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レイカの想い

「なるほど、レンの風魔法でレイカを……。その勢いで主の腕に体当たりをして、軌道をそらしたんだ……」

 四人の男たちの身柄の引き渡しや事情聴取の後、僕たちは自宅へと戻ってきていた。


 オレンジ色の光が窓に差し込む中、森の主と戦った時のことを皆で話し合っているところだ。


「ソラさんを助けるために私を風魔法で吹き飛ばせって、姉さんが言うから……。回復魔法以外の魔法はあまり得意じゃないのに」

 僕とナナが主に殴り潰されかけた時のことを、レンが詳しく説明をしてくれる。


 かなり無茶なことをしていたようだが、彼女たちがその手段を取ってくれていなければ、僕とナナはやられていたわけだ。


「助けに行くつもりだったのに、助けられちゃったね。レイカ、レン。本当にありがとう」

「私からも、助けてくれてありがとう。でも、魔法で吹き飛ばすなんて危険すぎるから、もうそんなことはしないでね?」

 改めて姉弟に助けてくれたことを感謝する。


 するとレンは、大きく首を振りながらこう言った。


「ううん。お礼を言うのは僕たちの方。助けに来てくれて、ありがとうございました」

 レンは、とても嬉しそうな表情を浮かべていた。


 助けに来てくれたことも嬉しかっただろうが、僕たちの助けになれたことが何よりも嬉しかったのかもしれない。


「どうしたんだい? レイカ。暗い顔をして……」

 そんなレンの表情とは異なり、レイカは暗い顔でうつむいていた。


 何か気に障るようなことを言ってしまっただろうか。


「君たちが正体を隠していたことだったら、僕たちは何にも思ってないよ。君が暗い顔をしている理由を教えてほしいな」

 声をかけてみたが、レイカは口を開かない。


 それどころか、ますます暗い顔をしているように見える。


「もしかして、私たちが何かしちゃった? もしそうなら教えてほしいけど……」

 ナナの言葉に、レイカはゆっくりと首を振る。


 そして、少しだけ顔をあげて声を出してくれたのだが。


「お二人は悪いことなんてしてません……。私は……私が……!」

 レイカの声は、聞いているこちらが辛くなってしまう程に悲痛なものだった。


 なんて言ってあげれば良いか分からず、ナナを見つめてしまう。

 彼女も同様で、かけるべき言葉が見つからずに困っているようだ。


 僕たちが口を動かせずとも、レイカは口を動かす。

 彼女は変わらない声色でこう告げるのだった。


「私たち……。また……旅に戻ろうと思います……」

「「え!?」」

 レイカの言葉に、僕とナナはそろって驚いてしまう。


 弟のレンだけは、とても悲しそうな顔で姉のことを見つめていた。


「ここにいる時間も長くなってきましたし、そろそろ新しい場所に行こうかなって……。いつまでもお邪魔するわけにもいきませんしね……。あはは……」

 レイカは椅子から立ち上がり、出ていく理由を話し始めた。


 辛そうな笑顔を見せながら。


「いつまでもこうしていると辛くなっちゃいますし、いまから発ちたいと思います……。本当に、ありがとうございました……」

 レイカの言葉には覇気がない。とても、望んで言っているようには思えない。


 優しい彼女のことだから、考えているのはきっと――


「ここでの生活はとても楽しかったです。お二人のお健康をお祈りして――」

「それは……本心かい?」

 言葉を遮って質問をすると、レイカは分かりやすく動揺を見せた。


 やはり、本音は別の形であるようだ。


「本心って……。本当に楽しかったですし、お二人に感謝していますよ……?」

「そうじゃない。君が出て行こうとしている理由についてさ」

 楽しかったという言葉は本当だろう。感謝しているというのも。


 邪魔をしているという後ろめたい感情が、彼女の中にあるのもまた事実なのだろう。

 だが、本当にそれだけなのだろうか?


「まだ、あるんだよね? 出て行こうとする……。いや、出ていかなければいけないと思った本当の理由が」

「う……あ……」

「ここにいるのは楽しかったんだよね? だったら、無理に出ていく必要は無いじゃないか。まだ教えたいことも、見せられていないこともたくさんあるんだよ?」

 レイカは僕の指摘に言葉を詰まらせる。


 彼女たちが邪魔だと思ったことも、一度としてないのだ。


「そんなこと……言わないでくださいよぉ……。出ていきにくく……なっちゃうじゃないですかぁ……」

 レイカはいまにも泣きだしそうなのをこらえ、懸命に言葉を紡いでいた。


 席を離れ、彼女のそばに近寄る。


「出て行きたく……ないんだね?」

「私は……私は……! ここにいたいです……! でも……ダメなんです……!」

 ダメだと思った理由を尋ねる。


「私たちはヒューマンじゃないんです! ソラさんたちとは違う種族、ホワイトドラゴンなんです!」

 種族が違うからと話してくれた。


「ここに来るまでの道中……。何度も……恐れられました……。怪物だとか言われて追いかけられたり、石を……投げられたりもしました……」

 何があったのかを教えてくれた。


「それなのに、ホワイトドラゴンとヒューマンが一緒に生活できるわけが――」

 それ以上何かを言う前に、レイカのフードの上にポンと手を乗せる。


「な、なんですか……?」

 突然のことに状況が呑み込めなかったらしく、レイカは呆気に取られていた。


 僕はゆっくりと、フードに乗せた手を動かす。


「なんもしないよ。ただ、泣き出しそうな子を慰めようと頭をなでているだけさ」

「え……。な、なんで……?」

「……ね、レイカ。なぜヒューマンたちは、君たちに恐れを抱いたんだと思う?」

 レイカの質問には答えず、逆にこちらから質問をする。


 すると彼女は、うつむきながら悲しげな声を発した。


「私たちの姿が、怖かったから……」

「そっか……。僕はちょっとだけ違うと思ってるな」

 頭をなでるのをやめ、レイカの肩に手を移動させながら話を続ける。


「知らなかったからさ。見たことがない、聞いたことがない。知らなかったから、恐れを抱いたんだ」

「知らない……から……?」

 レイカの言葉にうなずき、さらに言葉を紡ぐ。


「君たちを恐れたり、石を投げたりしたのはそれが理由さ。ヒューマンに角は生えないし、白い髪で生まれてくることは基本ないわけだしね」

「でも、ソラさんのその白髪は……」

「あー……。これはあまり気にしないで。後天的なものだから……」

 白い髪のことを突っ込まれてしまった。


 いま説明することではないので、話を戻すとしよう。


「結局のところは無知だったことが原因なんだ。知らない何かが突然目の前に現れたとしたら、君も恐れを抱くんじゃないかな?」

「それは……そうですけど……」

 レイカはまだ、信じきれないと言いたげな表情をしていた。


 少しばかり恥ずかしいが、自信が持てそうな言葉を伝えるとしよう。


「少なくとも、君たちの姿に怖い部分は全くないよ。だって、こんなに綺麗な白い髪に、可愛らしい角を持った女の子を見て、怖いなんて思うわけがないじゃないか」

「かっ……かわ……!?」

 可愛いという言葉が飛び出してくるとは予想していなかったらしく、レイカは顔を赤くして慌てだす。


「うん、君は可愛い女の子だよ。それでも、知識に存在しないからという理由で思考は鈍ってしまう。危険だと勝手に判断してしまう。一種の防衛反応みたいなものなんだ」

 だからと言って、レイカたちを攻撃してしまったのはどう考えても間違いだ。


 彼女たちは怪物でもなんでもなく、僕たちと同じ人なのだから。


「逆に聞いてみようか。君は、どれだけヒューマンを知っているのかな?」

「え、えっと……」

 懸命に答えを出そうと考え始めたが、何も思い浮かばないようだ。


「ふふっ。答えられないでしょ? 残念ながら、僕も答えられないよ」

「え……? ヒューマンなのに……? どうして……?」

「僕もヒューマンのことはよく知らないからね。だからこそ知ることができる。君は? 知るためにここまで来たんじゃないのかい?」

「私は……」

 レイカは僕の顔から目をそらし、再びうつむいてしまった。


 膝を床に付け、うつむいた彼女の悲しそうな顔を見上げる。


「知ろうとしないのは勿体ないじゃないか。前に言ったでしょ? 知るのは楽しいことなんだって。ここで色んなことをいっっぱい知って! ついでにヒューマンのことも知っていけばいいじゃないか」

「でも……。でも……!」

 レイカはまぶたを閉じ、頭を左右に目一杯振って否定をする。


 その行動は、彼女の心に浮かび上がった思いを懸命に打ち消しているように見えた。


「私のせいで、ソラさんたちが傷つかなきゃいけなくなったんですよ……?」

 まぶたが開き、美しい青い瞳が僕の顔を見つめる。


 その瞳のふちからは、いまにも涙がこぼれそうになっていた。


「私の……! 私のせいで! 私が森に出かけたいなんて言い出さなければ、ケガをすることなんてなかったのに!」

 僕は口を開かない。


「レンを誘拐しようとした人たちのことだってそうです……! あの人たちは、私たちのことを狙ったんでしょう……? 珍しいからって……!」

 レイカの本音が出てくるまで。


「私たちがここにいたら、ソラさんたちにまで……! そんなのヤダよ……!」

 やっと、やっと言ってくれた。


「なるほどね……。確かに、犯罪にも面倒にも巻き込まれたくはないかな」

「だから……。だから……!」

 レイカは手を握りしめ、泣くのをこらえようとしている。


「だからと言って、君たちを放っておきたくはないな」

 その言葉を聞き、レイカは閉じかけていたまぶたを開いてくれる。


 彼女の顔は、もはやしわくちゃになっていた。


「短い期間とはいえ、一緒の家に住んで、一緒にご飯を食べて、一緒に魔法の研究をして、一緒にモンスター図鑑を作って……。そんな家族みたいな子たちを見捨てるなんて、できるわけがないよ」

 レイカたちがこの家にやって来てから半月も経っていないが、ナナと二人だけで暮らしていた時と比べても、遥かに有意義な時間を過ごせていた。


 僕たちの心の中では、彼女たちの存在は大きすぎるものになっているのだ。


「かぞ……く……?」

「うん。僕たちは君たちにとってのもう一つの家族だ。だから出ていく必要なんかない。君たちがここを巣立っていきたいと本気で思うその時が来るまで、僕たちが守るから」

 僕たちがレイカたちのことを守る。


 そうすれば、この子たちは自分の思うように旅を続けられるはずだ。


「本当に、いいの……? 私、ヒューマンじゃないんだよ……? ホワイトドラゴンなんだよ……?」

 レイカはゆっくりと首を左右に振る。


 先ほどの否定とは異なり、自身の心に戸惑った結果からの行動に思えた。


「家族に種族の違いなんて関係ないさ。君がここにいたいっていう想い、それさえあれば十分だよ」

「私は……! 私は……!」

 まぶたを大きく開き、息を吸って、レイカは自分の意思を言葉にする。


「私は……ここにいたい! ソラさんと一緒に、魔法の研究をしたい! ソラさんとナナさんに、たくさん新しいことを教えてほしい!」

 涙をいっぱいに貯めた瞳が僕を見つめる。


「だから……! おねがい……! わたしをここに……いさせてぇ……!」

「うん。歓迎するよ、レイカ」

「うう……! うぁ……! うわぁぁん!!」

 レイカは大声でわんわんと泣き出した。


 その姿を見て、僕も思わず涙を流してしまう。


「ははは……良かった……。急にレイカが出ていくなんて言い出すから驚いちゃったよ……。僕たちも、君たちと一緒にいたいんだからね?」

「ごめんなさい……! ごめんなさい!」

 小さい手が僕の背へと伸びてきて、しっかりと、力強く抱きしめられた。


 レイカが本気で自身の心と向き合ってくれている。

 それを感じられて、僕も嬉しくなっていた。


「さあ、お腹空いたでしょ? これからご飯を作るから、泣くのをやめて楽しみに待っててね」

 最後にもう一度、レイカの頭をなでてから椅子に座らせる。


 泣き続けてはいたが、辛そうな泣き方はしていない。

 もう、大丈夫そうだ。


「勝手に決めちゃったけど、レンもこれで良いかい?」

「うん、ありがとう。ソラに――ううん、ソラさん」

 レンは安堵の表情を浮かべて僕にお礼を言ってくれた。


 少しだけ言いよどむ様子を見せていたが、特に気にすることではないか。


「さて、夕飯についてなんだけど――って、なんでそんなに泣いているのさ」

「だって……だってぇ……」

 夕食の相談をしようとナナに顔を向けたのだが、彼女もまた瞳から涙を流していた。


 どうやらレイカに、かなりの感情移入をしているようだ。


「ほら、洗面台に行こう。僕もちょっと泣いちゃったから、顔を洗わなきゃ」

「はいぃぃ……」

 涙を流し続けるナナを連れ、洗面台に向かう。


 彼女は何度か顔を洗い流すと、すっきりした様子の表情を見せる。

 場所を替わり、今度は僕が顔を洗い流す。


「辛い思いを抱えてここまで来たんですね……。レイカちゃんも本音を話せたことで、少しはすっきりできていればいいんですけど……」

「残っていても大丈夫さ。僕たちには作戦があるわけだからね」

 洗い終わった顔をタオルで拭きながらナナに目配せをすると、彼女も同じ行動を返してくれた。


「今日の夕食は一緒に作ろう。とびっきりに美味しいものを、レイカたちにご馳走してあげないといけないからね!」

「はい! 分かりました!」

 キッチンへと向かい、共に料理を開始する。


 脂が跳ねる音と、肉が焼ける香ばしい匂いが、室内に広がっていくのだった。

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