目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

家族で夕食

「お、泣き止んだみたいだね」

 調理が終わり、料理をテーブルに運び始めていると、目元を拭っているレイカの姿が目に入ってきた。


 しばらく前から泣き声が聞こえなくなっていたが、すっかり落ち着いたようだ。


「ううう……。すみません……」

「あはは。謝る必要なんてないよ~」

 レイカの瞳は赤く腫れてはいたが、涙は溜まっていない。


 ただ、顔中に涙の跡がついてしまっている。


「あ、あの! お手伝いを――」

「ううん、それよりも顔を洗っておいでよ。すっきりした状態で食べた方が、美味しいと思うよ?」

 顔に涙の跡が残っていることを指摘すると、レイカは顔を真っ赤にした。


 彼女は慌てて洗面台の方に駆け出していくが、その行動を制止してからこう伝える。


「それと、フードは脱いできちゃいなよ。もう、必要ないでしょ?」

「あ……。はい、分かりました……」

 レイカは自分のフードに触れながら、洗面台へと向かって行く。


 しばらく水が流れる音が聞こえた後、扉が開き、閉じられる音も聞こえてきた。


「レンは家に帰ってきた時点で脱いでたのにねぇ」

「フードが角に当たって違和感があった。ほんとはもっと早く外したかった」

 レンは呑気にあくびをしながら席に座っていた。


 まるで、既に何年も共に暮らしているかのような変わりぶりだ。


「スラランも良く大人しくしてたね。ご褒美に美味しい野菜を用意したから、たくさん食べてね」

 テーブルの上で跳ね回っているスラランだが、彼は僕たちが話し合いをしている間、寝床でじっとしていた。


 時折不安げな表情を見せていたが、現在は嬉しそうな表情をしている。

 レイカたちがここに残ってくれることを知って、喜んでいるようだ。


「よいしょっと。後はメインディッシュを運ぶだけなんですけど……。せっかくですし、クロッシュを使ってみますか?」

「お、いいかもしれないね。確か戸棚の奥の方にしまってあったよね?」

 食器などをしまい込んでいる戸棚に移動し、目的の物を探す。


 買っておいたまでは良いものの、使用機会に恵まれなかったので、こういう時にこそ活躍してもらわなければ。


「ほい、一つ目。ちょうど四つあるし、全員のお皿に乗せちゃおう」

 戸棚から取り出したクロッシュを軽く洗い、メインディッシュに被せてからリビングへと持ち運ぶ。


 後はレイカが戻ってくれば食事の準備は完了だ。


「フード、外してきてくれるかな?」

「こればっかりはレイカちゃんの心次第ですからね……。最初の一歩にはなると思うんですけど……。あ、物音が聞こえてきましたよ」

 レイカの部屋がある方から小さな足音が聞こえてくる。


 もし彼女がフードを外せなかったとしても、それはそれで仕方がない。

 外してもいいと思う時が来るまで待っていよう。


 足音はリビングに入る手前で止まり、深呼吸をするような音が聞こえてくる。

 その音を耳にしながら、この場にいる皆が固唾を飲む。


「お、お待たせしました……。あの……。変じゃない……ですか……?」

 言葉と共に、レイカはおどおどとした様子でリビングに姿を現す。


 彼女の頭部にフードは無く、雪を思わせる白い髪と白い角が露出していた。


「うん、大丈夫。綺麗になってるよ」

 残っていた涙の跡は無くなり、特に表情が明るくなっているように思える。


 僕の家にやって来た時と比べるまでも無く、実に可愛らしい。


「外してきてくれたんだ~。やっぱりレイカちゃんの髪、綺麗だな~」

「わわ……! 髪に触らないでください~!」

 ナナはゆっくりとレイカに歩み寄ると、その白い髪を触りだした。


 突如髪を触られたことに慌てだすものの、それに対する嫌悪感は抱いていないようだ。

 むしろ、どこか嬉しそうな表情を浮かべている。


「ほら、二人とも早く座って。せっかくの料理が冷めちゃうよ」

「は~い」

「わ、分かりました」

 僕の言葉を合図に、二人は触れ合うのをやめて席に着く。


 食事の準備はできたので、次はクロッシュを外して食べ始めれば良いのだが。


「食べ始める前に、まずは改めて挨拶をしようか。レイカ、レン。これからもよろしく!」

「よ……よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします」

 レイカは少し慌てながら、レンはいつもと変わらない雰囲気で返してくれた。


「ふふっ。私からも……。よろしくね、レイカちゃん、レン君」

 そんな姉弟の様子を見て、ナナは笑顔を見せている。


 この雰囲気を続けていくことができれば、レイカだけでなく僕たちもさらに変わっていけるかもしれない。


「さて、それじゃクロッシュを取ろうか。まずは二人の分からね」

 姉弟たちの目の前に置かれている料理の蓋に手を乗せ、一気に取り除ける。


 クロッシュの下からは白い湯気が立ち昇り、その料理の香りが部屋を包みだした。


「あれ……? これって……」

「ハンバーグ?」

 白い湯気の中からは、黒いソースがたっぷりかけられた肉料理、ハンバーグが姿を現した。


 レイカたちと出会った次の日に皆で食べた料理だ。


「レイカちゃんはこの料理が好きなんじゃないかって、レン君から聞いたの。そして、時が来たらもう一回食べさせてあげようって、ソラさんと相談してたんだ」

 ナナはレイカに料理のことを説明すると、僕に目配せをしてくれた。


 その行動に続き、今度は僕が説明をする。


「いつか君が本音で話せるようになった時に、もっと美味しいハンバーグを……ってね」

「私のために……?」

 戸惑う様子を見せるレイカに、ナナと共に大きくうなずく。


「二人で協力して作ったから、あの時より美味しくなってると良いんだけど……」

「ふふっ、そうですね。さあ召し上がれ。今度は残さずに食べてね?」

「はい……。いただきます」

 食事を始めるよう促されたレイカは、適当なサイズにハンバーグを切り分け、口へと運ぶ。


 皆が無言となる中、彼女だけが静かに口を動かす。


「……美味しい」

 レイカは口の中の物を飲み下した後にそう言い、再びハンバーグを口に運んでいく。


「美味しい……。美味しいです……」

 同じ言葉を繰り返す内に、料理が皿の上から消えていく。


 食べ進めるレイカの姿を見続けたことで、胃袋が強く空腹を訴える。

 そろそろ食べ始めようと思った瞬間、彼女の瞳から一筋の涙が流れ出した。


 口の中に食べ物があるせいで、言葉を出せない代わりなのだろうか。

 口が動くたびに、どんどん涙があふれていく。


「れ、レイカちゃん!? だ、大丈夫!?」

 異変に気付いたナナは、慌ててレイカに声をかける。


 だが彼女は、あふれる涙をこらえようともせずにハンバーグを口に運び続けていた。


「本当に美味しい……! ごめんなさい……! こんなに美味しい料理を残してしまって、ごめんなさい……! ごちそうさまも言わなくて……ごめんなさい!」

 涙を流しながら、食事をしながらレイカは謝罪をする。


 その様子を見て、ナナは安堵の笑顔を浮かべていた。


「そっか……。それより、ゆっくり食べて? まだいっぱい作ってあるから」

「はい……! はい……!」

 レイカは食べる速度を落とし、今度は味わうように食べだした。


 涙を流しながらも、その表情には笑みが浮かべられていた。


「それじゃ、僕たちも食べようか! いただきます!」

 新たな家族の、初めての食事だ。



「レイカ? 大丈夫かい?」

 皆の皿の上から料理が無くなってきた頃。レイカはかくんかくんと首を揺らしだしていた。


 まぶたも重くなっているところを見るに、眠くなってしまったのだろう。


「んあ……? ごめんなさい……ちょっと眠気が……。ソラさん……ナナさん……。ハンバーグ、美味しかったです……。ごちそう……さま……で……し……」

 レイカは言い終わる寸前で、椅子に座ったまま眠りへと落ちてしまった。


 気が緩んだことで、睡魔が一気に襲ってきたのだろう。


「食事が終わると同時に眠っちゃうなんて、相当気を張っていたんだね……。でも、その不安もいい感じにほぐれたみたいだ」

 席を立ち、眠っているレイカに近寄る。


 軽く肩をゆすってみるも、起きる気配が無い。

 これは、部屋へと運んでしまった方が良さそうだ。


「ナナ。レイカの部屋を開けてきてくれるかい? 連れて行くから」

「はい、分かりました」

 ナナに指示を出しつつレイカを抱き上げる。


 彼女はとても穏やかな寝顔をしていた。

 すぅ――すぅ――と、小さな寝息も聞こえてくる。


 だがそれよりも何よりも、気になる点があった。


「ずいぶんと軽いなぁ……。この様子だと、ちゃんと食事を取れていなかったのかな」

 抱き上げたレイカの体は、十二歳の女の子にしては軽すぎるものだった。


 ヒューマンを恐れるあまり、食事がのどを通らなかったのだろう。

 しばらくは食事にも配慮をする必要があるかもしれない。


 そんなことを考えながら彼女を部屋へと連れて行き、ナナが開けてくれた扉を通り抜けてベッドの上に寝かせる。


「着替えはさすがに無理かな……」

 僕が持ち上げて運んだというのに、レイカは何ら変わらない寝顔をしていた。


 これは明日の朝まで目覚めることはなさそうだ。


「よく眠っていますね……」

「きっと、ちゃんと眠ることもできていなかったんだ。もしかしたら、危険な状態になりかけていたのかもしれない」

 そうなる前に、レイカが心を開いてくれてよかった。


 これからは思う存分に食べて休んで、見聞の旅をしてくれると良いのだが。


「私たちで守って、癒してあげましょうね」

「うん、そうだね」

 どこまでしてあげられるかは分からない。


 だが、いつも通りを続けていくことができれば、いつかきっと。


「一緒に治そうね……。けど、いまはゆっくりお休み……」

「おやすみなさい。レイカちゃん」

 毛布を掛け、音をたてないように部屋の外へ向かう。


 静かに扉を閉めきると同時に、ついため息を吐いてしまった。


「いきなりため息を吐いたりして……。どうしたんですか?」

「うん、ちょっと考え事をね……」

 扉から離れ、ゆっくりとリビングへと向かう。


 ナナも僕の後を追従し、質問をしてきた。


「考え事……。レイカちゃんのことですよね?」

「いや、直接的な関係はないんだ。けど……」

 要領を得ない返事にナナは表情を歪める。


 レイカのことであれば、なんとかしてあげたいという想いが強いのだろう。

 一人で悩んでいるくらいなら、相談したほうが心も決まるか。


「……君は、ホワイトドラゴンたちのことを知りたいと思うかい?」

「レイカちゃんたちの種族ですし、良く知りたいと思っていますよ」

 何を当たり前のことを、とでも言いたげな表情を僕に向けてくれる。


 安心するのと同時に、僕の懸念を口に出す。


「他の人たちもそう思ってくれるかな……? レイカたちのことを、知りたいと思ってくれるかな……?」

「ソラさん? 一体何を……? 間違ったことだけはしないでくださいよ……?」

 ナナは不安そうな表情を浮かべだす。


 ただならぬ雰囲気を感じさせてしまったようだ。


「大丈夫、君を悲しませるようなことはしないから。食事前にレイカと話している間に、もう一つやらなきゃいけないと思ったことがあるんだ」

「やらなきゃいけないこと……。それは一体……?」

 レイカたちが穏やかに暮らせるように、僕がするべきこと。


 ヒューマンにホワイトドラゴン――いや、その他の種族のためにもするべきことは。


「モンスター図鑑に各種族の情報を載せようと思うんだ」

 それが、レイカとの会話で思いついたことだ。


「この世界――アステラに住む種族は、僕たちヒューマンやレイカたちホワイトドラゴンだけじゃない。他にも多くの異種族がいるっていうのは、ナナも知っているでしょ?」

 ヒューマンが住むこの大陸や、ホワイトドラゴンたちが住む大陸、世界にはそれ以外にも複数の大陸が存在する。


 それぞれの大陸に、どんな種族がいるかは分からない。

 はっきり言えば、知らない種族の方が多いくらいだ。


「知ってはいますけど……。それをモンスター図鑑に載せようと考えている理由は?」

「モンスター図鑑の内容は、モンスターを知るためのものにしようって決めたよね。異種族の情報を載せようと思ったことも、同じ理由が根底にあるからなんだ」

 大多数の人は、モンスターのことを危険な生物としか見ていない。


 良い部分もあるはずなのに、仲良くできることもあるはずなのに。

 人はモンスターを、強く恐れている。


 レイカたちの件も似たようなものだ。

 こんなに良い子たちなのに、こんなに仲良くできているのに、ヒューマンは彼女たちを傷つけてしまった。


「レイカたちがそうだったように、これまでに異種族がヒューマンの住む場所に現れていた可能性はあるんだ。彼らにも石を投げ、心無い言葉を投げつけていたのかな……?」

 もしレイカと同じような目に合った人がいるのなら、どんなことを思ったのだろうか。


 ヒューマンに恐れを抱いたのか、不信感を持ったのか、それとも――


「そんなことが続けば、ヒューマンはいつか必ず誤解される。危険な種族だと……」

 極端ではあるが、怒りを覚えた異種族から一斉に攻撃される可能性もありうるだろう。


 多くの命が傷つけ合う、争いとなってしまうはずだ。


「これはレイカたちを守るためだけじゃない。ヒューマンを守るためでもあるんだ」

 知らなかったから恐れを抱いたのであれば、知ってさえいれば恐れを抱くことはなくなる。


 僕たちが恐れなければ、異種族も僕たちを恐れにくくなるはずだ。


「そういうことですか。ええ、そうすべきだと思いますよ。私も賛成します」

 ナナはにっこりと笑顔を見せてうなずいてくれた。


 やるべきことが増えるというのに、彼女は一も二も無く同意してくれる。

 彼女の協力に応えられるよう、頑張っていかなければ。


「となると、名前も変えた方が良いかなぁ……。モンスター図鑑だけだとちょっと変だし」

「もう、笑みを浮かべながら悩むふりなんてしないでくださいよ。名前、考えてあるんでしょう? 教えてください」

 こういったちょっとした隠し事は、ナナにはすぐにバレてしまう。


 少しばかり悔しくも感じるが、それだけ僕のことを見てくれているのだろう。


「わかった、教えるよ。その図鑑の名前はね……」

 口元が緩んでいくのを感じながら、その図鑑の名前をナナに伝える。


「『異種族・モンスター図鑑』」

 それが、僕たちが真に作るべき図鑑の名前だ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?