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後始末

「さてと、また縄で縛り付けてっと」

 気絶している男たちに近寄り、縄をきつく縛り直して木に繋ぐ。


 僕たちは二手に分かれて作業を行っている。

 僕とレイカは不審者たちの捕縛。ナナとレンは森の主の治療だ。


 後は別の場所で眠っている、もう一人の男を捕まえれば僕たちの作業は終了。

 ナナたちの元へ移動し、治療を手伝うとしよう。


「ソラさん……。ソラさんは、私たちの正体を知っていたって言ってましたよね……? いつから、知ってたんですか……?」

 後ろをついてきているレイカが質問をしてきた。


 彼女はかなり真剣な様子だったが、僕は呑気な声でこう返す。


「ほとんど最初からだよ」

「え……。最初から……?」

「正しく言うと、十二歳になった子どもは、旅に出るって話をレンがした時だね」

 レイカたちホワイトドラゴンには、知識を深めるため、見聞の旅に出るという使命にも似た文化が存在する。


 ホワイトドラゴンの元で暮らしていた僕は当然そのことを知っていたので、彼女たちもそうであることにすぐに気が付いたのだ。


「君たちくらいの歳で旅に出るなんてことは、ヒューマンにとっては一般的じゃないらしいしね。多分そんなことをする種族の方が珍しいんだと思うよ」

 十二歳くらいで知識を得る旅に出るなど、そうそうない文化なのだろう。


 少なくとも、この大陸でそのような話を耳にしたことはない。


「そう……だったんですか……。すみません、隠していて……」

「気にしなくていいよ。隠したい理由があったんでしょ?」

 レイカは戸惑いつつも、小さくうなずいた。


 彼女たちが正体を隠したかった理由。それを聞いて良いのか僕にはわからない。

 とはいえ、彼女たちを守るためには、いずれはその痛みを知らなければいけなさそうだ。


「さて、ロープで男を縛ってっと……。ん? どうかした?」

 眠っていた男に近づいてロープで体を縛ろうとしていると、レイカが険しい顔で彼を見つめていることに気付く。


 そういえば、この男はレンの頬を張っていた。

 その瞬間を思い出し、彼女の心には怒りが再燃しているようだ。


「……君は優しい子だね。弟のために、そんなに怒ってあげられるんだから」

 この男はレンに拭い去れない傷をつけたわけではない。


 だというのに、自分の危険を冒してまで挑みかかるのは何よりも優しい証拠だろう。

 少々、危なっかしい一面ではあるが。


「その怒りは僕たち大人が受け持つよ。君が手を下す必要はないさ」

 いくらこちらに義があろうとも、仕返しという罪を犯す意味はない。


 わざわざ犯罪者と同じ場所に堕ちる必要は無いのだから。


「うあ……ああ……?」

「おっと、魔法の効果が切れたみたいだ。さっさと縛り付けないと」

 男はうめき声をあげながら、動き出そうとしていた。


 素早く彼の体にロープを巻き付け、拘束を完了する。

 それとほぼ同時に、彼は覚醒に至ったようだ。


「お、俺は……。ハッ!? あ、あんたたちは!?」

「気が付いたみたいだね。主の洗脳魔法は解除させてもらったし、お前たちは全員拘束させてもらった。僕たちの勝ちだよ」

 男は焦った様子で周囲を見渡し、現状の把握を始める。


 彼は倒れている森の主へと目を向けると、呼吸を大きく荒れさせた。


「やべぇ……! あいつが負けちまったら、俺は……! また、アイツらに……!」

 男はうわ言のように呟き、目の焦点が合わなくなっていく。


 危険な状態と考え、落ち着くように声をかけるのだが。


「ダメだ……! ダメだ、ダメだ、ダメだ……! 嫌だ……! 嫌だ……!」

 完全にパニックを起こしており、とても止められる状態とは思えない。


 気絶させるしかないかと考えていると。


「ニャオウ……」

「うわ!? あれ、君は……」

 僕の背後には、いつの間にかリトルタイガーの姿があった。


 すっかり大人しくなっているようだが、何をしに来たのだろうか。


「ニャウ! ニャオウ!」

 リトルタイガーは、パニックになった男に向けて声をかける。


 だが、それでも彼の状態は良くならない。


「もしかして、正気に戻そうとしているの……? どうして……?」

 レイカはリトルタイガーの行動が理解できず、困惑している様子。


 確信に至れてはいないが、もしやこの男とモンスターは――


「他の子たちも……。やっぱりそうだ、この人は……」

 魔法で眠らされていた、他のリトルタイガーたちもそばにやって来た。


 一体は男の頬を舐め、また一体は腕に甘噛みをするなどして、彼を正気に戻そうとしているようだ。


「ハァ……ハァ……。 はぁ……はぁ……」

 外部からの刺激を受けたことで、男の呼吸が少しずつ戻っていく。


 目の焦点も元通りになったので、落ち着いたとみて良いだろう。


「お、お前たち……。なんで……」

「……この子たちに慕われているんですね。あなたを元に戻そうと、一生懸命舐めたり声を掛けたりしていたんですよ」

 男にリトルタイガーたちが取った行動を説明する。


 すると彼は後悔に満ちた表情でうつむき、小さくつぶやいた。


「そうか……。お前たちは信頼してくれたというのに、俺は……」

「商人たちを怯えさせ、子どもをさらい、挙句の果てに子どもに手をあげた。あなた方は罪を犯したんです。ですが、一つだけ教えてください。なぜあなたは、こんなことをしてしまったのですか?」

 この質問をした理由は、男に情状酌量の余地があるかもしれないと思ったからだ。


 モンスターたちに懐かれている様子を見るに、彼が自ら犯罪に加担しているとは考えにくい。

 何か大きな理由があるのではないだろうか。


 すると彼は、ゆっくりと語りだしてくれた。


「俺とあそこで気絶している三人組は、同じ村出身の友人だったんだ……。貧しいながらもそれなりの暮らしはできていたんだが、五年前の事件でな……」

「五年前……!」

 男の言葉に絶句してしまう。


 ここで五年前の事件が出てきてしまうのか。


「俺は独り身だったからまだ良かった。だが、アイツらは家族を失ったショックで、裏稼業に手をだしちまったんだ。何度も止めはしたが、逆に加担するよう言われちまって……。従わないのであれば、お前も……と」

 暴力に訴えられ、断ることができなくなってしまったとのことだ。


 痛みを押し付けられるのは誰だって嫌だろう。

 しかもそれが、古くからの仲であればなおさらだ。


「どうすればよかったんだ……!? どうすれば、アイツらを止められたんだよぉ……!」

 男はうな垂れ、涙を流しながら苦悶の声を漏らす。


 どうすればよかったのか。それは僕も五年間考え続けていたことだ。

 考え続けていたからこそ、彼の友人たちが悪に染まってしまった理由を、そんな友人たちを止められない彼の苦悶を理解できる。


 されど、どんなに深い事情があるのだとしても。


「それでもあなたは、逃げることができたはずです。逃げた先で誰かに相談し、友人を止めることができたかもしれない。寄り添い続けたことで、彼らの悪事に加担してしまったこと。それがあなたの罪です」

 共に居ることが悪いわけがないのに。救おうとすることが悪いわけがないのに。


 寄り添い続けることが罪になるなんて、間違っているのに。


「あなたがするべきことを探して罪を償ってください。それが終わった時、僕たちもあなたの支援をしますから」

 僕の言葉を聞き、男は大粒の涙を流して泣き崩れた。


 リトルタイガーは彼の頬を伝う涙を舐め、彼を慰めようとする。

 彼らをそっとしておこうと、僕はレイカを連れてナナたちの元へと向かうことにした。


「よく、分からなくなっちゃいました……」

「何がだい?」

 僕の後ろを歩きながら、レイカは小さくつぶやいた。


 振り返ることはせず、ゆっくりと歩きながら彼女に聞き返す。


「彼の言葉を聞いて、ふざけるなっていう思いがあるんです。でも同時に、可哀想だと思う気持ちも……。この気持ちは、どっちが正しいんでしょうか……」

 あの男がレンに手を挙げたのを見て、僕も怒りに飲まれかけたので、レイカの気持ちはよくわかる。


 同時に、五年前の事件を経験してきた身なので、彼の悩みもまた理解ができた。


「分からなくてもいいんじゃないかな。大切なのは、理解することよりも知ろうとすること。知ろうとしなければ、肯定することも否定することもできないからね」

 罪として断じるには、知らなければならない。


 彼らの事情を知りつつも、それでも僕は否定した。

 どのような理由があろうとも、罪がない者を傷つけて良いわけがないのだ。


「あの人を許したいって気持ちはあるかい?」

「はい……。ぜひ、更生していただきたいと……」

 振り返って質問をすると、レイカはコクリとうなずきながらそう言ってくれた。


 そう、それで良い。心の中で小さくつぶやく。


「あ、そうだ。応援に来た人たちは見つけられなかったのかい?」

 ここに戻ってきたのがレイカたちだけの所を見るに、エイミーさんの応援は間に合わなかったのだろうか。


 仮にそうだとしたら、いくら捕縛が済んでいるとはいえ、僕たちと同じ人数をこの場から連れ出すのはかなり苦労しそうだ。


「いえ。森の外でそれらしき人たちを見かけたので、ここのことだけ伝えて戻ってきました。それなりに人数がいたので、動くのに手間取っているだけかと……」

 本来であれば、応援の人たちを誘導するのが正しい行動だったはず。


 だが、レイカたちが泉の場所だけ伝えて戻ってきてくれていなければ、僕たちが危なかったわけでもある。

 なかなか難しいものだ。


「ナナー! そっちの様子はどうかな?」

「問題ないです! レン君の回復魔法、本当にすごいですよ!」

 森の主の治療を行っているナナに声をかけると、珍しく興奮した様子の声を返してきた。


 魔導士である彼女から見ても、レンの回復魔法は目を見張るものがあるようだ。


「ケガは……。ナナの魔法でやけどを負わせちゃった分か……」

 ナナが放った炎の球はかなりの威力だったので、下手をすると大やけどになるかと思っていたが、既に傷は跡形もなく消え去っている。


 主の治癒力と、レンの回復魔法が合わさった結果なのだろう。


「……あの男の人、大丈夫そう?」

「え? リトルタイガーと一緒にいる男の人かい? 落ち着いてはいるけど……」

 レンは色々な感情を織り交ぜた瞳で、先ほど会話をしていた男性を見つめる。


 捕らえられたり、頬を張られたりしたわけなので、思うことがあるのだろう。


「……ううん、頬なんて叩かれてない。あの時の音は、彼が自分の手を叩いて出した」

 レンが発した言葉の意味が理解できず、思考が停止する。


 なぜ、自分の手を叩くなどという真似をしたのだろうか。


「三人組に姉さんの居場所を聞いて来いって言われてたんだって。答えなかったら痛めつけてでも答えさせろとも言われてたみたいだけど、そんなことしたくないからって……」

 レンの頬を叩くことだけは、良心からできなかったのだろう。


 また少し、男性を見る目が変わった気がした。


「そう……だったんだ……。私、あの人のこと誤解しちゃった……」

「僕たちも同じだよ。後でちゃんと、謝りに行こう。もちろん、感謝もね」

 仲間に加担し、レンを誘拐してしまったことには変わらない。


 男性が成してくれた小さな功には、感謝という形で答えさせてもらうとしよう。


「これで終わり。体力も戻っていると思うから、起きても大丈夫」

 レンはそう言うと、回復魔法を使うのをやめて森の主から離れた。


 体が動くようになった主は、ゆっくりと体を起こして僕たちに顔を向ける。


「住処を荒らしてしまったこと、あなたに傷をつけてしまったことを謝罪します。あなたを操っていた暴漢たちは、あの通り捕らえました。もうこの森に現れることもないでしょう」

 捕縛されている暴漢たちに手を向けながら、森の主に謝罪の言葉と暴漢たちの捕縛を伝える。


「僕たちの勝手な言い分になりますし、納得できない部分もあると思います。ですが、どうか人を恨まないでください。この通りです」

 森の主に向かって頭を大きく下げると、ナナたちも僕の隣にやってきて、同じように頭を下げてくれる。


 主はそんな僕たちのことをじっと見つめているらしく、背中に視線を感じた。

 そして、しばらくの時が経ち――


「グオォォォ――!!」

 森の主は大きな雄叫びをあげてから立ち上がり、森の奥へと歩き出した。


「許してくれたのでしょうか……?」

「……うん、きっとね」

 大きな背中が暗闇に消え去るまで、僕たちは見つめ続けるのだった。

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