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第六章 二人と一匹の歓迎会

会の誘い

「筆記用具とメモの準備は完了。後はお茶とお菓子を用意して……。会場見取り図はもらってたっけ?」

「まだですよ。今日、持ってきてくれることになっているので、それは問題なしです」

 レイカたちが家族となり、共に暮らし始めてから二週間が経過した頃。


 僕とナナは忙しなく家中を動き回りながら、来客の準備を行っていた。


「あっという間に満月祭か~。そういえば、私たちがこの村に来て初めて参加したお祭りは満月祭でしたけど、レイカちゃんたちが初めて参加するお祭りも同じになるんですね」

 テーブルを布巾で拭いているナナが、懐かしむ様子を見せている。


 事件から一年、この村に住みついて十カ月ほどが過ぎた頃だっただろうか。

 あの時の僕たちは、いま以上に悪夢にうなされたり、大きく気が落ち込んだりすることが多々あった。


 そんな時に満月祭に参加し、有意義な時間を過ごさせてもらったことで、心が大きく癒されたのだ。


「レイカちゃんも同じように心を癒してもらって、この村に来てよかったと思ってもらいたいですね」

「だね。そのためにも今日の話し合いはちゃんと行わないと」

 来客予定の人物は村長さんとユールさん。


 満月祭の前に行われる予定の催し物について、話し合いをするのが今回の目的だ。


「お洗濯終わりました~」

「手、冷たい」

 来客の準備を進めていると、外で洗濯をしてくれていたレイカとレンが戻ってきた。


 二人とも手が赤くなっている。

 気温がだいぶ下がってきている中、水も冷たいだろうに頑張ってくれたようだ。


「お疲れ様。さあ、暖炉で体を温めて。寒かったでしょ?」

「ありがとうございます。でも、これくらいの寒さならへっちゃらです。ホワイトドラゴンは雪国が故郷ですから」

 ナナの勧めにそう返すものの、レイカは暖炉に近寄って炎に手をかざしだす。


 寒さは問題ないようだが、水の冷たさには堪えるものがあったようだ。


「そういえばお客さんが来るんだっけ? 僕たちはどうすればいい?」

 同じように暖炉に近づいていったレンが質問をしてきた。


 その質問に不安を覚えたのか、レイカもこちらに顔を向ける。


「可能であれば会議に参加して話を聞いてほしいんだ。事前に説明してある通り、君たちにはスラランと一緒に自己紹介をしてもらいたいからさ」

 満月祭の前に行われる催しには、スラランの歓迎会が行われる予定となっている。


 村人たちの前で正式に彼の紹介をすることになっているのだが、それと並行してレイカたちの紹介をしてはどうかと考えているのだ。


「確かに、私たちはソラさんのお家に住ませて頂いているので、アマロ村に住むことにもなるわけですけど……。不安です……」

 レイカは暖炉で体を温めるのをやめ、言葉通り不安そうな表情を浮かべながら僕のそばにやって来た。


 ヒューマンに恐怖を抱いている彼女にとって、村人の前に立つなど不安以外の何物でもないだろう。

 可能であれば、彼女にはひっそりと暮らさせたいと思う気持ちもあるのだが。


「定期的にここを訪れる人もいるから、君たちの素性がバレてしまう可能性が無いとは言えない。僕たちだけで君たちを守れるかどうかわからないんだ」

 モンスター図鑑関連でエイミーさんが訪れる上に、スラランに会いにユールさんもやってくる。


 他の村人が何かしらの理由で訪れないとも限らない。

 ふいにレイカたちの頭部を見られでもしたら、彼女たちが異種族だと気づかれてしまう。


「だけど、にぎやかな場で君たちの姿を見せておいて、少しでも理解してもらえれば、村人が君たちを恐れる可能性が大きく減る。むしろ、守ろうとしてくれる人が増えるはずさ」

 アマロ村の人たちがレイカたちのことを理解してくれれば、彼女たちは自由に行動することができるようになる。


 窮屈な思いもせずに、のびのびと知識をつけていくことができるはずだ。


「ソラさんたちに聞くだけじゃ、分からないこともきっとありますもんね……」

「そういうこと。僕が必ずそばにいるから、ちょっとだけ勇気を出してみようよ」

 レイカに右手を差し出すと、彼女はその手をじっと見つめる。


 瞳には不安と期待が織り交ぜられていた。


「ヒューマンを恐れる心も治せるのかな……」

「君が治したいと思っているのなら、いつか必ず治せるよ。僕たちがその道を整えてあげるから」

 右手を動かさず、彼女の行動を待ち続ける。


 レイカはしばらく考えこむ様子を見せたのち、ゆっくりとうなずいてから僕の右手を握ってくれた。


「分かりました。頑張ってみます」

「うん、一緒に頑張ろう。新しい知識を身につけるためにね」

 その時、玄関から来客を知らせる鐘が音色を響かせた。


 どうやら村長さんたちが到着したようだ。


「さ、まずはフードを被っておいで。いきなり君たちの姿を見たら驚いちゃうからね」

「分かりました。レン、被ってこよう」

「ん、了解」

 レイカとレンは自室へと戻っていった。


 彼女たちが被ってくる間、少し時間稼ぎをするとしようか。


「はーい、少々お待ちください!」

 返事をしつつ玄関へと向かい、ゆっくりと扉を開く。


 扉の外にはユールさんの姿があった。


「おはようございます。歓迎会のお話の件で参りました!」

 ユールさんの手には資料が入っていると思われる封筒が。


 会議をする準備は万端のようだが、なぜ村長さんがいないのだろうか。


「お祭りの準備のために物資の搬入作業を率先して行っていたんですけど、その際に腰を痛めてしまったようで……。現在は一歩も動けない状態になってしまったんです……」

「なるほど、無理しちゃったんだね……」

 村長さんは元々、村のことならば率先して行動を起こす人だが、お祭りや祝い事となるとそれはさらに活性化する。


 年甲斐もなくはしゃいでしまったのだろうが、それでお祭りを楽しめなくなってしまえば本末転倒もいいところだろう。


「おっと、玄関先で話すことじゃないよね。さあ、中へどうぞって言いたいところなんだけど……」

 レイカたちは準備を終えただろうか。


 リビングの方に意識を向けると、二つの椅子が動く音が聞こえてくる。

 準備は終わっていると判断しても良さそうだ。


「こっちも準備が終わったみたいだね。さあ、入って、入って」

「はい、お邪魔いたします!」

 ユールさんを連れて家の中へと入る。


 リビングに移動すると、フードを被った姉弟とナナが椅子に座っている姿があった。


「いらっしゃいませ、ユールさん。今日はご足労いただきありがとうございます」

「いえ、こちらこそお招き感謝いたします! ところで、見慣れない子どもたちが居ますけど、この子たちがソラさんとおじい様が言っていた?」

 ユールさんは挨拶を返しつつ、姉弟たちに興味を示してくれる。


 レイカは彼女に見つめられることにおどおどとしていたが、レンはいつも通りの様子で見つめ返していた。


「レイカとレン。スラランと同じで、僕の家に住むことになった子どもたちだよ」

「そうなんですね。レイカちゃん、レン君。今日はよろしくね」

 ユールさんは笑顔を見せながら、姉弟に挨拶をしてくれた。


 彼女の朗らかな様子に、レイカも少しだけ表情を和らげたようだ。


「さて、次は……。あ、いた! スララン久しぶり~。元気だった?」

 テーブルの上に飛び上がってきたスラランを見て、ユールさんは緩み切った笑顔を見せる。


 お祭りの準備でなかなか会えなかったので、久しぶりに顔を見れてお互い嬉しそうだ。


「じゃあ、お互いの近況を軽く話してから会議に入ろうか。ユールさんも座って」

「はーい。では、失礼します!」

 皆でテーブルを囲み、雑談を開始する。


 緊張をしていたレイカも、少しずつ会話に参加するようになっていくのだった。

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