「どうしたのさ。君らしくもない」
てきぱきと治療の準備をしているナナに声をかける。
だが、彼女は僕に顔を向けることもせずにこう言うだけだった。
「それは後で。まずはあなたの治療をしてしまいますから、そこの椅子に座って患部を見せてください」
「……分かった。ケガが残ってるのは右腕だけだよ」
ナナが用意してくれた椅子に座りながら袖を捲る。
右腕の上腕についているあざは紫の色味が少し減り、通常の肌の色に戻りかけていた。
彼女の薬による治療が効いているようだ。
「もう色が戻ってきてる。これならすぐ、薬も使わなくて済むかな?」
「昨日の今日なんですけどね……。あれほどのケガをしておきながら、自由に動き回れるあなたには驚きですよ。その治癒力が羨ましいくらいです」
患部に薬を塗りながら、ナナは呆れたような表情を見せていた。
僕は他人より治癒力が強いらしく、ケガや病の回復がかなり速い。
とはいえ痛みや苦しみが無いかと言われたらそんなことはないので、特別だと思ったことはないが。
「だとしても、レンの回復魔法や君の薬がなければ、痛みで動けなかったことには変わりないし、ここまで早く回復はしなかった。感謝しているよ」
いくら治癒力が高かろうとも、森の主に潰されかけた状態で動くことは不可能だった。
すぐさま動けるようになったのはレンのおかげであり、違和感もなく行動できるのはナナのおかげだ。
「はいはい。だからって調子には乗らないでくださいよ? いまのあなたは治癒力が回復しきっていません。大したことがないケガでも悪化しやすいですからね」
いまの僕はケガを治療中ということもあり、治癒力が大きく減少している。
病気にかかった場合は悪化しやすいので、注意しなければ。
「分かってるって。せっかくレイカたちと家族になったのに、調子を崩しているんじゃもったいないからね。元気に調査や旅をしないと」
「本当に分かってるんですかね……。はい、お薬は塗り終わりました。次は夜に塗りますので、忘れないでくださいよ。後で身体の調子を整えるお薬も調合するので、飲んでください」
ナナが患部から手を離したので、捲っていた袖を元に戻す。
僕が取る行動すべてを、彼女は悲しそうな表情で見つめていた。
「……来るかい?」
「……はい」
ナナはただ一言そう言い、僕の体に抱き着いてきた。
その背に優しく手を置き、声をかける。
「……ゴメン。不安にさせちゃった上に、ここまで待たせちゃって」
「そうですよ……。怖かったんですよ……? また、私のそばから家族がいなくなっちゃうんじゃないかって思ってしまって……!」
ナナは僕の胸の中で泣きだした。
また、泣かせてしまった。家族を失う恐怖を、再び彼女に与えてしまった。
二度とそんなことが無いように、僕がそばにいると約束したのに。
いまになって彼女が言い出したのは、レイカたちがいる手前、僕に想いをぶつけることができなかったからだ。
「森の主に潰されかけたあなたの姿を見た時、怖くなっちゃったんです……。お父さんと、お母さんの時のようになっちゃうんじゃないかって……!」
ナナの故郷の村にモンスターが襲ってきた際、彼女の両親は崩れ落ちた家屋に体を挟まれ、逃げることが不可能な状態に陥っていた。
難を逃れていたナナは両親を助けようとしていたのだが、危機に陥っているという状態のせいで動転し、魔法を思うように扱えなかったそうだ。
僕はその状態の彼女たちを発見し、ナナだけは助けてほしいというご両親の意向に沿い、彼女を村から連れ出した。
「森の主を傷つけてはいけない理由も分かっているんです……! わがままだっていうのも分かってます! でも、でも……!」
僕の体に頭を擦りつけ、嗚咽を漏らしながら訴えかけてくる。
「同じことが起きても、繰り返さないでください……! 他者を優先して、あなたが生きる道を除外しないでください……! あなただって、生きなければいけないんですから……!」
その強い願いに、僕はナナの背を強く抱きしめるという答えしか返せなかった。
言葉にすれば、嘘になってしまいそうだったから。
彼女を一時喜ばせることしかできないと思ってしまったから。
僕には、彼女が泣き止むのを待ち続けることしかできなかった。