「……ふぅ、今日はここまでかな」
作業机にばらまかれた素材たちを元あった箱に戻し、魔法陣の見本を封筒にしまっていく。
研究室で魔法の実験をしていたが、休むのに良い時間となったので今日はこれで終了だ。
「今日の実験は進展なし。次回の実験はどう進めていくかな」
レイカと共に考えた魔法陣を使うことで、当面の課題となっていた爆発は起きなくなっている。
だが、燃え上がることだけは相変わらず止められず、今日だけでかなりの数の紙を消滅させてしまっていた。
「素材の方に問題があるかと考えて、色々組み替えてインクを作ってみたけど……。全部同じように燃えてしまうんじゃ、解決策が思い浮かばないなぁ。何か法則があれば……」
素材以外には何を変えていくべきなのだろうか。
実験を始める状態、時間帯なども関係するとしたら厄介だ。
「素体が紙だと相性が悪いとかあるのかな……。それだと、魔導書に組み込むのは難しくなっちゃうけど……」
魔法石などに直接描き込み、杖にしてしまう方が安定する可能性は十分にある。
今度の実験の際は、そのあたりの変更を考えてみるとしよう。
「よし、寝よう! 明日はレイカと朝ご飯を作るから、僕が寝坊するわけにはいかないぞ」
研究室から退出し、自室へと足を向ける。
途中でリビングを覗いてみたが、誰かがいる気配はない。
今日はレンと一緒に寝るらしく、スラランの寝床に彼の姿もなかった。
誰もいないリビングに月明かりだけが差し込む様子を見て、不思議と心細くなってしまったため、急いで自室へと向かう。
扉を押し開け、着ていた服を脱ぎ、寝間着へと着替え、ベッドへ飛び込んだ。
「他者を優先して、生きる道を除外しないで……か。難しいなぁ……」
仰向けになり、右腕で両目を塞ぐ。
ナナが僕と同じ状況で同じ選択をするとしたら、きっと僕は彼女と同じことを言ってしまうはず。
生きてほしい――と。
「どっちも間違ってはいないんだろうなぁ……。僕たちも、そうやって生かさせてもらったわけだし……」
ケイルムさんも、ナナの両親も、僕たちを守って亡くなってしまった。
そうするしかなかった。それ以外に方法はなかった。
分かってはいるが、あの時のことを思い出すだけで胸が張り裂けそうになる。
何度だって思ってしまうのだ。生きていてほしかったと。
「もし、僕が倒れることなくケイルムさんと一緒に戦えていたのなら、みんなは生きていてくれたのかな……。あの人もそばに居てくれたのかな……」
過ぎ去ってしまった時間に、もしもという概念は存在しない。
それでも考えてしまうのは、僕の心が弱いからなのか、誰でもあり得ることなのか。
「いまの僕が過去に行けたとしたら、アイツに勝てたのかな……」
絶対にあり得ないことを想像してしまい、笑ってしまう。
自分の笑い声だというのに、とても不気味で、とても悲しいもののように感じた。
「僕よりも強かったあなたたちでも、同じことを考えてしまいますか……?」
脳裏には、五年前に共に戦った人たちの姿が浮かんでくる。
前で戦う僕たちを鼓舞しつつ、強力な魔法で敵を打ち倒すあの姿。
彼には何度励まされたことか。
誰よりも率先して前に出て、華麗ながら苛烈な剣技で敵を薙ぎ払うあの姿。
彼女には何度叱られたことか。
目を閉じれば、修行時代のことが昨日のように思い出せる。
訓練中に彼がやって来て、僕を遊びに連れ出そうとする。
連れ出された先で見つかってしまい、二人そろって彼女に叱られた記憶。
彼女と共に修行をし、あまりの厳しさにへこたれてしまう。
そんな僕を労い、励ましてくれた彼との記憶。
どれも大切な思い出だ。
「あなたは……。どこに行ってしまったんですか……?」
背を向けて歩いていく彼女に腕を伸ばすが、その幻影には届かない。
ケイルムさんの命を奪ったモンスターを追って、彼女は一人去っていく。
「いまも生きてますよね……? また、会えますよね……?」
彼女が出立してから五年が経っているが、未だに姿を見たという噂を聞かない。
彼女がモンスターに負ける姿は想像できない。したくない。
きっと、どこかで生きているはずだ。
「また三人で……。一緒に……笑いましょうよ……」
そのまま僕は眠りに落ちていく。
こんなにも過去を思い返していたのに、五年前の出来事を夢に見ることはなかった。