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姉弟の目的

「いよっし! 当番表完成! しばらくはこれの通りに仕事をして、問題点があったら変更していくことにしよう!」

 できあがった当番表を手に取り、キッチンそばの壁に貼り付ける。


 ここに貼っておけばすぐに目に入るので、見落とすことはないだろう。


「じゃあ、早速お皿を洗います! 今日の朝食の片づけは私の役目ですから!」

 レイカはテーブルに置かれた皿を手に取り、キッチンに持って行こうとする。


 その行動を制止し、椅子に座るよう身振りで合図をすると、彼女は元の場所に着席してくれた。


「まだ何か話すべきことがあるんですか?」

「うん。次の話題は、レイカたちの目的についてだよ」

 僕の言葉に、ナナは不思議そうな表情を浮かべて首をかしげる。


 既に聞き終わっているはずのことを改めて聞くことに、疑問を抱いたのだろう。


「レイカ、レン。君たちの目的は、見聞の旅だけじゃないよね?」

 質問をされ、レイカは慌てるような仕草を、レンは口をぽかりと開けてみせた。


 やはり、何かしらの目的が他にもあるようだ。


「どうしてそう思ったんです? もしかして、ソラさんがホワイトドラゴンの元で暮らしていたことと、何か関係があるんですか?」

「「え……?」」

 ナナからの質問を聞き、レイカとレンは唖然とした様子で僕のことを見つめた。


 二人にもきちんと話しておかなければ。


「七年前までホワイトドラゴンの元で暮らしていてね。君たちと同じように見聞の旅でこの大陸を訪れたんだ」

「ソラさんがホワイトドラゴンの元で……!?」

「なるほど、だから詳しいんだ」

 レイカは信じられないと言いたげな表情をみせているが、逆にレンは得心がいったと言いたげな表情を浮かべていた。


 僕がホワイトドラゴンのことについて詳しいことに、レンは疑念を抱いていたのだろう。


「で、どうしてそう思ったのかっていう質問の答えなんだけど……。ホワイトドラゴンの旅は、基本的に彼らの住む大陸で完結する文化なんだ」

 ホワイトドラゴンの事情に明るくないナナに、かの文化を説明する。


 十二歳前後に故郷を離れ、大陸各地の集落を旅しながら知識を得ていく。

 そうして得た知識を故郷へと持ち帰り、共有し、更なる知恵として生み出す。


 これらが彼らの旅の目的だ。


「じゃあ、レイカちゃんたちがこの大陸に来ているのは……」

「うん、何か別の理由があるはずなんだ」

 ナナへの説明を終え、姉弟に顔を向ける。


 レイカは暗い顔をして下を向き、そんな姉のことをレンは心配そうに見つめていた。


「どうする? 姉さん」

「……大丈夫、ソラさんたちだもん。ちゃんと話すよ」

 レンの問いかけで腹をくくったらしく、レイカは大きく息を吸ってから自分たちの目的を話し出す。


「私たちは、兄を探しにここまで来ました」

「お兄さんを……」

「何年前だったのかはもう覚えていませんが、兄も私たちと同じように旅に出ました。私たちが十二歳になる前に帰ってくるという約束をして……。けれど……」

 レイカは言葉を紡ぐのを一度やめてから、悲しそうな瞳を窓に向けて小さくつぶやく。


 旅に出る前になっても、帰ってくることはなかった、と。

 姉弟がここまでやって来た理由を知り、記憶の中のあの子たちとますます姿が重なってくる。


「だから君は、くじけそうになっても旅を辞めようとしなかったんだね。お兄さんを探すために」

「はい……。もちろん、『戻りの大渦』があるのも理由の一つですけど……」

 レイカはこちらに振り返り、旅を続けるもう一つの理由を話してくれた。


 『戻りの大渦』――

 この大陸、『アヴァル大陸』の周囲に存在する巨大な海流。


 大陸を取り囲むようにして存在しており、他の大陸へと向かおうとする船を押し戻してしまうことから、その名がつけられている。

 海流から抜け出す技術は存在しているが、それを成し遂げた船はいまだに一つしかない魔の海域。


「君たちのお兄さんってどんな人だったの? 名前は?」

「最後にあったのは五歳くらいなので、名前は覚えていません。でも、優しくて物知りな人だったと記憶しています」

 レイカは悲しげな表情を浮かべ続けながら、兄の抽象的な情報を教えてくれた。


 当然、その答えに疑問を抱いたナナは、再び質問をしようとするのだが。


「……これもホワイトドラゴンの独特の文化なんだけど、旅に出た人のことは帰ってくるまで話してはいけないという風習があるんだ」

 それを遮り、僕からレイカたちの事情を説明する。


 ヒューマンに存在しない文化を知り、当然ナナは大きく驚く。


「これはずっと昔の話なんだけどね? 力も強く、膨大な知識欲を持っていたすごい子どもがいたんだって。その子も僕たちと同じように旅に出たそうなんだ」

 記憶を探りつつ、ホワイトドラゴンに伝わる伝承を語る。


 ここにいる皆が僕に視線を向け、耳を傾けてくれていた。


「人々は毎日のように、その子どものことを話題にしていた。いつ帰ってくるのかな、どんな知識を付けたのかなって」

「期待されていたんですね……」

 ナナは少し辛そうな表情を見せて顔を伏せてしまった。


 彼女は将来を有望視されていた魔導士なので、思う所があるのだろう。


「……お話中にすみません。それで、その話の続きは?」

 ナナに話を続けるよう促されるのだが、僕は天井に顔を向けてしまう。


 そのままの姿勢で小さく息を吐き、言葉を紡ぐ。


「帰ってこなかったんだ。何年経っても、何十年経っても」

「え……」

 顔を下ろし、小さく声を出したナナに顔を向ける。


 彼女は、驚きの表情を僕に向けていた。


「何かしらの事情で帰れなくなったのかもしれない。モンスターにやられてしまったのかもしれない。分からないけど、帰ってくることはなかったんだ」

 旅に出る以上、何かしらトラブルは発生するもの。


 それは、ヒューマンもホワイトドラゴンも関係ない。


「人々は次第に自分たちを責めていったそうなんだ。その子が帰ってこなかったのは、自分たちが毎日話題にしていたからじゃないかって」

「そんなことが……」

 驚きの表情から一変、ナナは悲しそうな表情を見せていた。


 良い話ではないので、その表情になってしまうのも仕方がない。


「話をしていた人が悪いわけないんだけどね……。でもいつの間にか、旅に出た者のことを話さないという風習ができ、広まっていったんだ。話をしなければ、きっといつか帰ってきてくれるから……。ってね」

 この話のことを考えると、どうにも胸が苦しくなる。


 僕が件の人物と似たような状況になってきているからだろうか。


「でもそれだと、何かが起きて村に帰れなくなった人は……」

「……次第に忘れ去られていくことになるんだ」

 小さく答えると、ナナだけでなく、レイカもレンも悲しそうな表情を見せていた。


 大切な人を忘れ、忘れ去られるなど、僕も嫌だ。


「そんなの、可哀想じゃないですか……。友人や家族にも忘れ去られるなんて……」

「そこだけを切り取ってしまえば、君の言う通り悲しい文化だと思う。でも、ホワイトドラゴンにはこういう言い伝えもあるんだ」

 暗くなってしまった雰囲気を変えるために、できる限りの明るい声を出しながら言葉を紡ぐ。


「命は終わりを迎えた時、魂となって天に昇る。蓄えた知識は魂に刻み込まれ、新たな命の導となる」

「魂……ですか……」

 ナナは右手を頬に触れさせ、考え込む仕草をとる。


 一方のレイカとレンは、僕の言いたいことがまだ飲み込めていないらしく、きょとんとしていた。


「魂が新たな命として生まれ来ると言うことは、姿形は違えどかつて知り合った人々と再会できるということ。魂に知識が刻み込まれているのなら、頭では分からなくても、心が分かるということ」

「形は違っていても、いつか必ず再会できるようにという願いを込め、旅に出た人のことを話さなくなったということですか……。寂しくも、温かい考え方だと思います。私もいつか、会えるかな……」

 ナナは窓を見つめ、悲しそうに、されど決意を抱きながらつぶやいた。


 彼女の両親や、村に住んでいた人々のことを思い出しているのだろう。

 連想させてしまったことを反省しつつ、いつか訪れる再会の時に胸を張れるよう、日々を生きていかなければ。


「そっか。そういう考え方もできるんだ」

「とても優しい考察だと思います。受け継がれる知識かぁ……」

 僕の考えに納得ができたらしく、レイカたちの表情は明るくなり出していた。


 ナナも十分に理解が進んだようなので、話はここまでにして良さそうだ。


「だからって鵜呑みにはしないでね? 後悔から次第にできた風習の可能性は十分にあるんだから」

 人や年代によって考え方はいくらでも変わる。


 あくまで、僕の視点からの考察というだけだ。


「話を戻すよ。君たちがお兄さんを探しているって話だけど……。馴れ親しんだ家族のことを忘れるなんて、そうそう認められるわけがないよね」

 レイカたちが兄を追いかけたように、帰ってこない人を探しに出た人もいるのだろう。


 だが、見つけられずに今生の別れとなってしまった人たちもいるはずだ。

 そうなった時、彼らはどう克服したのだろうか。


「レイカ、レン。君たちはお兄さんのことを忘れたくないから、消したくないからこの大陸に探しにきた。ということでいいんだね?」

 僕の質問に、二人は無言でうなずく。


 その真剣な表情からは、絶対に兄を見つけたいという強い想いを感じとれた。


「じゃあ、僕も君たちのお兄さんを探す手伝いをしないとね。いいよね、ナナ」

「「え?」」

「そう言うと思いましたよ。もちろん、私も異存はありません」

 僕たちはうなずき合い、そろって姉弟を見つめる。


 勝手に話が進んでいくことに、レイカとレンは戸惑っていた。


「で、でも、そんなことをしたらお二人のお仕事が……」

「そんなの気にすることはないよ。どちらにしても大陸を巡らなくちゃいけないからね」

「出かけた先で、珍しい薬草を見つけることができるかもしれませんしね」

 図鑑を作る上でも、魔法の完成を目指すにも、旅に出なければ始まらない。


 レイカたちの目的も同時に行えるわけなので、一挙両得以上の成果をあげられるだろう。


「本当に……よろしいのですか……?」

「もちろん。レイカとレンが困っているんだ。それなのに助けないなんて、そんなの家族じゃないよね?」

「ええ、私も同じ考えです」

 僕とナナはお互いの顔を見合わせ、微笑み合う。


 この子たちがここにいる間は、僕たちで守ると決めたのだから。


「この恩は、決して忘れません……! よろしくお願いします!」

「うん、任せておいて」

 目的がさらに増えてしまったわけだが、各地に足を運ぶ機会が増えるのであれば、むしろどんとこいだ。


「話もまとまったことだし、そろそろ動き始めよう! レイカは皿洗いを、レンは僕と一緒に洗濯をするんだったよね?」

「はい、やってきます!」

「洗濯物を集めて外に持っていく」

 姉弟たちは席を立ち、朝食中に決めた仕事を始めるために行動を起こす。


 僕も席を立ってレンの後を追いかけようとするのだが。


「おっと、ソラさんはまず私の部屋に来てください。ケガの治療をしなくちゃいけないんですから」

 ナナに手を掴まれ、強く引っ張られてしまう。


 彼女の表情には、有無を言わせぬ気迫が込められていた。


「わ、分かった、分かったってば。レン! 悪いけど先に洗濯してて!」

「はーい」

 レンに指示を出しながら、僕はナナと共に彼女の部屋へと入っていくのだった。

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