絶しているリトルタイガーに近寄る。


 この子を操っている魔力はどこにあるだろうか。


「魔力を感じない……? 無理矢理、従わされているんじゃないの……?」

「え? この子には魔法が掛けられていないのかい? まさか、他の子たちも?」

 ナナは困惑した様子で他のリトルタイガーの元へ移動し、様子を調べ始めた。


 魔力を感じないのであればどうすることもできない。

 とりあえずこの子の命に別状はなさそうなので、男たちの様子でも見ておくとしよう。


「ちくしょう……! お宝たちが目の前にいるってのに……!」

「大丈夫だ……! 俺たちにはまだアイツがいる……!」

「捕まったのは俺たちだけだしな……!」

 木に縛り付けられた男たちが、何やらコソコソと話し合いをしている。


 そういえば、僕が最初に吹き飛ばした男のことを忘れていた。

 彼も捕まえて縛り上げなくては。


「泉に向かって吹き飛ばしたから……。あれ?」

 男が吹き飛んでいったはずの泉の中心に視線を向けるも、そこに人の姿はなかった。


 水の底に沈んでしまったのだろうか?


「……いない? どこに行ったんだ?」

 泉のそばにある大きな岩に登って探してみたが、水の底にも人らしき姿はない。


 このまま探し続けても時間の無駄と判断し、リトルタイガーの様子を見ているナナのそばに移動することにした。


「どう? やっぱり魔力は感じない?」

「ええ、感じません。とりあえず暴れないように眠らせておいたので、事情は男の人たちに聞けば良いでしょう。ところで、先ほど泉の様子を見ていたようですけど、何か気になることでも?」

 眠るリトルタイガーを優しく撫でながら、ナナが質問をする。


 行っていたことを説明しつつ、彼女にも残りの男を見ていないか尋ねるのだが。


「魔法を使うことに集中していたので、ちゃんと見ていなかったんですよね……。すみません……」

「謝らないで。泉に吹き飛ばすなんて面倒なことをした僕が悪いから。アイツの仲間は健在なんだから、そっちをあたってみよう」

 ナナを伴い、三人組に近寄る。


 相変わらず男たちは縄から抜け出そうともがいているようだ。


「あと一人、どこに逃げたかわかるかい?」

「はっ! 知ってても教える訳ねぇだろ!」

 男たちはなぜか勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。


 残っているのは逃げた男ただ一人だというのに、この余裕は何なのだろうか。


「アイツが何なんだ? 何をしに行ったんだ?」

「答えならすぐやってくるぜぇ……! ほら、聞こえて来たぞ……!」

 男の一人が底意地の悪い笑みを浮かべるのと同時に、遠方から地響きらしき音が聞こえてくる。


 この音を出している存在が、男たちの切り札ということか。

 一体、何が近寄ってきている?


「捕まえた人たちの中に魔導士はいない……。リトルタイガーに洗脳魔法をかけていない理由が、より強力なモンスターを従えるためだとしたら……! ソラさん! 警戒してください!」

「分かった! 戦闘準備を――」

 周囲の警戒を始めたナナに続き、剣を鞘から抜き取ろうとしたその時、視界の端にレイカたちの姿が映った。


 彼女はレンを解放しようと懸命にロープと戦っているようだが、子どもの力では少々難しいようだ。


「レイカを手伝わないと……! ごめん、離れるよ!」

「気を付けてくださいね! だいぶ近くまで来ているようです!」

 レイカたちの元へ、一心不乱に駆け出す。


 地響きは次第に大きくなっていくうえ、大地も微弱ながら揺れ出したように思える。

 接近してくる存在は、かなりの巨体を誇るようだ。


「レイカ、離れて! 僕がロープを斬る!」

「す、すみません……! お願いします!」

 レイカが離れたのを確認し、一息に剣を振り下ろす。


 斬られたロープはハラリと地面に落ち、レンの体は自由になった。


「レン! レン!」

「姉さん……。苦しい……」

「気持ちは分かるけど、急いで! のんびりしている暇はないよ!」

 レイカとレンを引き寄せつつ、ナナのいる場所へと戻ろうとしたその時。


 木々を吹き飛ばしながらその巨体は現れた。


「あれは――まさか、森の主……!?」

 現れたのは、この地域の人々が森の主と呼んでいる巨大なオークだった。

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