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第五章 新たな家族の一日

幸福な食卓

「レイカたち、起きてこないな……。大丈夫かな……?」

 レイカとレン、双子の姉弟と家族になった次の日の朝。


 朝食の支度を終えて料理をテーブルに並べ始めているのだが、いまだ姉弟の姿が無い。

 普段であれば既に席についているのだが、今日はまだ眠っているのだろうか。


「ゆっくりさせてあげればいいと思いますよ。別に用事があるわけじゃありませんし」

 スラランの食事を用意しているナナが、僕のつぶやきに反応した。


 今日は特別なことをするわけでもなし。

 彼女の言う通り、のんびり寝させてあげたほうが良いかもしれない。


「朝ご飯はパンとハムと卵焼き。あとはジャムくらいなものだし、温め直せばいいよね。ジュースでも飲みながらのんびり待ってましょうかね」

「はーい。それじゃ、ソラさんに注いでもらっちゃおっと」

 アマロ村産の果実を使って作られたジュースをコップに注ぎ、静かに味わう。


 爽やかな酸味と若干の苦みが目覚めたての体を刺激し、完全な覚醒へと促していく。


「はふぅ……。ジュースを飲んだら、余計にお腹が空いてきたなぁ……」

「我慢ですよ。気をまぎわらせるためにお話でもしましょう?」

 焼きたてパンからは、香ばしい匂いが立ち昇っている。


 この状態でただ待ち続けるのは少々辛い。

 提案通り、会話を楽しんでいよう。


「レイカたちの好みも考えて食事を作っていきたいところなんだけど……。向こうの食材はこっちじゃ手に入らないんだよなぁ……」

「あ、そうですよね。住んでいた大陸が異なるんですから、食文化も変わってくるのが当然ですよね。こっちの食材で再現できれば良いんですけど……」

 肉料理や魚料理等、異なる料理は多々あるが、特に主食が異なるのが厄介だ。


 僕もこの大陸に来てしばらくは、パンの食感や味にどうにも慣れなかった。

 現在でも時折、故郷の味を懐かしく思うほどだ。


「お、物音が聞こえたね。どっちが起きて来たかな?」

 二人の部屋へと続く廊下から、小さく足音が聞こえてくる。


 先に目覚めたのはどちらだろうか。


「……おはよう、そしてごめんなさい」

 リビングに顔を出したのはレンだった。


 申し訳なさそうな表情をしているが、寝坊したことを気にしているのだろう。


「用事があるわけじゃないし、気にする必要なんかないよ。気持ちよく眠れたのならそれが一番だから」

「そう、そう。ナナの言う通りさ。それより、顔を洗っておいでよ。もうすぐレイカも起きてくるだろうしさ」

 レンは僕たちの笑顔を見て、表情を明るくしてくれる。


 いつも通りの雰囲気に戻った彼は、洗面台へ向かうのだった。


「お、ドタバタと音が聞こえてきた。レイカも起きたみたいだね」

 廊下から、レンが起きてきた時よりも大きな音が聞こえてくる。


 寝坊したことに気付き、焦って出てこようとしているのだろう。


「ご、ごめんなさい! 寝坊しました!」

 リビングに焦ってやって来たレイカの髪には、大きな寝ぐせがついていた。


 しかも、昨夜眠りについた時の服装のまま。

 身支度をすることもなく飛び出してきたようだ。


「おはよう。そんなに慌てて起きてこなくて良いのに」

「で、でも、お手伝いとかできませんでしたし……」

「眠らなきゃいけない時は、しっかり眠らないとダメだよ。ほら、寝ぐせもついてる。まずはちゃんと身だしなみを整えてきて?」

 ナナに指摘をされ、レイカは顔を赤くしながら洗面台へと向かって行く。


 いましばらくは、遠慮される日々が続きそうだ。


「家族になって一日目ですからね。私たちが一緒に暮らし始めた時も同じような感じでしたよ」

 あの時はお互い傷ついていたこともあり、遠慮ばかりしあっていた記憶がある。


 それが現在のような関係になれたのは、いつ頃のことだっただろうか。


「騒々しい。もっと落ち着かないと」

「うう……。だってぇ……」

 洗面台から、レンがレイカに注意をする声が聞こえてくる。


 その会話に、僕とナナは小さく笑ってしまうのだった。


「二人とも起きてきたわけだし、かるーく料理を温め直してこようかな」

「パンは――塗るものはジャムくらいなものですし、温め直す必要はなさそうですね。ハムくらいで大丈夫だと思いますよ」

 キッチンに移動し、料理たちを調理器具に乗せる。


 火をつけてゆっくりと温め直していると、身支度を終えたレイカたちがリビングにやって来た。


「改めておはようございます。いきなり寝坊してしまって……。ごめんなさい……」

「ごめんなさい」

 姉弟はそろって頭を下げ、謝罪をする。


 その様子を見たナナは、二人にこのような提案をするのだった。


「もう、そんなに謝るんだったら……。二人には、お掃除をしてもらおうかな?」

 なるほど、役目を与えるのは良い案かもしれない。


 寝坊をした罪悪感からの解放だけでなく、部外者であるという遠慮も無くなっていくはずだ。


「当番表とかもちゃんと決め直すのもありかもね。いままでは僕とナナだけだったから適当にやってたところもあったし」

「そうですね。この際ですし、ご飯を食べながらお仕事当番を決めちゃいますか」

 ナナは席を立ち、自分の部屋へと向かって行ってしまった。


 恐らく当番表を作るための紙でも探しに行ったのだろう。


「レイカたちは料理ができるのかい?」

「得意とは言えないです……。基本的なことはできますけど……」

「お互い、あまり美味しいとは思ってない」

 一所に留まって調理をしたことがないのであれば、できないことは仕方ない。


 旅の道中に、凝った料理を作ることなどできるわけがないのだから。


「教えてあげるからそこは心配しないで。僕たちだって、最初は料理なんてできなかったからね。よしと、ハムが焼けたからテーブルに運んでくれるかい?」

「あ、私が運びます!」

 焼き直したハムをレイカに預け、調理器具の油汚れは古紙を使ってふき取る。


 ある程度熱が下がるまで放置し、洗浄すれば完了だ。


「お待たせしました。ちょうどご飯もできたみたいですし、食事をしながら当番を決めていきましょうか」

「だね。さ、食べるぞ~!」

 ナナも戻って来たので、食事を開始することにした。


 皆で手を合わせ、食前の挨拶をしてからパンに手を伸ばす。

 それにアマロ村製の果実を用いて作った特製ジャムを塗り、口を開けて頬張る。


 果実の酸味と共に、甘い香りが口に広がっていく。


「ちょっと砂糖を入れすぎたかな……。甘いや」

「私たちにはちょっと甘いですけど、レイカちゃんたちにはちょうどいい甘さかもしれませんよ?」

 レイカとレンも同じようにジャムを塗り、口を開けて頬張る。


 パンを飲み込んだ彼女たちの表情には、笑みが浮かべられていた。


「じゃ、仕事の役割を決めていこうか。洗濯、掃除、料理。決めることはいっぱいだね!」

 僕たちは食事をしながら仕事の当番を決めていく。


 ナナが持ってきた紙に役割が記入されていくにつれ、テーブルの上の料理は無くなっていくのだった。

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